第32話 森の住人たちと野菜収穫祭、あるいは暴走ベジタブル
巨大な人食い植物ポチに認められ、一行は「迷わずの森」の奥深くへと進んでいた。
道なき道を行く過酷な行軍だが、案内役のピコは元気いっぱいだ。
「もうすぐなのだ! ピコの村が見えてくるのだ!」
ピコが巨大なシダ植物を戦斧で薙ぎ払いながら叫ぶ。
その後ろを、アニアスは肩で息をしながらついていく。足元はぬかるみ、頭上からは得体の知れない木の実や虫が降ってくる。西の都の快適なホテル暮らしが早くも恋しい。
「……アニアス、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
隣を歩くリーズヴェルトが心配そうに声をかける。彼女は森の中でも足取りが軽く、マント一つ汚していない。流石は魔王だ。
「平気だ。ただ、湿気がすごくて……キノコが生えそうだ」
「ふむ。ネクロなどは既に生えているがな」
見れば、ネクロが抱いているクマのぬいぐるみの頭頂部に、小さな発光キノコがポツンと生えていた。本人は気にする様子もなく、歩きながら半眼でウトウトしている。
「着いたのだー!」
視界が急に開けた。
そこは、巨木に囲まれた広大な空間だった。
驚くべきことに、そこにある巨木の一本一本に、木造の家屋がへばりつくように建てられていた。家同士は吊り橋や蔦で繋がれており、さながら空中都市の様相を呈している。
「すごい……。木の上に村があるのか」
アニアスが感嘆の声を漏らすと、上空から何かが降ってきた。
「ピコ様ー! お帰りなさいませー!」
ドスン、ドスンと着地したのは、全身が樹皮のような肌で覆われた屈強な男たちだった。頭からは枝が生え、葉っぱの腰蓑をつけている。
植物系魔族、『樹人』族だ。
「ただいまなのだ! 長老、みんな元気か?」
「はい! ピコ様がお留守の間も、皆で筋トレと畑仕事に励んでおりました!」
長老と呼ばれた、一際巨大な老木のようなエントが、太い腕で作った力こぶを見せつける。
どうやらこの村は、ピコの影響で筋肉信仰が浸透しているらしい。
「お客様ですか? なんと、魔王様まで!」
長老がリーズヴェルトに気づき、深く頭を下げる。
周囲の住人たちも一斉にひれ伏した。
「うむ、楽にしてくれ。今回は忍びの旅だ。我輩のことは気にせず、普段通りに過ごしてほしい」
「ははっ! 承知いたしました。……ちょうど今、村は『大収穫祭』の真っ最中でして」
「収穫祭?」
アニアスが反応する。
収穫祭といえば、美味しい野菜や果物が山のように積まれ、宴が開かれる祭りのことだ。
西の都では肉ばかりだったので、新鮮なサラダが食べられるかもしれない。
「それは良い! 我らも手伝おうではないか!」
リーズヴェルトが提案すると、長老の顔が曇った。
「い、いえ……お気持ちはありがたいのですが……今年の野菜たちは、少々『活きが良すぎる』のです」
「活きが良い? 新鮮ってことか?」
「いえ。文字通り、暴れているのです」
長老が指差した先。
村の中央にある広場には、檻のような結界が張られ、その中で何かが激しく暴れ回っていた。
ドガッ! バキッ!
結界の壁に体当たりをしているのは、人間ほどの大きさがある巨大な大根だった。
しかも、太い二本の根を足のように使って走り回り、葉っぱの部分を腕のように振り回している。
「……あれは、大根か?」
アニアスが呆然と呟く。
「はい。『暴れ大根』です。今年は特に凶暴でして……既に三人の村人が病院送りにされました」
「野菜に病院送りにされる魔族って何なんだ」
「それだけではないんじゃ」
ゼムが空飛ぶ絨毯の上から、興味深そうに結界の中を覗き込む。
「あっちにおるのは『爆裂南瓜』、そっちは『音速人参』じゃな。どれも魔界の希少種じゃが、ここまで巨大化し、魔力を帯びているのは異常じゃ」
「どうしてこんなことに?」
アニアスが尋ねると、長老は深いため息をついた。
「実は数日前、白い服を着た人間の娘が現れまして……」
その言葉に、アニアスたちの背筋が凍った。
まただ。またあいつだ。
「彼女は『森が汚れている』と言って、村の周辺の雑草を一本残らず引き抜いていったのです。それはもう、嵐のような手際でした」
「……それで?」
「雑草の中には、野菜たちの魔力を吸い取り、成長を抑制する役割を持つ『魔力喰い草』も含まれていました。天敵がいなくなった野菜たちは、大地の魔力を際限なく吸い上げ……結果、あのようなモンスターに変貌してしまったのです」
