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陰キャ勇者と世話焼き魔王のマブダチ宣言 ~対人恐怖症の俺が、なぜか魔王城で同居生活を始めた件について~  作者: らいお


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第37話 人魚のSOS、あるいは湖畔の泥んこ大作戦

 聖女エミリアが去った後の『奈落の魔湖』は、皮肉なことにリゾート地としての完成度を高めていた。

 水はクリスタルのように透明度を増し、湖底の砂までくっきりと見える。

 水温は熱湯地獄からある程度落ち着き、適度な温水プール並み。

 聖なる光のおかげで、夜でも薄明るい。


「……眩しい」


 翌朝。

 テラスに出たネクロが、不機嫌そうに目を細めた。

 彼が愛する「静寂と闇」は失われ、健康的な朝の光が湖面に反射してキラキラと輝いている。


「これじゃ、安眠できない……。人魂たちも、隠れちゃった」


 ネクロが項垂れる。

 死霊王にとって、この「健全すぎる環境」は居心地が悪いらしい。


「まあまあ、人間にとっては過ごしやすいぞ?」


 アニアスがコーヒーを飲みながら慰める。

 と、その時だった。


 バシャッ!


 桟橋の近くで水音がした。

 見ると、一人の女性が水面から顔を出していた。

 長い緑色の髪に、美しいヒレ耳。

 先日見かけた人魚――セイレーン族の一人だ。


 だが、その様子がおかしい。

 顔色は青ざめ、肌はカサカサに乾燥し、自慢の鱗からは光沢が失われている。

 何より、目が死んでいた。


「……死霊王様……助けて……ください……」


 彼女は掠れた声で懇願すると、力尽きたように桟橋に突っ伏した。


「おい、大丈夫か!?」


 アニアスが慌てて駆け寄る。

 近くで見ると、彼女の肌には白い粉のようなものが吹いていた。


「……聖水負け、してる」


 ネクロが診察する。


「セイレーン族は、魔素を含んだ水で生きている。……聖水は、彼女たちにとって『漂白剤』みたいなもの」


「漂白剤……!?」


 アニアスは戦慄した。

 人間にとっては無害な聖水も、魔族にとっては猛毒。

 エミリアの「善意の掃除」が、湖の生態系を壊滅の危機に追い込んでいたのだ。


「お願いです……。このままでは、里のみんなが干からびてしまいます……。歌う元気もありません……」


 人魚が涙を流す。その涙さえも、聖水の影響ですぐに蒸発してしまう。


「許せん!」


 リーズヴェルトが立ち上がった。


「我が領土の民を苦しめるとは! エミリアめ、後で説教では済まさぬぞ! ……だが、まずはこの湖を元に戻すのが先決だ!」


「でも、どうやって? あれだけの聖水だぞ?」


 アニアスが湖を見渡す。

 広大な湖の水をすべて入れ替えるなど、物理的に不可能だ。


「……中和、するしかない」


 ネクロが静かに言った。


「……聖属性を打ち消すには、同量の『闇属性』をぶつける必要がある。……でも、僕の魔力だけじゃ足りない」


 死霊王といえど、湖全体の水を染め直すほどの魔力はないらしい。


「闇属性か……。何か、強力な闇の触媒があれば……」


 全員が考え込む。

 その時、ピコがリュックをゴソゴソと漁り始めた。


「あるのだ! ピコ、いいもの持ってるのだ!」


 彼女が取り出したのは、どす黒い紫色をした、不気味な泥の塊だった。

 強烈な異臭が漂う。


「なんだそれは!?」


「『底なし沼の泥団子(スワンプ・マッド)』なのだ! 東の森の奥地で拾った、特級の呪物なのだ! 投げると爆発して周りを汚すのだ!」


 ピコが得意げに掲げる。

 アニアスは顔をしかめたが、ネクロが反応した。


「……それだ」


 ネクロが泥団子を受け取り、クンクンと匂いを嗅ぐ。


「……高濃度の瘴気を含んでる。……これをベースに、僕の魔力を混ぜて『特製バスボム』を作れば……」


「湖を汚せるってことか?」


「……ん。……元通りの、暗くてジメジメした湖に」


 方針は決まった。

 名付けて『湖畔の泥んこ大作戦』。

 目的は、綺麗になりすぎた湖を、全力で汚すこと。


「アニアス、手伝って。……君の『調合スキル』が必要」


「分かった。料理も調合も似たようなもんだろ」


 アニアスは腕まくりをした。

 まさか勇者のスキルを環境汚染という名の現状復旧のために使うことになるとは思わなかったが、人魚たちを救うためだ。背に腹は代えられない。


 ◇


 作業はコテージのテラスで行われた。

 ピコが持っていた泥団子を細かく砕き、ネクロが魔力を注ぎ込む。

 さらに、リーズヴェルトが「隠し味だ!」と言って『乾燥済みドラゴンのフン』を提供し、ガンドルフォが置いていった『漆黒の染料』も加える。


 アニアスはそれらを絶妙なバランスで混ぜ合わせ、聖剣で練り上げる。


「……凄い色だ」


 出来上がったのは、光さえも吸い込むような暗黒物質だった。

 アニアスはそれを丸め、巨大なバスボムを何個も作り上げた。


「完成だ。『暗黒入浴剤(ダーク・バスボム)・改』!」


「……鼻をつく、腐敗臭もいい匂い」


 ネクロがうっとりとしている。

 人魚の娘も、その匂いを嗅いで少し顔色が良くなったようだ。


「よし! 投下するぞ!」


 アニアスたちはボートに乗り込み、湖の中央へと漕ぎ出した。

 そして、合図と共にバスボムを一斉に投げ込む。


 ドボン! ドボン!


 ボムが沈んでいく。

 数秒後。


 ボコォォォォ……!


 湖底から、黒い泡が湧き上がってきた。

 インクを垂らしたように、透明だった水がみるみるうちに濁り、本来のどす黒い色へと染まっていく。

 キラキラしていた聖なる光が消え、おどろおどろしい闇が戻ってくる。


「……戻った」


 ネクロが満足げに呟く。

 水温も下がり、肌寒さが戻ってきた。


「きゃあぁっ! 水が! 水が美味しくなりましたわ!」


 人魚の娘が歓喜の声を上げて飛び込んだ。

 彼女の鱗に、本来の艶やかな光沢が戻っていく。

 水面には他の人魚たちも顔を出し、嬉しそうに尾ひれを打ち鳴らしていた。


「ありがとう! 死霊王様! 勇者様!」


 人魚たちの歌声が響き渡る。

 それは聖歌のような澄んだものではなく、どこか妖しく、それでいて心安らぐ『鎮魂歌』だった。


「……ふふ、やはり魔界の湖はこうでなくてはな」


 リーズヴェルトが笑う。

 アニアスも、薄暗くなった湖面を見てホッと息をついた。


「綺麗すぎるのも、考えものだな」


 こうして、湖の生態系は守られた。

 聖女の行き過ぎた善意を、魔王軍の汚い団結力が上回った瞬間だった。


 その夜。

 完全復活したセイレーン族による、盛大な感謝の宴が開かれた。

 彼女たちが歌う子守唄は、最高に心地よく、アニアスは泥のように深く眠ることができた。


 だが、問題は山積みだ。

 聖女エミリアは、今頃北の温泉街でさらなる「浄化」を行っているに違いない。

 人魚たちに見送られながら、一行は急ぎ旅支度を整えるのだった。

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