第7話 勇者、着せ替え人形になる
魔王城での生活、三日目。
勇者アニアスは、部屋の隅で体育座りをしていた。
場所は、あの広すぎるVIPルーム。
本来ならふかふかの『夢魔の羽毛布団』で惰眠を貪っているはずの時間だが、今の彼は警戒心MAXだった。
(……昨日のあれは、ヤバかった)
脳裏に蘇るのは、廊下で目撃したピンク色の巨大な甲冑――魔将軍ガンドルフォの姿だ。
あの眼光。あのねっとりとした声。そして何より、自分に向けられた(気がする)獲物を狙うような視線。
アニアスの「対人恐怖症センサー」が、過去最大級の警報を鳴らしていた。
(ここから出ない。絶対に出ないぞ。食事もリーズヴェルトに運んでもらおう。トイレ以外は動かないぞ)
固い決意を胸に、アニアスは膝を抱える腕に力を込めた。
ここは魔王城の最上階。セキュリティも万全のはずだ。魔王の許可なく入れる者など――。
ガチャリ。
重厚な扉の鍵が、外から回される音がした。
(――え?)
アニアスが固まるのと同時に、扉がゆっくりと、しかし確固たる意志を持って開かれた。
「失礼しまァ~す♡」
部屋に入ってきたのは、ショッキングピンクの悪魔だった。
魔将軍ガンドルフォ。
身長二メートルを超える巨体が、優雅な(しかし威圧感たっぷりの)モデル歩きで部屋に侵入してくる。
「ヒッ……!」
アニアスは悲鳴を殺し、反射的に固有スキル『影薄』を全開にした。
気配を断ち、存在感を希薄にし、部屋の背景と同化する。これで誰にも見つからないはずだ。今までだってそうだった。
ガンドルフォは部屋の中央まで進むと、キョロキョロと周囲を見回した。
「あらァ? 魔王様から『マブダチ君の様子を見てきておくれ』って鍵を預かったのだけれど……お留守かしらァ?」
(リーズヴェルトォォォォォ!! 余計な気を利かせやがってェェェェ!!)
アニアスは心の中で絶叫した。魔王の親切心が、今は最大の凶器となっている。
ガンドルフォは「おかしいわねェ」と首を傾げながら、部屋の中を歩き回る。
アニアスは部屋の隅、カーテンの陰に息を潜めている。
大丈夫だ。気づかれない。俺は空気だ。俺は塵だ。俺はただのカーテンの染みだ。
その時。
ガンドルフォの足がピタリと止まった。
アニアスの隠れているカーテンの目の前で。
「……ンフフ♡」
ガンドルフォが笑った。
そして、太い腕がバッとカーテンを開け放った。
「みィ~つけたァ♡」
「ぎゃあああああああああっ!?」
アニアスは腰を抜かした。
見つかった。人生で初めて、隠密状態を見破られた。
それも、歴戦の強者でも大魔導師でもない、ピンク色のオネエに!
「あらヤダ、可愛い! 魔王様が拾ってきたマブダチって、こんなに儚げな美少年だったのねェ!」
ガンドルフォは目をキラキラと輝かせ、アニアスの顔を覗き込んだ。
近い。顔が近い。そして香水の匂いがキツい。
「あ、あの、ごめんなさ、命だけは……」
「何言ってるのよォ。アタシは魔王様の忠実な部下。マブダチ君をいじめたりしないわよォ」
ガンドルフォはニッコリと微笑むと、アニアスの服装を上から下までジロジロと眺めた。
アニアスが着ているのは、村を出た時から着ている地味な旅装束だ。動きやすくはあるが、所々ほつれているし、色もくすんだ茶色一色だ。
「……でも、いただけないわねェ」
ガンドルフォの目がスッと細められた。
「その服、ダサすぎよ」
「えっ」
「魔王城に住むなら、それなりの格好をしてもらわないと! 素材は悪くないのに、これじゃあ宝の持ち腐れだわ!」
ガンドルフォがパンと手を叩くと、虚空から魔法陣が現れ、そこから大量の衣服が溢れ出てきた。
フリル付きのシャツ、ベルベットのジャケット、革のパンツ、なぜか透け感のあるシルクのローブ……。
「さァ、ファッションショーの開幕よォ! アタシが貴方を魔界一の伊達男にコーディネートしてあげるわ!」
「え、ちょ、まっ――」
抵抗する間もなかった。
ガンドルフォの剛腕が伸び、アニアスを軽々と捕まえる。その力は、オークキングをも素手で絞め殺せそうなほど強い。
「まずはこれ! 『吸血公爵風ゴシックセット』!」
「うわあああ! 袖が! 袖がヒラヒラする!」
「次はこれ! 『ダークエルフの狩人スタイル(露出多め)』!」
「寒い! お腹冷える! あと胸元が開きすぎ!」
「あら、意外と筋肉質なのねェ……♡ じゃあこれなんかどうかしら? 『魅惑のインキュバス・ボンテージ』!」
「それは服じゃない! ただの紐だ!!」
魔王城のVIPルームで繰り広げられる、地獄の着せ替えタイム。
アニアスの「助けてくれ」という悲痛な叫びは、防音完備の部屋の外には漏れず、ただピンク色の嵐に飲み込まれていった。
一時間後。
魔将軍ガンドルフォは、満足げな表情で部屋を後にした。
「ンフフ、楽しかったわァ♡ また来るわねェ、アニアスちゃん♡」
パタン、と扉が閉まる。
残されたのは、身も心もボロ雑巾のように疲れ果てた勇者だった。
彼は今、黒いレースのあしらわれたシャツに、タイトなズボンという、ヴィジュアル系バンドのボーカルのような格好をさせられている。
「……帰りたい」
アニアスはベッドに突っ伏して泣いた。
物理的な暴力は一切振るわれていない。ただ、服を着せ替えられただけだ。
だが、その精神的ダメージは、魔王との決戦以上に深刻だった。
こうして、勇者アニアスは知ることになった。
魔王軍四天柱。その恐ろしさは、戦闘力だけにあるのではないということを。
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