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陰キャ勇者と世話焼き魔王のマブダチ宣言 ~対人恐怖症の俺が、なぜか魔王城で同居生活を始めた件について~  作者: らいお


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第47話 異世界勇者、パシリになる

 魔王城のVIPルーム。

 日本の冬の風物詩である『魔導聖剣(まどうせいけん)コタツ』に足を入れたまま、異世界勇者ショウは呆然としていた。


「……じゃあ、俺は。元の世界に帰る方法が見つかるまで、ここで暮らすしかないってことですか?」


 ショウが問いかけると、向かいに座るアニアスは蜜柑の筋を丁寧に取りながら、小さく溜息をついた。


「そういうことになるな。聖王国に戻っても、任務失敗で処刑されるか、再教育という名の洗脳コースだろうし……」


「ひえぇ……ブラックすぎる……」


 ショウは青ざめた。

 元の世界では社畜として使い潰され、異世界に来てみれば勇者として使い捨てられる運命。

 どこに行っても、世知辛い世の中だ。


「まあ、安心しろ。ここはホワイトだから」


 アニアスがポンと蜜柑の皮をテーブルに置く。


「衣食住は保証する。残業はない。パワハラもない。……ただ、ずっと何もしないってわけにもいかないんだ」


「えっ」


「俺は『マブダチ』だから特別待遇してもらってるけど、お前は今のところ、ただの居候だろ? タダ飯を食わせるわけにはいかないっていうか……リーズヴェルトの手前、何か役割を持ってほしいんだ」


 アニアスは少し困ったように眉を下げた。

 それは、厳しい上司というよりは、板挟みにあう中間管理職のような顔だった。


「……悪いけど、働いてくれないか? とりあえず、魔王城の『雑用係』ってことで」


「ざ、雑用係……! 勇者なのに!?」


「勇者だからだよ。体力はあるだろ? ……頼むよ、俺の平穏のためにも」


 アニアスは拝むようなポーズをとった。

 こうして、異世界勇者の再就職先が決まったのだった。


 ◇


 翌朝。

 ショウに与えられたのは、地下の物置部屋だった。かつて聖女エミリアが勝手にリフォームして豪華になった部屋の隣にある、まだリフォームされていない正真正銘の物置だ。

 埃っぽい部屋で目を覚ましたショウは、支給されたジャージ風の魔王軍作業着に着替え、アニアスの部屋へと呼び出された。


「おはようございます、アニアス先輩!」


 ショウは体育会系のノリで挨拶した。郷に入っては郷に従え。先輩には絶対服従。それが社畜の生存戦略だ。


「……うっ、声がでかい……」


 アニアスはビクッと肩を震わせ、耳を塞いだ。

 不機嫌そうにコーヒーを啜っているが、その顔色は悪い。低血圧と対人ストレスのダブルパンチらしい。


「あ、すみません……。で、本日の業務内容は?」


「……掃除だ」


 アニアスは力なく廊下を指した。


「最近、ピコが泥だらけで走り回るせいで、廊下が汚れてるんだ。……俺がやってもいいんだけど、腰が重くてさ。悪いけど、ピカピカにしてきてくれないか?」


「掃除ですか……。分かりました!」


 ショウは意気揚々と廊下に出た。

 掃除。それは地味な作業だが、現代知識を持つ彼にとっては、スキルをアピールする絶好のチャンスでもある。


「見てろよ……。俺のチートスキルで、度肝を抜いてやる!」


 ショウは廊下の真ん中でポーズを決めた。


「固有スキル『想像創造イマジネーション・クリエイト』! 出でよ、最新型サイクロン掃除機!」


 ブォン!

 ショウの手に、近未来的なフォルムの掃除機が現れた。

 コードレスで、吸引力は変わらないただ一つのアレだ。


「へへっ、こいつを使えば、こんな広い廊下も一瞬だぜ!」


 ショウはスイッチを入れた。


 キュイィィィィィン!!


 甲高いモーター音が廊下に響き渡る。

 静寂に包まれていた魔王城の朝が、騒音によって切り裂かれた。


「おお! 吸う吸う! すごい吸引力だ!」


 ショウはノリノリで掃除機をかけ始めた。

 埃も塵も、一瞬で吸い込まれていく。

 これぞ科学の力。魔法なんて目じゃない。


 ――ドォォォォン!!


 突然、目の前の壁が破壊された。


「ギャアァァァッ!?」


 ショウは腰を抜かした。

 土煙の中から現れたのは、巨大な戦斧を構えた幼女、ピコだった。


「うるさいのだー!! 朝から何の騒ぎなのだー!!」


 ピコは激怒していた。

 寝起きなのか、髪はボサボサで、パジャマ姿だ。だが、その殺気は本物だ。


「ひぃっ! ご、ごめんなさい! 掃除を……!」


「掃除!? そんな変な音を出す機械で掃除なんて、許さないのだ! ピコの安眠を妨害する奴は、ゴミと一緒に処分するのだ!」


 ピコが戦斧を振り上げる。

 掃除機ごと両断される未来が見えた。


「……待てピコ」


 そこへ、アニアスが耳栓をして、げんなりとした顔で現れた。


「お兄ちゃん! こいつがうるさいのだ!」


「分かってる、分かってるから斧を下ろせ。……おいショウ。俺、言わなかったか? 『静かにしろ』って」


 アニアスの目は死んでいた。

 怒りというより、騒音に対する切実な拒絶反応だ。


「あ、あの、これは現代の掃除道具でして、効率が……」


「効率? ……頼むから、静かにやってくれ。この城の住人、音に敏感なんだよ……」


 アニアスは掃除機を取り上げ、しげしげと眺めた。


「風を起こしてゴミを吸い取る魔道具か。……発想は悪くないけど、音が大きすぎるな。消音機能とか、ないのか?」


「魔力不足でそこまでは……」


「……はぁ。じゃあ、一旦預かるわ」


 アニアスは掃除機をそっと部屋の隅に置いた。窓から放り投げるような乱暴な真似はしない。


「掃除っていうのはな、こうやるんだよ」


 アニアスは懐から、何の変哲もない雑巾を取り出した。

 そして、スッと腰を落とす。


「『高速拭き掃除(ソニック・ワイパー)』」


 シュバババババッ!


