第40話 旅の終わり、そして愛しの我が家へ
北の大地、『氷結地獄』での騒動から数日後。
勇者アニアス一行は、宿の玄関で女将の垂氷たちに見送られていた。
「皆様、本当にお世話になりました。……特にアニアス様には、あの聖女様を大人しくさせるために、美味しいお粥まで作っていただき……」
垂氷が深々と頭を下げる。
あの一件の後、風邪を引いて寝込んだエミリアは、アニアスがしっかりと味付けをして作った粥を食べて感涙し、現在は「アニアス様の手料理パワーを消化するまでは動けません!」と言って布団にくるまっているらしい。
今のうちに出発するのが賢明だ。
「いや、俺も温泉を楽しませてもらったよ。……また来る時は、もう少し静かな時期にする」
アニアスは苦笑しながら言った。
騒がしくはあったが、雪見風呂は最高だったし、カニ鍋も美味かった。良い思い出だ。
「では行くか! さらばだ北の地よ!」
魔王リーズヴェルトがマントを翻し、ネクロの『夢幻霊柩車』に乗り込む。
続いてピコ、ガンドルフォ、そしてゼムも乗り込んだ。ゼムはここが実家だが、やはり城に戻るらしい。
「出発進行なのだー!」
ピコの号令と共に、車は雪道を走り出した。
窓の外で手を振る雪女たちが、次第に小さくなっていく。
旅が終わる。
その事実に、アニアスは一抹の寂しさと、それ以上に大きな安堵を感じていた。
◇
帰りの車中は、行きよりも賑やかだった。
テーブルの上には、各領地で手に入れた土産物が広げられている。
西の『嘆きの坑道』でガンドルフォが作った新作の服。
東の『迷わずの森』でピコと採った木の実の砂糖漬け。
南の『奈落の魔湖』でネクロが拾った光る貝殻。
そして北の『氷結地獄』で買った温泉饅頭。
「いやァ、楽しかったわねェ! アニアスちゃんのモデル姿、今思い出しても鼻血が出そうだわァ!」
ガンドルフォが思い出に浸りながら魔界酒のワインを飲む。
「ピコはツリーハウスが一番なのだ! 帰ったら、城の庭にも作るのだ!」
「……僕は、アニアスと食べた夜食が、美味しかった」
「ワシは久々に実家の湯に浸かれて満足じゃよ。……まあ、聖女の乱入は余計じゃったがな」
四天柱たちが口々に旅の感想を語り合う。
アニアスはそれを聞きながら、ぼんやりと窓の外を流れる景色を眺めていた。
一ヶ月前。
城を追い出された時は、絶望しかなかった。
知らない土地、知らない魔族、そして過酷な環境。引きこもりの自分に耐えられるはずがないと思っていた。
けれど。
「……悪くなかったな」
アニアスは小さく呟いた。
行く先々でトラブルに巻き込まれ、そのたびに勇者の力を、主に家事や逃走のために使い、結果として多くの魔族たちと知り合った。
ドワーフの職人たち、エントの村人たち、人魚たち、そして雪女たち。
彼らは皆、魔王軍という恐ろしい名前とは裏腹に、愉快で、温かい連中だった。
「ん? 何か言ったかアニアス?」
隣に座っていたリーズヴェルトが顔を覗き込んでくる。
「……いや。早く帰って、コタツに入りたいなって思っただけだ」
「ふふ、そうか。……我もだ」
リーズヴェルトは優しく微笑み、アニアスの肩に頭を預けてきた。
「やはり、旅というのは帰る場所があってこそだな」
「ああ。……そうだな」
アニアスは目を閉じた。
心地よい揺れに身を任せていると、いつの間にか眠りに落ちていた。
◇
「……アス。……アニアス、起きて」
誰かに揺すられて目を覚ますと、車は既に停止していた。
ネクロが顔を覗き込んでいる。
「……着いた。……我が家」
アニアスは慌てて体を起こし、車を飛び降りた。
目の前に聳え立つのは、懐かしき魔王城の威容だ。
一ヶ月前、毒々しい燻煙に包まれていた城は、今はすっきりと晴れ渡った空の下で、以前よりも輝いて見えた。
「へい、お帰りなせぇ!」
城門の前で、オークの親方が白い歯を見せて笑っていた。
「駆除は完璧でさぁ! シロアリ一匹残しちゃいませんぜ! ついでに、あの聖女様がぶち開けた城壁の大穴も、綺麗に塞いどきやした!」
「おお、ご苦労だった! 褒美を弾もう!」
リーズヴェルトが満足げに頷く。
アニアスは駆け出した。
城門をくぐり、大広間を抜け、階段を駆け上がる。
目指すは最上階、VIPルーム。
ガチャリ。
勢いよく扉を開けると、そこには変わらない光景があった。
ふかふかのベッド。
窓から見える魔界の絶景。
そして、部屋の中央に鎮座する、愛しの『魔導聖剣コタツ』。
「……ただいま」
アニアスは靴を脱ぎ捨て、コタツにダイブした。
防護シートを剥がし、聖剣への魔力供給スイッチを入れる。
ポゥ……と優しい光が灯り、じんわりとした温もりが足を包み込む。
「……これだ。これだよ」
アニアスは至福の溜息をつき、テーブルに突っ伏した。
旅の疲れが、温泉とはまた違う種類の癒やしによって溶けていく。
絶対的な安心感。
ここが、俺の居場所だ。
「ずるいぞアニアス! 我も混ぜろ!」
遅れてやってきたリーズヴェルトが、ドカドカと部屋に入ってきて、当然のようにコタツに潜り込んでくる。
「アタシもよォ!」
「ピコもなのだー!」
「……僕も」
「ワシも腰を温めねば」
ガンドルフォ、ピコ、ネクロ、ゼムも次々と雪崩れ込んでくる。
あっという間に、コタツの周りは人口密度が最大になった。
狭い。暑苦しい。
でも、嫌じゃない。
「……ふふっ」
アニアスは思わず笑ってしまった。
「なんだアニアス、急に笑って。気持ち悪いぞ」
「うるさいな。……ただ、帰ってきたんだなって実感しただけだよ」
アニアスはテーブルの上の籠に、北の土産である温泉饅頭を山盛りにした。
「さあ、茶を入れるぞ。旅の反省会だ」
「おお! 賛成なのだ!」
「アニアスちゃんの淹れるお茶は最高よォ!」
湯気が立ち上るカップを囲み、笑い声が部屋に満ちる。
窓の外では、魔界の夕日が城を赤く染めていた。
勇者アニアス。
対人恐怖症で、引きこもり志望の彼が選んだ道。
それは世界を救うことではなく、この騒がしくて温かい「マブダチ」たちとの日常を守ることだった。
これからも、聖女エミリアが戻ってきて一悶着あったり、新たなトラブルが舞い込んだりするだろう。
だが、今の彼には恐れるものはない。
ここには、最強の仲間たちと、最高のコタツがあるのだから。
「……アニアス」
リーズヴェルトが、饅頭を頬張りながら言った。
「おかえり」
アニアスは、魔王の瞳を見つめ返し、穏やかに微笑んだ。
「ああ。……ただいま」
二人の奇妙な同居生活は、まだまだ続いていく。
いつか、この世界中のすべての人が、彼らのように笑い合える日が来ることを願って。
(第一部 完)
⚫︎あとがき
第一部、完です!
この部では、世界観やアニアス、魔王をはじめとした魔界のご紹介フェーズといったものとなりました。
アニアスの成長も感じられたのではないでしょうか。
以降は色々と物語を動かしていこうかと思っています。
引き続き、物語を楽しんで頂けますと幸いです!




