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EP 5

特売タイムアタック!プロの意地をへし折る「おばちゃんレコード」

「直線なら……ッ! うちのWRXに勝てるわけがねぇ!」

三河の山道に、水平対向エンジンの咆哮が轟く。

地元の最強チーム『三河ダイナマイツ』のエース・健司は、短いストレート区間で猛烈な加速を見せ、ついに白いエスティマの真横にピタリと並びかけた。

300馬力を超えるチューニングカーの暴力的な加速力。

対するエスティマは、どこにでも走っているノーマルのファミリーカーだ。直線勝負になれば、スペックの差は誤魔化しようがない。

「悪いがオバサン、遊びはここまでだ! 地元のメンツがかかってんだよ!」

健司が勝利を確信し、次の「連続S字カーブ」に向けて強烈なブレーキングの準備に入った、その時だった。

エスティマの運転席で、恵はダッシュボードの時計をチラリと見た。

時刻は、午前10時40分。

「……あらやだ。もうこんな時間じゃないの」

恵の顔色が変わった。

今日のスーパーの目玉である『合い挽き肉(特大パック)30円引き』のタイムセールは11時から。信長の巨大なハンバーグを作るためには、絶対にあの特大パックを2つは死守しなければならない。

ここから山を下りてスーパーに向かう時間を逆算すると……。

「ごめんねエスティマちゃん、ちょっとだけ……本気出すわよ」

恵の目が、百戦錬磨の給食パートリーダーのそれに変わった。

全校生徒600人分の給食を、1分1秒の狂いもなく時間通りに各教室へ届ける。その極限のタイムマネジメント能力が、今、ドライビングテクニックへと全振りされる。

「は……? 嘘だろ、アイツ……ッ!」

隣を走る健司は、自分の目を疑った。

目前に迫るS字カーブ。健司のWRXがフルブレーキを踏む中、エスティマのブレーキランプは、ほんの一瞬、チカッと点灯しただけだったのだ。

「オーバースピードだ! あのミニバン、曲がりきれずに崖に突っ込むぞ!!」

だが、エスティマは崖には突っ込まなかった。

恵の右足がアクセルを踏み込んだまま、左足がミリ単位の精度でブレーキペダルを撫でる(※プロの世界では『左足ブレーキ』と呼ばれる高度な姿勢制御技術)。

(右側の寸胴鍋が重いから、左に少しだけ重心をズラして……今っ!)

キュキュッ……スァァァァンッ!!

エスティマの巨体が、まるでフィギュアスケートの選手のように軽やかに向きを変えた。

後輪をわずかに滑らせながら、車体の重さを利用して遠心力を完全に殺す。そして、インコースの縁石ギリギリ……いや、道路脇の『落ち葉が積もった僅かな溝』にタイヤを引っかけ、レールの上を走るように強引に車体をイン側へ引きずり込んだのだ。

「み、溝落としだと!? しかも、あの車高の高いミニバンで、ロール(傾き)を完全に制御してやがる……ッ! 化け物かよ!!」

健司の悲鳴にも似た声は、エスティマの風切り音にかき消された。

「急げ急げ〜! タマネギもみじん切りにしなきゃいけないんだから!」

エスティマの窓から、パタパタとはためく『特売メモ』が健司のフロントガラスを一瞬かすめる。

圧倒的なコーナリングスピードの差。

S字カーブを抜けた直後、健司のWRXは完全にリズムを崩し、エスティマのテールランプはあっという間に山の彼方へと消えていった。

「……勝てるわけ、ねぇだろ……あんなの……」

コース脇に車を停めた健司は、ハンドルに突っ伏した。

地元の最強チームが、夕飯の買い出しを急ぐ主婦に、完全敗北を喫した瞬間だった。

その数分後。

ゴール地点である町の広場は、静まり返っていた。

観客も、運営の町議会議員も、大画面モニターに映し出された信じられない光景に言葉を失っていたからだ。

「……ゴ、ゴール……!!」

実況スタッフの震える声がマイクを通して響き渡る。

「ゼッケン74番、エスティマ……! 2位に3分以上の大差をつけて、堂々の、いや、圧倒的すぎるぶっちぎりの優勝です!! 大会レコードどころか、コースの歴代最速記録を更新しましたァァァッ!!」

歓声よりも先に、どよめきが広場を包み込む。

そんな騒ぎの中、ゴールラインを通過した白いエスティマは、止まることなく、そのままスルスルと広場の出口(町道)へと向かっていった。

運営スタッフが慌てて追いかける。

「あ、あの! 優勝インタビューと、表彰式が……!」

ウィーン、と運転席の窓が開き、恵が申し訳なさそうに顔を出した。

「ごめんなさいね! 私、11時のスーパーのタイムセールに行かなくちゃいけないの! 優勝の温泉旅行のチケット、後でうちに郵送しといてちょうだい! 住所は佐藤建工よ! じゃあね!」

「えっ……あ、はいぃ!?」

唖然とするスタッフを置き去りにして、白いエスティマはプップーと愛嬌のあるクラクションを鳴らし、スーパーの駐車場へと消えていった。

後に残されたのは、伝説となった「三河の白い巨体」の噂と。

無事に合い挽き肉の特売パックをゲットし、鼻歌交じりでハンバーグをこねる、一人の最強主婦の姿であった。

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