第52話 死霊王と安眠枕、あるいは魔界素材探訪
魔王城の朝は、いつも騒がしい。
ピコの走り回る音、ガンドルフォの笑い声、そしてリーズヴェルトの号令。
だが、今朝の食堂には、どんよりとした重い空気が漂っていた。
「……痛い」
死霊王ネクロが、テーブルに突っ伏していた。
いつものようにクッションを抱いているが、その顔色は土気色を通り越して真っ白だ。
周囲には小さな人魂たちが不安そうに飛び回っている。
「どうしたネクロ、具合でも悪いのか?」
アニアスがトースト――ショウが開発した魔導トースターで焼いたもの――を齧りながら尋ねる。
「……首が、痛い。……寝違えた」
ネクロが首をさすりながら呻いた。
死霊王といえど、肉体的な痛みからは逃れられないらしい。
「枕が、合わない。……最近、悪夢を見る」
それは深刻な問題だった。
ネクロにとって睡眠は生き甲斐であり、魔力回復のための重要な儀式だ。その質が下がれば、彼の機嫌は最悪になり、城中にポルターガイスト現象が多発することになる。
実際、今もフォークやナイフがカタカタと震えている。
「枕かぁ……。俺も旅先では苦労したな」
アニアスが共感する。
枕が変わると眠れないタイプなのだ。
「あの、ネクロさん。どんな枕を使ってるんですか?」
雑用係として配膳をしていたショウが声をかけた。
「……これ」
ネクロが虚空から取り出したのは、布袋に乾燥したハーブを詰めただけの、素朴な枕だった。
香りによる安眠効果はあるだろうが、クッション性は低そうだ。
「うーん、それだと首のカーブにフィットしないかもしれませんね。俺の世界には『低反発枕』っていうのがあって、頭の形に合わせて沈み込むんです」
「……ていはんぱつ?」
ネクロが顔を上げる。
聞き慣れない単語だが、その響きに何かを感じ取ったようだ。
「はい。ウレタンっていう特殊な素材を使っていて、まるで雲の上で寝ているような寝心地なんですよ」
ショウが得意げに説明する。
現代日本の快眠グッズ。過労社会が生んだ英知の結晶だ。
「……雲の上」
ネクロの瞳に、生気が宿った。
彼はガバッと起き上がり、ショウの手を両手で握りしめた。
「……欲しい。……それ、作って」
「えっ、作るんですか!? いや、ウレタンなんてこの世界にはないし……」
「……代わりの素材、探す。……ショウ、手伝って」
ネクロの圧がすごい。
断れば呪われそうな気配だ。
「……分かりました。やりましょう、安眠枕プロジェクト!」
「俺も手伝うぞ」
アニアスが手を挙げた。
「先輩もですか?」
「寝具のこととなれば、他人事じゃないからな。俺も最高の枕が欲しい」
こうして、勇者二人と死霊王による、究極の枕作りが始まった。
◇
まず必要なのは、低反発素材の代用品だ。
押せばゆっくりと沈み込み、離せばゆっくりと戻る。そんな弾力性を持った素材。
「……心当たり、ある」
ネクロが案内したのは、魔王城の地下深くに広がる『粘菌の洞窟』だった。
薄暗い洞窟内には、大小様々なスライムが生息している。
「ここの奥に、『弾力粘液』がいる。……そいつの核周りのゼリーが、使えるかも」
ネクロが指差した先には、白くて丸い、巨大なスライムが転がっていた。
見た目は巨大な大福餅だ。
「おいしそうですね……」
ショウが思わず呟く。
「食うなよ。消化されるぞ」
アニアスが釘を刺す。
三人は慎重にスライムに近づいた。
ショウが鑑定スキルで確認する。
「弾力性、耐久性ともに抜群です! これならウレタンの代わりになりますよ!」
「よし、採取だ」
アニアスが聖剣の峰でスライムを叩き、気絶させる。
その隙に、ネクロが魔法で体表の一部を切り取った。
プニプニとした感触。指で押すと、絶妙な抵抗感と共に沈み込む。
「……いい感触。……これなら、首を支えられる」
ネクロがうっとりとしている。
「次はカバーだな。肌触りの良い布が必要だ」
アニアスの提案で、次はガンドルフォの元を訪れた。
アトリエで作業中だったガンドルフォは、事情を聞くと快く協力してくれた。
「あらァ、枕カバーね? それならこの『幻獣の絹』を使いなさい。摩擦がゼロに近くて、肌への負担がないのよォ」
渡された布は、触れているか分からないほど滑らかだった。
最高級の素材だ。
「ありがとうございます! これ、すごく高いんじゃ……」
「いいのよォ。アニアスちゃんの安眠のためなら、安いものよォ」
ガンドルフォがアニアスにウィンクする。
アニアスは視線を逸らしたが、耳は少し赤かった。
◇
材料は揃った。
あとは加工だ。
ショウの作業部屋で、枕作りが始まった。
スライムのゼリーを加工し、頭の形にフィットする形状に整える。
ショウの『想像創造』スキルで設計図を引き、アニアスが器用に成形していく。
ネクロは横で「……もう少し、ここを高く」などと細かい指示を出す。
数時間後。
純白のシルクに包まれた、長方形の枕が完成した。
見た目はシンプルだが、中身には魔界の素材と異世界の知識が詰まっている。
「できた……。『特製・魔界低反発枕』だ」
アニアスが完成品を掲げる。
「……早く、試したい」
ネクロが待ちきれない様子で、その場にゴロンと横になった。
ショウが枕を差し入れる。
ネクロの頭が、ゆっくりと枕に沈んでいく。
「……!」
ネクロが目を見開いた。
そして、すぐに瞼がとろんと落ちていく。
「……すごい。……頭が、浮いてるみたい。……首が、楽……」
彼の周りに漂っていた人魂たちが、金色に輝き始めた。
幸福のオーラだ。
「……ありがとう、ショウ、アニアス。……これ、宝物にする……」
ネクロはそう呟くと、三秒で深い眠りに落ちた。
スヤァ……という寝息と共に、彼の口元には幸せそうな笑みが浮かんでいる。
「成功ですね、先輩!」
ショウがガッツポーズをする。
「ああ。これなら俺も欲しいな。……材料、余ってるか?」
「ありますよ! 量産しましょう!」
二人は顔を見合わせて笑った。
何かを作り上げる喜び。それは世界が違っても変わらない。
その夜。
魔王城のVIPルームと地下室では、それぞれの枕で熟睡する勇者と死霊王の姿があった。
あまりに寝心地が良すぎて、翌朝ネクロが起きられず、魔王が「死んだか!?」と大騒ぎすることになるのだが、それはまた別の話である。
ショウの持ち込んだ現代知識は、こうしてまた一つ、魔王城の生活水準を向上させた。
だが、彼が活躍すればするほど、聖王国からの「早く帰ってこい」というプレッシャーが強まっていることに、彼はまだ気づいていなかった。




