第44話 舗装された街道と、勘違いの称賛
異世界勇者ショウの旅は、驚きの連続だった。
魔物が一匹もいない森を抜け、魔界との国境付近に差し掛かった時のことだ。
「……なんだこれ」
ショウは目の前に広がる光景を見て、呆然と立ち尽くした。
国境を越え、魔界の領域に入ったはずなのに、道が綺麗すぎるのだ。
いや、綺麗というレベルではない。
凸凹の土の道は姿を消し、そこには隙間なく敷き詰められた平らな石畳――いや、アスファルトのように滑らかに舗装された『魔導道路』が、地平線の彼方まで一直線に伸びていた。
「舗装されてる……!? 異世界なのに!?」
ショウは思わず道に屈み込み、その表面を撫でた。
硬く、平らで、しかもほんのりと温かい。
これなら馬車でも揺れることはないだろうし、雨が降っても泥濘むことはない。現代日本の国道と比べても遜色ないレベルだ。
「すげぇ……。聖王国の土木技術、こんなに進んでたのか」
ショウは感嘆の声を漏らした。
彼の認識では、ここは魔王の支配する未開の地だ。
だが、現実はどうだ。
道の両脇には、等間隔で街灯のような魔道具が設置され、夜になれば自動で点灯する仕組みになっているようだ。
さらに、数キロごとに清潔な公衆トイレと休憩所まで完備されている。
「ブラック企業で働いてた俺の会社より、よっぽど福利厚生が行き届いてるじゃないか……」
ショウは感動のあまり涙ぐんだ。
王宮で聞いた話では、魔界は混沌と恐怖が支配する地獄のような場所だと言っていた。
だが、このインフラ整備はどう見ても、高度な文明と統治能力の証だ。
「きっと、聖王国の先遣隊がここまで拠点を広げているんだな。この道も、魔王軍を攻めるための軍用道路として整備されたに違いない」
ショウは勝手に納得した。
そう考えると、この道の先にある魔王城への恐怖心も薄れてくる。
文明の光が届いているなら、そこはもう危険地帯ではない。
「よーし、このまま突っ走るぞ!」
ショウは整備された街道を、軽快な足取りで進み始めた。
足への負担が少ないため、歩く速度も上がる。
彼は知らない。
この完璧な道路網が、聖王国ではなく、魔王軍の幹部であるガンドルフォが「ガタガタ道じゃドレスが汚れるじゃないのォ!」とキレて私費で整備させたものであることを。
そして、あの街灯のデザインが、アニアスのアドバイスを取り入れたものであることを。
◇
一方その頃。
魔王城のVIPルームでは、アニアスが手紙を読んでいた。
「……ほう。ガンドルフォのやつ、街道整備を完了させたのか」
手紙の差出人は、西の都にいるガンドルフォだ。
ピンク色の封筒からは、甘い香水の匂いが漂ってくる。
『アニアスちゃん、元気ィ?
アタシの方はようやく仕事が一段落したわァ。
ついでに、王都から魔王城までの街道を全部リニューアルしておいたわよォ!
これなら、アニアスちゃんがいつ西の都に遊びに来ても、靴を汚さずに済むわね♡
P.S. 新作のルームウェアを送るから着てみてね♡』
「……相変わらず仕事が早いな」
アニアスは苦笑した。
ガンドルフォの行動力は、時に勇者をも凌駕する。
彼女の美意識は、魔界のインフラレベルを数百年分進めてしまっているのだ。
「うむ。ガンドルフォのおかげで流通もスムーズになった。最近は人間界の商人もこっそり魔界の商品を仕入れに来ているらしいぞ」
リーズヴェルトが饅頭をかじりながら言う。
「平和だな」
「ああ、平和だ」
アニアスはコタツに潜り直した。
外の世界では、異世界からの勇者が勘違いを加速させながら近づいてきているが、今のところ魔王城の住人たちは知る由もない。
◇
街道を進むショウは、途中の休憩所に立ち寄った。
そこには『道の駅・マカイ』という看板が掲げられた、小洒落た建物があった。
「道の駅まであるのかよ……」
中に入ると、魔族の店員が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませー! 焼きたてのパンはいかがですかー?」
店内に並ぶのは、ふわふわのパンや、冷えたジュース、そして各地の特産品だ。
魔物のような見た目の客たちも、行儀よく列に並んで買い物をしている。
「……ここ、本当に魔界か?」
ショウは困惑した。
RPGで言うところの「魔王城前のラストダンジョン」を想像していたのに、これではまるで観光地だ。
殺伐とした雰囲気など微塵もない。
「お兄さん、人間かい? 珍しいねぇ」
隣にいたオークのおじさんが気さくに話しかけてきた。
「あ、はい。……あの、ここって魔王軍の支配下ですよね?」
「そうだよ。この辺りはピコ様の管轄だけど、街道の管理はガンドルフォ様がやってくれてるんだ。おかげで商売がしやすくて助かってるよ」
「ガンドルフォ様……ピコ様……」
ショウはメモを取った。
どうやら魔王軍には、優秀な行政官がいるらしい。
そして彼らは、住民から慕われている。
「……もしかして、俺が聞かされてた話と違うんじゃないか?」
ショウの中に、小さな疑問が芽生えた。
魔王は悪。魔族は敵。
そう教えられてきたが、目の前の光景はあまりにも平和で、豊かだ。
「まあいい。魔王に会えば分かることだ」
ショウはパンと魔界豆を挽いたコーヒーを買い、ベンチで休憩をとった。
パンは驚くほど柔らかく、コーヒーは深みがあって美味かった。
これもまた、アニアスが以前「もっと美味いものが食いたい」とこぼしたのをきっかけに、魔王軍が食文化の改善に力を入れた結果だとは、夢にも思わないだろう。
「よし、エネルギー充填完了!」
腹を満たしたショウは、再び歩き出した。
目指す魔王城は、もう目と鼻の先だ。
整備された道を、勘違い勇者が行く。
その先に待つのが、コタツで堕落した先代勇者だとも知らずに。




