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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第一章 出会いと始まり
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第一話 平凡と宝石

 それは何の変哲も無い平日の、ちょうど期末テストの終った午後のことであった。


「あ~、やっと終ったね。ねぇこれから街に遊びに行かない?」

「いいね、じゃあ一時にいつもの場所で」


 テストという呪縛から開放された爽快感から、少しテンションも高めで、何が起きても楽しそうな気分だった。

 だから雛沢紅ひなざわ こうは、親友の宮元香織の誘いも快く了解した。

 こうしてそれぞれの家に一旦帰るため、ひとまずのお別れをした。


 

***



 待ち合わせ場所は駅前の広場である。

 この駅前の広場は、町の中心部的な役割を担っているが、今は平日の午後。人はまばらにしかいなかった。

 その広場の中心部の時計がある柱の下で、紅は香織が来るのを待っていた。


「やっぱり早く着すぎちゃったかな……」

 服も着替えずに、学校指定の制服のまま来たはいいが、肝心の香織はまだ来そうに無い。それもそのはず待ち合わせ時間よりまだ十五分も早いのだ。

 

 お互いに彼氏も居なければ、男子と積極的に関わろうともしないので、いつも二人で行動することが多い。

 そのおかげなのか、紅はそれなりに良い容姿をしていると周りから言われるが、特に青春的、ラブコメ的な要素は皆無に近かった。

 今日も化粧なんてものはせず、髪も後ろで適当に結っただけの感じである。


(今日はどこに行こうかなー)

 することも無いのでぼんやりと考え事をしていた。

 初夏の陽気はとても気持ちがよく、お昼下がりは眠気を誘う風がそよそよと頬を撫でた。

 

 そんな彼女を不意打ちのように、一つの衝撃が襲った。


 それはまず、視覚的に紅の視界に飛び込んで来た。

 一人の人間、男か女かもわからない人間が蹲っている。しかもそれは頭から足先まで、真っ黒なローブのようなものを被っていた。

 初夏とはいえ、決して寒いわけではない。ましてこの街中で、ローブなんてものを着て蹲っている人間を見た人は、それを『日常』とは捉えないだろう。

 

(な、なにこれ……)

 紅は反射的に辺りを見回した。平日の午後といえども、人がまったく居ないわけではない。

 彼女と同じように、テスト明けの学生もいれば、暇を持て余した大学生もいる。忙しそうに歩くサラリーマン。ちょっと買い物に出かけている主婦。公園の清掃員のおばさん。

 みんな同じこの『場所』にいるのに、アレに見向きもしない。


 むしろ。


(見えていないの……? アレが?)


 平凡な日常に浮かぶ一つの異常。

 まるで真っ白なキャンバスに黒いシミを落したような、明らかな異常。

 それを気づかない、見過ごしている。

 そして。


(私だけに見えているの……?)


 自分だけが外れたところにいるような、疎外感。

 そしてこれ以上得体の知れないものに関わりたくない恐怖。


 しかし、黒い、蹲っている人間が誰かに助けを求めるように呻きだした時、紅は不思議と恐怖が消えていた。後に残るは使命感。

 困っている人を助ける使命感に駆られ、思わず声をかけていた。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

 紅の声に、黒い人間の動きがぴたりと止まった。

 そして、顔を上げた。

 

 その人は美しい女性だった。

 西洋風の顔立ちは、不思議と整っていて淡いグリーンの瞳は見るものを落ち着かせる優しさがあった。そして彼女は、真っ直ぐに紅を見据えていた。


「あ、大丈夫ですか?」

 もう一度紅が訪ねると、彼女は手を差し出した。

 その手には真紅の宝石がはめられたペンダントが乗っていた。

 宝石はおよそ二センチぐらいの大きさで、周りを囲うリングのような部分には紅の見たことも無い文字が刻まれていた。


 そして女性はおもむろに、そのペンダントを紅の首にかけた。

「えっ?」

 戸惑う紅に女性は肩に手を載せて、紅の瞳を見据えた。

 その目は、何故か謝っているようにも見えた。


 途端、女性の足元、ローブの裾のほうが地面に沈みだした。

 それは物理的に沈んでいるのではなく、まるで影に吸い込まれていくかのようだった。


「大変です! 早く立ち上がりましょう!!」

 紅は状況も理解できないまま、ただ慌てていた。

 その間にも女性は吸い込まれ続け、やがて腰ぐらいまで沈んでしまった。

 

 そこで紅はふと気づいた。 

 女性の手は肩に乗せられたままで、紅自身も影に吸い込まれ始めているということに。

「は、離れない!!」

 肩に乗せた手も、地面で影と接している足も、どちらも動かすことも出来ない。

 もがいている間にどんどん吸い込まれ、女性は完全に消え、紅は首まで吸い込まれた。

「誰か!! 助けて!!」

 その叫び声は誰にも届かなかった。誰にも気づかれない、誰も見向きもしなかった。

 やがて、頭もすべて吸い込まれた。

 

 暗い世界へと吸い込まれていく。


 その女性は、謝っているようにも見えた。

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