第十話 換金と夕暮れ
「一体何体ゴーレムが出てくるの!?」
「知るか! 他の遺跡につながったんだからいてもおかしくないだろ!」
紅とシリウスは叫びながら走る。
その後ろについていくようにイネスが続く。
四足歩行の、さながらガゼルを目の前にしたチーターのように迫り来るゴーレムは、少しずつ三人との距離を縮めてきている。
「おい、炎の剣で何とかできないのか!?」
「無理! もう魔力が無いみたいだし、振り向いて打つ隙が無いもん!」
お互い冷静さを失いながらも逃げ続ける。
「おーい、イネス姐さん! こっちから出れるぞ!」
遺跡の奥のほうから声が聞こえた。先に逃げていた盗賊団の仲間が、ロープを天窓から垂らし、先に脱出している。
「わかった、今すぐ行く!」
イネスはペースを上げ、ロープの垂れている方に走り出す。
「俺達もあれを使うぞ」
シリウスが紅に言ったが、「させないよ!」とイネスが遮る。
そんな三人を後ろから追いかけるゴーレムは、柱を薙倒しながら迫ってくる。
ちょうど今も柱を蹴散らし、岩石の破片が吹き飛んできた。
「痛っ!」
飛んできた岩石の破片が、イネスの足に直撃した。
衝撃で、前のめりに倒れてしまう。
「姐さん!」
盗賊団の悲鳴とともに、ゴーレムは既に覆いかぶさるようにイネスを捉える。
「く、くそ……」
足が動かないのか、手で必死に後ろへ下がるも、ゴーレムから逃げることが出来ない。
ゴーレムの前足が、大きく振りかぶり、イネスは死を覚悟した。
遺跡の床を大きくえぐる一撃が振り落とされた。
目をギュッと瞑ったイネスは、最初何が起こったかわからなかった。
てっきり感覚がなくなるほど潰されてしまうと思っていた。
しかし、徐々に状況を感じてくる。まるで誰かに抱えられているかのようだ。
「って、貴様! 何をしている!?」
「何をしているとは心外だな。助けてやったのに」
見ればシリウスが、イネスを抱きかかえてゴーレムの攻撃をかわしている。
「こんなところで死ぬのは面白くないだろ?」
「……ふん、お前に助けられる方が面白くない」
とはいったものの、シリウスも体力の限界が近い。
ゴーレムの攻撃を回避したものの、まだ攻撃範囲を脱出できたわけではない。今もジリジリとゴーレムは攻撃を構えている。
「さて……もう賭けだな」
シリウスは立ち止まった。
ゴーレムの巨大な頭をじっと見つめる。
「お、おい、どうするつもりだ!? 早く逃げろ!」
イネスがジタバタ暴れるのもお構い無しに、シリウスは動かない。
やがて、先ほど地面をえぐったように、前足を振り上げて攻撃態勢に入る。
「さあ! かかって来な! 子猫ちゃん」
シリウスは剣を構え、ゴーレムは拳を落し始めた。
途端、シリウスは剣を投げた。
投擲された剣は、しかしゴーレムには当たらず、あさっての方向へ飛び、壁に激突して、キィンという金属音を虚しく響かせた。
だが、ゴーレムの拳は剣が命中した壁の方へ振り落とされた。
結果、無理な位置に拳を当て、バランスを崩したゴーレムは転倒してしまった。
「今のうちに逃げるぞ!」
シリウスがイネスを抱えなおし、そのまま走り去る。ようやくゴーレムが起き上がる頃には、二人は遺跡の外に脱出できていた。
「シリウス!」
遺跡の天窓から脱出した直後、紅が駆け寄ってきた。
「俺は無事だぜ……」
「バカ!」
紅はそれだけしか言わなかった。
「……悪い」
バツが悪そうにシリウスが呟く。
「……でも、やっぱりシリウスは悪人じゃないんだね。すごいお人よしだもん」
すぐに紅はパッと笑顔になる。なんだか調子の狂うシリウスだった。
「う、うるせえ」
「おい、お前。何で助けた?」
紅を押しのけてイネスが割り込む。
「なんでって……目の前で潰されるのなんか見たくなかった。それだけだ」
「ふん。……おい、壺をこっちに……」
イネスは盗賊団の仲間から壺をぶんどり、シリウスに押し付けた。
「ほら、返してやる。今回の助けた分と、投げちまった剣の分。これでちゃらにしてやる」
「おいおい、もともと壺だって俺のもんだぞ? まあいい。それでお前の気が済むんだったらな」
「その代わり、次に会ったら、これの三倍分のお宝を奪ってやるからな!」
「はいはい、せいぜい気をつけとくぜ」
シリウスは適当に手を振り、紅に「おい、帰るぞ」っと言って去っていく。
