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第二章 47都道府県横断レース開催

黄金の招待状と、落ち込む四番打者

愛知県の夏は、まとわりつくような湿気と、耳鳴りがするほどの蝉時雨せみしぐれに包まれる。

「……すまん」

薄暗い六畳間。

ベッドに力なく腰掛けた佐藤信長(16歳)は、使い込まれた外野手用のグローブを見つめながら、ポツリと呟いた。

夏の県大会、準々決勝。

勝てばベスト4、夢の甲子園まであと少しという大一番で、信長の所属する高校は敗退した。

九回裏、ツーアウト満塁。一打逆転のチャンスで打席に立った四番・信長のバットは、無情にも空を切ったのだ。

あの時の、金属バットが風を切る音。キャッチャーミットにボールが収まる乾いた音。そして、スタンドの静寂が、今も信長の耳にこびりついて離れない。

あの日から一週間。信長は部屋に引きこもりがちになり、大好きな白米も喉を通らなくなっていた。

「……はぁ」

階下の居間では、そんな息子の様子を案じる両親の大きなため息が落ちていた。

「信長のやつ、今日も朝飯残しやがった。あんなに食うのが好きなヤツだったのによ」

土建屋の親方である夫の鷹人が、麦茶の入ったグラスをドンと置きながら顔をしかめる。

その足元では、3歳の千姫が「のぶにぃ、あそぼー?」と無邪気に兄の部屋の天井を見上げていた。

「そりゃそうよ。あの子、ずっと甲子園に行くために血の滲むような練習してきたんだから」

台所で夕飯の仕込みをしていた恵は、トントンと軽快な包丁の音を響かせながら答えた。

声こそ明るいが、彼女の心もまた、沈んだ息子の姿に痛んでいた。

給食のおばちゃんとして、何千人もの子供たちの胃袋を満たしてきた恵にとって、「ご飯が食べられない」ことほど悲しい出来事はない。

(どうにかして、あの子に腹の底から「美味い!」って言わせてやりたいんだけど……)

恵がまな板の上のタマネギに八つ当たり気味に包丁を入れていると、玄関のポストがコトリと鳴った。

「パパ、おてがみ!」

千姫がタタタッと走って行き、分厚い封筒を抱えて戻ってくる。

それは、黒地に金色の箔押しがされた、やたらと豪華で仰々しい封筒だった。

「なんだこりゃ? 宛名……『三河の白い流星(佐藤 恵)様』……? 恵、お前なんかの詐欺に引っかかったのか?」

「ちょっと、失礼ね。貸してごらんなさい」

鷹人から封筒をひったくり、恵はペーパーナイフで中身を取り出した。

そこに入っていたのは、一枚の立派な招待状と、パンフレット。

『第1回 全国横断公道ラリー・ジャパンカップ 特別招待状』

「ジャパン……カップ?」

添えられた手紙には、こう記されていた。

『先日の三河カップにおける、貴女の圧倒的な走りに運営一同感銘を受けました。つきましては、全国47都道府県の指定チェックポイント(CP)を巡る超大型地域振興レースに、特別枠としてご招待いたします』

「全国47都道府県……」

恵の目が、パンフレットの『ルール説明』の欄に釘付けになる。

「各都道府県のCPでは、地元の最高級ご当地グルメを堪能できるミッションを用意……? 香川の讃岐うどん、三重の松阪牛、北海道の海鮮丼……!」

ゴクリ、と恵の喉が鳴った。

給食のおばちゃんとしての、いや、料理人としての血が騒ぐ。

そして、パンフレットの最後には、ひときわ大きな文字でこう書かれていた。

『総合優勝賞品:ハワイ旅行 家族全員ご招待 & 賞金1000万円!』

「……これだわッ!!」

恵はバンッとテーブルを叩き、目にも留まらぬ速さで階段を駆け上がった。

そして、引きこもる長男の部屋のドアを勢いよく開け放つ。

「の、母さん!? ノックくらい……」

「信長! あんた、荷物まとめなさい!」

驚く信長をよそに、恵はクローゼットから巨大なボストンバッグを引っ張り出した。

「な、なんだよ急に。俺、今はどこにも行く気……」

「四番打者が、いつまでもウジウジしてんじゃないの! 負けたなら、食って、忘れて、またバットを振る! それしかないでしょ!」

恵はパンフレットを信長の鼻先に突きつけた。

「家族4人で、エスティマで日本を一周するわよ! 香川のうどんも、仙台の牛タンも、北海道のカニも、全部あんたの胃袋に詰め込んでやる! ハワイのパンケーキだって食べさせてあげるんだから!」

「は? 日本一周? ハワイ? 母さん、一体何言って……」

「いいから! パンツとTシャツだけ詰め込みなさい! 出発は明後日よ!」

嵐のように言い放ち、恵は部屋を出ていった。

残された信長は、ポカンと口を開けたまま、突きつけられた豪華なパンフレットを見つめていた。

「……全国の、ご当地グルメ……」

グゥゥゥ~。

一週間ぶりに、信長の大きなお腹が、小さく、しかし確かな音を立てて鳴った。

かくして。

失意のドン底にいた野球バカの長男を励ますため。

そして、まだ見ぬ全国の「美味いメシ」を喰い尽くすため。

最強の給食のおばちゃん・佐藤恵と、その家族を乗せた白いエスティマの、日本を股にかける前代未聞の爆走(家族旅行)が幕を開けようとしていた。

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