第48話 異世界ゲームと魔王の暇つぶし、あるいは運命のカードバトル
魔王城での雑用係生活にも、少しずつ慣れ始めた頃のことだ。
異世界勇者ショウは、昼休憩の時間を利用して、ある企みを実行に移していた。
「見てろよ……。これで魔王たちの度肝を抜いてやる」
ショウは元物置を改装した休憩室の机の上で、固有スキル『想像創造』を発動させていた。
魔力を練り上げ、イメージを具現化する。
これまでの失敗経験から、複雑な機械ではなく、単純な構造のものを生み出すことに専念した。
ポンッ。
小さな音と共に、机の上に現れたのは、五十四枚の紙の束だった。
裏面には幾何学模様が描かれ、表面には数字と記号、そして絵札が印刷されている。
トランプだ。
現代日本において、最もポピュラーで、かつ無限の遊び方を持つ最強のアナログゲームである。
「よし、完成だ。紙質もプラスチック製みたいにツルツルだ」
ショウは満足げにカードをシャッフルした。
この世界には娯楽が少ない。
魔王城の住人たちは、せいぜいチェスのような盤上遊戯か、ピコのように体を動かす遊びしかしていないように見える。
そこに、この多様性に富んだカードゲームを持ち込めば、必ずや流行するはずだ。
そして、「遊びの伝道師」としての地位を確立し、雑用係からの昇格を狙うのだ。
◇
その日の夜。
夕食後の団欒タイム。VIPルームのコタツには、いつものメンバーが集まっていた。
「アニアス先輩、魔王様。ちょっと面白いものを作ったんですけど、遊びませんか?」
ショウは営業スマイルで切り出した。
「ん? また変な魔道具か?」
アニアスが蜜柑の皮を剥きながら怪訝な顔をする。
前回の掃除機騒動があったため、警戒しているようだ。
「いえいえ、危険なものじゃありません。これは『トランプ』と言って、私の故郷で親しまれているカードゲームです」
ショウはテーブルの上にカードを広げた。
ハート、ダイヤ、スペード、クラブ。
見慣れない記号に、魔王リーズヴェルトが興味を示す。
「ほう、美しい絵柄だな。占いの道具か?」
「占いもできますが、基本は対戦ゲームです。まずは簡単な『ババ抜き』からやりましょうか」
ショウはルールを説明した。
同じ数字のカードを捨てていき、最後にジョーカー、いわゆるババを持っていた人が負けという、シンプル極まりないルールだ。
「なるほど、心理戦というわけか。面白そうだ」
リーズヴェルトが乗り気になり、ゲームが始まった。
参加者はショウ、アニアス、リーズヴェルト、そして暇そうにしていたガンドルフォとピコだ。
「はい、揃ったのだ!」
ピコが無邪気にカードを捨てる。
彼女は表情が顔に出やすいため、ジョーカーが回ってきた瞬間に分かりやすく眉を寄せる。可愛いが、勝負には弱いタイプだ。
「あらァ、アタシも上がりよォ」
ガンドルフォも抜ける。
残るはショウとリーズヴェルト、そしてアニアスだ。
「くくく……ショウよ、貴様の視線が泳いでいるぞ。右端のカードがジョーカーだな?」
リーズヴェルトが不敵に笑い、ショウの手札からカードを引き抜く。
見事にセーフ。ペアが揃って捨てられる。
「しまっ……!」
ショウは焦った。
魔王の洞察力が鋭すぎる。
そして最後、アニアスとの一騎打ち。
ショウの手札は二枚。一枚はジョーカーだ。
「先輩、どうぞ引いてください」
ショウはポーカーフェイスを装った。
アニアスは面倒くさそうに欠伸をしながら、迷いなくカードに手を伸ばした。
スッ。
引き抜かれたのは、ジョーカーではなかった。
アニアスの手札と合わせてペアになり、ゲームセット。
ショウの手元に、哀れなジョーカーが残された。
「……負けました」
「弱いな、お前」
アニアスが淡々と言う。
「……で? これで終わりか?」
リーズヴェルトが少し物足りなそうに尋ねた。
「えっ? あ、はい。ババ抜きはこれで終わりですけど……」
「うーむ。単純すぎるな。魔力も使わんし、命のやり取りもない。これでは幼児の遊びではないか?」
「命のやり取りは普通しませんよ!」
ショウは反論したが、他のメンバーも同意見のようだ。
「刺激が足りないわねェ。もっとこう、魂が震えるようなスリルがないとォ」
「ピコも飽きたのだ。叩いて被ってジャンケンポンのほうが楽しいのだ」
不評だった。
現代の洗練されたゲームバランスは、戦闘狂の魔族たちには物足りなかったらしい。
「ふむ。ショウよ、本当のカードバトルというものを教えてやろう」
リーズヴェルトがニヤリと笑い、虚空から重厚な黒い箱を取り出した。
「これが魔界の伝統遊戯、『魔界闘札』だ!」
箱が開かれると、中からどす黒いオーラを放つカードの束が飛び出し、空中に展開された。
カードの一枚一枚に、グロテスクな魔物の絵が描かれている。
そして驚くべきことに、その絵が動いていた。
「ギャース!」
「グルルル……」
カードから唸り声が聞こえる。生きているのだ。