原因が判明した。
聖女エミリアの「善意の草むしり」が、生態系のバランスを崩壊させ、野菜を怪物に変えてしまったのだ。
「……あいつ、本当にろくなことをしないな」
アニアスは頭を抱えた。
だが、起きてしまったことは仕方がない。目の前には、収穫を待つ(というより暴れ回る)食材たちがいる。
「仕方ないのだ! ピコが収穫してやるのだ!」
ピコが戦斧を構えて結界の前に立った。
「待てピコ! 普通に攻撃したら野菜が粉々になるぞ! 食材として回収しなければ意味がない!」
アニアスが慌てて止める。
ミンチになった大根や、爆発したカボチャなど食べたくない。
「ではどうするのだ?」
「……俺がやる」
アニアスは前に出た。
腰の聖剣を抜き、深呼吸をする。
「野菜を傷つけず、無力化して収穫する。……料理人としての腕が鳴るな」
◇
アニアスは結界の中へと足を踏み入れた。
瞬間、暴れ大根がアニアスの存在を感知し、猛烈な勢いで突進してくる。
その速度は闘牛並みだ。
「シッ!」
アニアスは固有スキル『影薄』を発動した。
フッ、とアニアスの気配が消失する。
大根は目標を見失い、キョロキョロと葉っぱを揺らす。
その隙に、アニアスは音もなく大根の背後(?)に回り込んだ。
そして、聖剣の峰で、大根の急所――葉の付け根部分を、正確に、かつ優しく打ち据えた。
パコッ。
乾いた音が響き、大根がその場に倒れ込んだ。気絶だ。
「……よし。次」
アニアスは流れるような動きで次の標的へ向かう。
音速人参が高速移動で襲いかかってくるが、アニアスは最小限の動きでそれを回避し、すれ違いざまに麻痺効果のある針を人参の表面に刺す。
人参はピクリと震えて動かなくなった。
「す、すごい……!」
結界の外で見ていたエントたちがどよめく。
「あの凶暴な野菜たちを、傷一つつけずに仕留めていく……! まるで風のようだ!」
「彼こそ、伝説の農夫に違いない!」
勝手に伝説にされた。
アニアスは次々と野菜を「収穫(気絶)」させていく。
最後の大物、爆裂南瓜が立ちはだかる。
こいつは衝撃を与えると爆発する厄介な代物だ。
(……慎重に、優しく……)
アニアスは気配を極限まで消し、南瓜に近づく。
まるで赤子をあやすように、そっと手を伸ばし、ツルの部分に触れる。
そして、魔力を指先に集中させ、ツルを切断すると同時に『成長停止』の魔法を流し込んだ。
南瓜は爆発することなく、ゴロンと地面に転がった。
「……ふぅ」
アニアスは額の汗を拭った。
広場には、綺麗に並べられた巨大野菜の山が出来上がっていた。
「収穫完了だ」
わぁぁぁぁっ!!
村中から歓声が上がった。
ピコが飛びついてくる。
「お兄ちゃん、かっこいいのだ! 野菜ハンターなのだ!」
「見事だアニアス! まさか剣技を農作業に応用するとはな!」
リーズヴェルトも感心している。
「……お腹、空いた」
ネクロが野菜の山を見て涎を垂らした。
「よし! これより収穫祭の本番だ! アニアス様が獲ってくれた野菜で、最高の宴をするぞー!」
長老の号令で、エントたちが動き出す。
巨大な鍋が用意され、アニアスが収穫した野菜たちが次々と投入されていく。
◇
その夜。
迷わずの森は、焚き火の明かりと美味しい匂いに包まれていた。
「……うまい」
アニアスは器によそわれた『暴れ大根の煮込み』を口に運び、目を細めた。
凶暴だったのが嘘のように、大根は柔らかく煮込まれ、出汁の味がしっかりと染み込んでいる。
魔力をたっぷりと吸って育った野菜は、滋味深く、食べたそばから力が湧いてくるようだ。
「爆裂南瓜のスープも最高なのだ! 口の中で弾ける甘さなのだ!」
ピコが口の周りを黄色くしながら笑う。
「ふむ、やはり旬のものは良いな。……しかし、あの聖女も、たまには役に立つではないか」
リーズヴェルトがワインを飲みながら冗談めかして言う。
「結果オーライだけどな……。あいつが通った後は、生態系が変わるから怖いよ」
アニアスは苦笑した。
聖女エミリア。彼女の足跡を辿るこの旅は、予想以上に波乱に満ちている。
次はどんなトラブルが待ち受けているのか。
不安はあるが、今はただ、この温かいスープと仲間たちの笑顔を噛み締めていたかった。
森の夜は更けていく。
木々の上からは、エントたちの奏でる葉っぱの笛の音が、優しく響いていた。