 アニアスの腕がブレた。

 目にも止まらぬ速さで雑巾が床を往復する。

 だが、音はしない。

 風切り音さえも置き去りにする神速の雑巾がけ。


 数秒後。

 アニアスが立ち上がった時には、廊下の端から端までが鏡のように磨き上げられていた。


「……は?」


 ショウは開いた口が塞がらなかった。

 魔法ではない。純粋な身体能力と技術による掃除だ。

 静かで、速くて、完璧。


「す、すげぇ……!」


「……疲れた。あとは任せたぞ。次は洗濯だ。手洗いで頼む」


 アニアスは雑巾をショウに投げ渡し、ふらふらと部屋に戻っていった。

 ピコも「ふん、次うるさくしたらミンチなのだ」と言い残して去っていく。


 残されたショウは、手元のボロ雑巾を握りしめた。


「……勝てねぇ」


 現代文明の利器が、人力に負けた。

 異世界勇者ショウのプライドは、初仕事で粉々に砕け散った。


 ◇


 午後。

 洗濯と皿洗いを終えたショウは、ヘトヘトになって中庭のベンチに座っていた。


「疲れた……。勇者って、もっとこう、華やかな仕事じゃないのかよ……」


 愚痴をこぼしていると、目の前に巨大な影が落ちた。


「あらァ、新入りちゃん? 随分とシケた顔してるじゃない」


 見上げると、ピンク色の派手なドレスを着た巨漢が立っていた。

 魔将軍ガンドルフォだ。

 その迫力に、ショウは悲鳴を上げそうになった。


「ひぃっ! ま、魔物!?」


「失礼ねェ。魔界一のファッションリーダー、ガンドルフォよォ。……貴方、そのジャージ、ダサいわねェ」


 ガンドルフォはショウの服を摘まみ上げた。


「素材も安っぽいし、シルエットも最悪。勇者ならもっとビシッとしなさいよ」


「いや、これは支給品で……」


「言い訳しない! アタシがコーディネートしてあげるから、ついてらっしゃい!」


「えっ、ちょ、無理です!」


 抵抗も虚しく、ショウはガンドルフォに小脇に抱えられ、連行された。

 連れて行かれた先は、城内にあるガンドルフォのアトリエだった。


「さあ、着なさい! テーマは『戦う執事』よォ!」


 渡されたのは、フリル満載の燕尾服だった。


「無理です! こんなの着て戦えません!」


「戦うんじゃないわよ、働くのよ! 雑用係なら、それ相応の格好があるでしょォ!」


 結局、ショウは一時間ほど着せ替え人形にされた挙句、最終的に「シンプル・イズ・ベスト」という結論で、黒い執事服を着せられた。ただし、ボトムスはショートパンツ仕様だ。


「……なんで短パンなんですか」


「アタシの趣味よォ。少年の太腿は宝石なのよォ」


 ガンドルフォが目を爛々とさせている。

 ショウは涙目で悟った。

 この城には、まともな奴がいない。


 ◇


 夕方。

 ボロボロになったショウは、アニアスの部屋へ報告に戻った。


「掃除、洗濯、皿洗い、完了しました……。あと、変なオカマに絡まれました……」


「ああ、ガンドルフォか。……災難だったな」


 アニアスはコタツで茶を飲みながら、同情の目を向けた。


「まあ、あいつはああ見えて面倒見はいいから。慣れれば悪い奴じゃないよ」


「はぁ……」


「……ほら、これやるよ」


 アニアスが放り投げてきたのは、コンビニのおにぎりのような形をした物体だった。


「なんですかこれ?」


「『魔王城特製・爆弾おにぎり』だ。中に具が三種類入ってる。今日の余り物で作ったんだけど、作りすぎちゃってさ」


 ショウはそれを受け取り、恐る恐る一口食べた。


「……うまっ!」


 冷えているのに、米がふっくらとしている。

 中には甘辛く煮た牛肉と、マヨネーズで和えた山菜が入っていた。

 絶妙な味のハーモニー。

 コンビニおにぎりしか食べてこなかったショウにとって、それは手作りの温かみを感じる味だった。


「……先輩、料理もうまいんすか」


「まあな。一人暮らしが長かったから、自炊くらいはな」


 アニアスは少し照れくさそうに鼻をかいた。


「食ったら、風呂沸かしてきてくれないか? 温度は四十二度で頼む」


「……はい、喜んで」


 ショウは敬礼した。

 理不尽な要求も多いし、変人ばかりの職場だが、少なくともブラック企業の社食よりは、ここの飯のほうが美味い。

 そして何より、この先輩勇者は、なんだかんだで優しい。


「……悪くないかもな」


 ショウは独り言ちて、執事服の裾を翻し、風呂場へと走った。

 異世界勇者ショウ。

 レベル1のまま、魔王城の「パシリ」として、彼のセカンドライフは順調とは言い難い滑り出しを見せたのだった。

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