「え、なにこれ怖い」
ショウが引きつる。
「ルールは簡単だ。山札から五枚引き、役を作る。役の強さで勝敗が決まるのはトランプと同じだが……」
リーズヴェルトがカードを一枚引く。
すると、カードに描かれたドラゴンが実体化し、噛み付こうとしてきた。
「黙れ!」
リーズヴェルトが拳でカードを殴りつける。
ギャンッ! と悲鳴を上げて、ドラゴンが大人しくなる。
「このように、引いたカードを『屈服』させなければ手札に加えることはできん。強力なカードほど抵抗が激しいぞ」
「物理じゃねーか!」
ショウが叫ぶ。
「さらに、役が揃ったとしても油断はできん。相手のカードがこちらのカードを『捕食』してくることもあるからな」
「カードゲームの概念が崩壊してる!」
「さあ、やるぞショウ! 賭けるものは『一週間の皿洗い権』だ!」
強制的にゲームが始まった。
ショウの前に、五枚のカードが配られる。
「うわっ、なんかヌルヌルしてる!」
ショウが一番弱そうなスライムのカードを手に取ろうとすると、カードが触手のように伸びて腕に巻き付いてきた。
「ひぃぃぃ! 離せ! 溶ける!」
「甘いわよォ新入りちゃん! カードにナメられたら終わりよォ!」
ガンドルフォが自分のカード、ムキムキのオークにキスをして手懐けている。絵面が強烈だ。
「ピコのは最強なのだー!」
ピコが引いたカードからは、巨大な口が出現し、隣の席のネクロのカードをバリバリと食べ始めた。
「……あ。……僕のカード、死んだ」
ネクロが悲しそうに空になった手札を見つめる。
理不尽だ。あまりにも理不尽なゲームだ。
「くそっ、負けてたまるか!」
ショウは必死にスライムカードを引き剥がし、なんとかツーペアを揃えた。
これなら勝負になるかもしれない。
「勝負だ! 俺のツーペアを食らえ!」
「ふん、甘いな」
リーズヴェルトが不敵に笑い、カードを提示する。
そこには、五体のドラゴンが並んでいた。
「ファイブカード・ドラゴン! しかも全て『屈服済み』だ!」
ゴオォォォォ!
五体のドラゴンが一斉に炎を吐き、ショウのカードを消し炭にした。
「あちちち! 燃えた! 俺の手札が灰になった!」
「勝負ありだな! 皿洗いは任せたぞ!」
ショウは煤まみれになって崩れ落ちた。
知力も戦略も関係ない。ただの暴力と魔力のぶつかり合いだ。こんなものがゲームと呼べるのか。
「……騒がしいなぁ」
それまで静観していたアニアスが、溜息をついて参加した。
「俺も混ぜろ。皿洗いはショウに任せるとして、俺が勝ったら明日の朝飯はリーズヴェルトが作れよ。毒見役はショウにさせるからな」
「ほう、受けて立とう!」
第二ラウンド。
アニアスに五枚のカードが配られる。
その中には、最強の魔獣と言われる『魔神像』や『吸血大公』が含まれていた。
どれも、引いた瞬間にプレイヤーの精神を乗っ取ろうとする危険なカードだ。
「アニアス先輩、気をつけて! そいつらヤバいです!」
ショウが警告する。
だが、アニアスは動じなかった。
彼はただ、静かにカードを見つめただけだ。
――固有スキル『影薄』。
アニアスの存在感が、フッと希薄になる。
すると、暴れようとしていたカードたちが、ピタリと動きを止めた。
彼らは混乱していた。目の前にいるはずの人間が、認識できない。
恐怖の対象が見えない不安。
そして、アニアスが指先でコンッ、とテーブルを叩くと――。
シュバッ!
カードたちが一斉に整列した。
魔神も吸血鬼も、直立不動で敬礼している絵柄に変化している。
それは、カードたちが自ら服従を誓った証だった。
「……ロイヤルストレートフラッシュだ」
アニアスが淡々とカードを開示する。
最強の役が、戦わずして完成していた。
「な、なんだとぉぉぉ!?」
リーズヴェルトが驚愕する。
「カードを殴りもせず、魔力で威圧もせず、ただ『そこにいるだけ』で従わせたというのか!? アニアス、お前まさかカードの精霊とマブダチになったのか?」
「なってない。ただ、向こうが勝手に気を遣ってくれただけだ」
アニアスは面倒くさそうにカードを山札に戻した。
実際には、アニアスの「底知れなさ」を本能的に感じ取ったカードたちが、恐れをなして媚びを売っただけなのだが、周囲には「王者の風格」として映ったようだ。
「すげぇ……。やっぱり先輩は格が違う……」
ショウは感動した。
現代知識だのチートだのと浮かれていた自分が恥ずかしい。
本物の強者とは、ルールさえも超越するのだ。
「分かったら、明日の皿洗いは頼んだぞ、ショウ」
「はい! 喜んでやらせていただきます!」
ショウは深々と頭を下げた。
トランプの普及計画は失敗に終わったが、先輩勇者への尊敬の念はますます深まった夜だった。
なお、その後ネクロが「……僕もゲーム作った」と言って『死霊人生ゲーム(ゴールすると成仏できる)』を持ち出してきたが、内容が重すぎて全員に拒否されたのは余談である。