「いいんすか? お宝返しちまって」
盗賊団の一人がイネスに尋ねた。
「いいんだよ。大体の金は集まってる。それに……『お頭』ならきっとそうしてたはずだよ」
イネスは、現在の黒蠍盗賊団でトップに立つ人間だ。少々若いのが玉に瑕だが。
「おい、お前ら。帰るぞ」
イネスはしばらくシリウスの後姿を眺めていたが、背を向けて部下達に言った。
***
遺跡を後にした二人は、再びゴトゴト揺れるバギーカーに乗り、ローアンバザーへ戻ってきていた。
運転手はランプを壊したことを睨んだが、盗賊に襲われたことを言ったら血相変えてギルドに連絡を頼んできた。どうやら、もし盗賊のせいで何かあったら彼にも責任が降り注ぐらしい。
ともあれ、無事お宝を手に入れ街まで帰ってきた二人はまず、ギルドへ赴き壺を換金することにした。
「相変わらず混んでるな……ちょっと待ってろ」
「あ、待って」
紅は、銀行の窓口のようなカウンターに列を成している人達の中に、見知った姿を見つけた。
同時に向こうも気づいたようで、手を振りながらこちらへ歩いてきた。
「よう、また会ったね。お嬢さん」
短い金髪で、映画俳優といわれれば納得してしまうようなルックスの青年。
「そういえば……まだ名前聞いていませんでしたね」
「ああ、俺はダルク・ハット。ダルクでいいよ」
「私は紅です」
「おいおい、こいつは誰だ? お前に知り合いなんていたのか?」
シリウスが訝しげに割り込んでくる。
「ほら、喫茶店で話したでしょ。ギルドで声をかけてきた人がいたって」
そういうと、「ああ」と納得して、ジロリと見つめる。
「アンタが紅ちゃんの彼かい? …………なるほどね」
「何がなるほどだ」
「あ、いいや。気にしないでくれ。ふふっ、お似合いだぜ」
紅は一触即発な感じの野郎二人を前にオロオロしていると、ちょうど手前の窓口が開いた。
係員の呼ぶ声に、シリウスはダルクを一瞥してから向かった。
「じゃあな。気をつけろよ」
ダルクも手を振り去ってしまった。
「はい、ダルクさんも気をつけて」
しばらくして、シリウスが小躍りしそうなぐらい上機嫌で帰って来た。
それほど高価買取だったのだろう。
「とりあえずどっかで休むか」
続けざまに戦い、走り回ったのでもうクタクタだった。
ちょうど紅の服も取りに行くので、喫茶店『ドラゴンミスト』に向かうことにした。そろそろ日も傾き始めている。
「いらっしゃいませ~って、紅さん!! 帰ってきたんですか」
店に入ると、リリィがお盆を片手に振り向いた。
店内はやっぱり客が少なめで、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「うん。ちょうど今さっきね、服もう大丈夫?」
「はい、綺麗になってますよ」
そういうと控え室に飛び込み、なにやら倒すような音を一通り響かせた後、綺麗になった紅の制服をもって出てきた。
「はい、どうぞ!」
「あの……着替えるから控え室借りるね」
「ああ、はい!」
相変わらずなんだか空回りしてるな、と思いながらシリウスは席についてコーヒーをすすった。
「ふう、やっぱりこっちの方が落ち着くね」
紅もいつもの制服姿に戻り、席に座って休んでいると、リリィがいつの間にか私服に戻り、鞄を持って控え室から出てきた。
「あれ、もうお仕事終わりなの?」
「はい、これから彼のお見舞いに行くんです」
リリィの彼は、事故で入院していたはずだ。その治療費を出すために彼女は必死に働いているという。
だが、そんな状況もお構い無しに、好きな人に会いに行くということで彼女はうれしそうだった。
「ねぇ、私達も一緒に行っても良いかな?」
「本当に? 良いんですか!? とってもうれしいです!」
リリィはパッと明るくなり、手の平を合わせて喜んでいるのが可愛らしかった。
「おい、達ってなんだ? 俺も行くのか?」
シリウスがつれないことを言った。
「いいよね? リリィ」
「はい、大歓迎ですよ」
笑顔を向けられると反論できなくなってしまうシリウスだった。
勘定を済まして店を出ると、もう夕暮れだった。
「いいのか? 大人数で押しかけても。怪我人だろ?」
「いえいえ、たかが三人ですし、彼もたまには私以外の人と話がしたいでしょうから」
そういう人なのだろうか、とシリウスは渋々納得し、彼が入院しているという病院へと歩き始めた。




