EP 4
地元の雄(SPチーム)と、おばちゃんの「給食時間」
「C地点通過、ゼッケン74番、エスティマ。……信じられん、2位との差はさらに開いている! タイムは……驚異的だ! 昨年のWRC予選タイムに迫る勢いだぞ!」
運営本部のテント内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
モニターに映し出される白いエスティマの映像は、まるで早送りのように、しかし完璧なライン取りで峠を駆け抜けていく。
「誰だ、あのおばさんは!? ただの給食のおばさんじゃなかったのか!?」
「調べましたが、ただの佐藤恵さん、44歳。運転免許証はゴールドです」
「ゴールド免許だからって、ラリーでトップを走る理由にはならん!」
運営委員長の町議会議員は、脂汗を拭いながら叫んだ。
このイベントは町興しが目的だが、地元の有力者がスポンサーを務める「本命」のチームが優勝し、地元の車産業のPRになるというシナリオがあった。
それが、買い物メモを貼ったミニバンにぶち壊されようとしている。
「……やむを得ん。『彼ら』に連絡しろ。特例だ。コースに投入しろ」
委員長の冷徹な声に、スタッフは息を呑んだ。
「彼ら」とは、地元のカーショップがスポンサーを務める、アマチュアだが実力はプロ並みのラリーチーム「三河ダイナマイツ」。本来はデモンストレーション走行のみの予定だったが、この緊急事態に、主催者側の「刺客」としてコースへ解き放たれることになった。
一方。トップを走る恵は、快適なエスティマの車内で、鼻歌を歌っていた。
「♪〜ハンバーグ、ハンバーグ、今日は家族でハンバーグ〜」
彼女はバックミラーに映る、遠く離れた後続車の姿など、全く気にも留めていなかった。
それよりも、彼女の頭を支配しているのは、別の「タイムアタック」だ。
(さてと、11時のスーパーの特売には絶対に間に合わせたい。合い挽き肉がパックで30円引きになるんだから、外せないわよね。そのためには、10時半にはここを抜けて、町へ戻らないと……)
恵にとって、このラリーコースは、美味しいハンバーグを作るための「少し急ぎ目の買い出しルート」に過ぎなかった。
彼女がアクセルを踏む理由は、「速さ」ではなく、「ハンバーグ」のため。
だが、その「家事にかける執念」が、エスティマを驚異的な速度で前進させていた。
と、その時。
「ウオォォォォォンッ!!」
エスティマの背後から、これまでとは明らかに違う、地を這うようなエンジン音が迫ってきた。
バックミラーを見ると、そこには。
「あら? 青い……ラリーカー? かっこいいわねぇ」
ガチガチにチューニングされた、地元の雄「三河ダイナマイツ」の青いスバル・WRX STIが、鬼の形相で迫っていたのだ。
彼らは地元の山道を熟知しており、プロ顔負けのテクニックで、恵との差を瞬く間に縮めてきた。
「バカな! あのエスティマ、この連続ヘアピンをノーブレーキで抜けていくのか!?」
WRXを運転する「三河ダイナマイツ」のエースドライバー、健司は、前を走るエスティマの動きに戦慄した。
通常、ミニバンがあの速度で突っ込めば、車体が大きく傾き(ロールし)、最悪の場合は横転する。
しかし、恵のエスティマは違った。
『寸胴鍋の給食スープを、一滴もこぼさずに運ぶ』
『泥のように眠る野球部員たちを、1ミリも揺らさずに運ぶ』
20年以上の歳月をかけて、彼女の体に染み付いた「究極の荷重移動」。
ブレーキングとハンドリングの完璧な連動により、エスティマは全く車体を傾けることなく、恐ろしいほどのコーナリングスピードを維持したまま、青いラリーカーの追撃をかわし続けていたのだ。
「さてと。11時の特売には絶対に間に合わせたいし……。ちょっと、急がせてもらうわよ」
恵は鼻歌をハンバーグの歌から、給食のテーマへと切り替えた。
(ミネストローネを、一滴もこぼさない……。それが、私の『給食の時間』よ!)
恵がアクセルを踏み込む。
青いWRXがさらに接近する中、エスティマは、これまで以上に物理法則を無視した、ありえない速度で次のカーブへと突っ込んでいく――。




