第30話 ドワーフの街で休日を、あるいは魔導家電ハンター
伝説となった……アニアスにとっては黒歴史のファッションショーから一夜明けた、翌日の昼下がり。
西の魔科学都市『嘆きの坑道』にある三ツ星レストラン『鉄の槌』の個室で、勇者アニアスは至福の時を過ごしていた。
「……うまい」
目の前の鉄板には、分厚い『魔界霜降り牛』のステーキが鎮座している。
ナイフを入れると、抵抗なくスッと切れ、断面から肉汁が溢れ出す。
口に運べば、濃厚な脂の甘みと赤身の旨味が舌の上でとろけ合う。
「うむうむ、そうだろう! 約束通り、一番高いコースを頼んでおいたぞ!」
向かいの席で、魔王リーズヴェルトがワイン――のように見えるが、ノンアルコールの葡萄ジュースを揺らしながら満足げに頷く。
彼女も今日は、昨日のショーでガンドルフォから貰った新作のワンピースを着ている。魔王としての威厳を隠し、どこぞの貴族令嬢のようなお忍びスタイルだ。
「昨日のアニアスは本当に凄かったからな。ガンドルフォなど、感動して泣きながら『アニアスちゃんの等身大抱き枕を作る!』と息巻いていたぞ」
「……それは全力で阻止してくれ」
アニアスは肉を噛み締めながら釘を刺した。
自分の知らないところでグッズ化が進んでいる気がしてならない。
「さて、腹ごなしも済んだことだし……」
最後のデザートである溶岩ショコラケーキを平らげたアニアスは、ナプキンで口を拭きながら言った。
「買い物に行かないか? せっかく魔導技術の最先端都市に来たんだ。旅の役に立つ道具を仕入れたい」
「ほう、デートの誘いか? 良いだろう、付き合ってやる!」
リーズヴェルトが嬉しそうに立ち上がる。
アニアスとしては単なる買い出しのつもりだったが、彼女が楽しそうなら訂正する必要はないだろう。
二人は変装用の伊達眼鏡(魔道具屋で買った『認識阻害グラス』)をかけ、街へと繰り出した。
◇
休日の魔科学都市は、ドワーフやオーク、そして観光客の魔族たちで賑わっていた。
あちこちから蒸気が吹き出し、歯車が回る音が聞こえるスチームパンクな街並みは、歩いているだけで心が躍る。
「おいアニアス、あっちの店には『自動で動く鎧』が売っているぞ! 護衛にどうだ?」
「いらない。夜中に勝手に動かれたらトイレに行けなくなる」
「む、そうか。ではあっちの『火を吹く剣』はどうだ? BBQの着火に便利だぞ」
「コタツモードの聖剣があるから間に合ってる」
リーズヴェルトが指差すのは武器や防具ばかりだが、アニアスの興味はそこにはない。
彼が目を輝かせて向かったのは、『最新魔導生活用品店』という看板を掲げた店だった。
「いらっしゃい! 奥さん、いい旦那さん捕まえたねぇ!」
店番のドワーフのおばちゃんに声をかけられ、リーズヴェルトが「だ、旦那……っ!?」と顔を赤くして固まる。
アニアスはそれをスルーして、店内の棚を物色し始めた。
「……あるじゃないか。俺が求めていたものが」
アニアスが手に取ったのは、一見するとただの黒い箱だった。
「お兄さん、お目が高い! それは最新式の『携帯用魔導コンロ』だよ! 魔石一つで弱火から強火まで自由自在! しかも風の影響を受けない結界付きさ!」
「素晴らしい……。これなら、強風の荒野でも安定して煮込み料理が作れる」
アニアスは感動した。
旅の食事は重要だ。焚き火だと火加減が難しく、凝った料理が作れないのが悩みだったのだ。
「こっちは『瞬間冷却ボックス』かい? 生肉や魚を入れておけば、三日は鮮度が落ちないよ!」
「買う。それも買う」
冷蔵庫だ。ポータブル冷蔵庫だ。
これがあれば、旅先で冷たい飲み物が飲めるし、ピコが狩ってきた巨大な肉も腐らせずに保存できる。
「アニアスよ、そんなに生活用品ばかり買い込んでどうするのだ。我らは冒険の旅をしているのだぞ?」
復活したリーズヴェルトが呆れたように言う。
「冒険だからこそ、生活の質が大事なんだ。……あ、おばちゃん、この『全自動洗濯桶』もつけてくれ」
「毎度ありー!」
アニアスは次々と商品をカゴに放り込んでいく。
その目は、聖剣を手に入れた時よりも輝いていた。
「……ふふ」
そんなアニアスを見て、リーズヴェルトが小さく笑った。
「なんだよ」
「いや、楽しそうだなと思ってな。城にいた時はいつも死んだ魚のような目をしていたが、外に出て少しは気が晴れたか?」
「……まあな」
アニアスは少し照れくさそうに鼻をかいた。
「最初は嫌だったけど……こうして知らない街を歩いて、新しい発見をするのは悪くない。……それに、一人じゃないしな」
「うむ! マブダチと一緒だからな!」
リーズヴェルトがアニアスの背中をバンと叩く。
痛いが、悪い気はしない。
その時だった。
「あっ! いたぞ! 昨日のモデルの人だ!」
店先にいた若い魔族の女性客が、アニアスを指差して叫んだ。
認識阻害グラスをかけているはずなのに、なぜバレたのか。
「やっぱり! あの独特の『存在感のなさ』! 間違いないわ!」
「えぇっ!?」
アニアスは驚愕した。
影が薄すぎて逆に特定されるという、バグのような事態が発生している。
「キャー! こっち向いてー! サインしてー!」
「あの虚ろな目が素敵なのよォ!」
あっという間に店が野次馬に囲まれてしまった。
昨日のショーの熱狂が冷めやらぬファンたちが、魔導端末を構えて押し寄せてくる。
「やばい、囲まれた……!」
アニアスの対人恐怖症センサーが警報を鳴らす。
大勢の人だかり。向けられる無数の視線。歓声。
アニアスの顔色が悪くなる。
「……帰る。俺は帰る。ダンゴムシになりたい」
「しっかりしろアニアス! ここで倒れたらもっと騒ぎになるぞ!」
リーズヴェルトがアニアスの腕を掴み、引き寄せた。
「失敬! 道を開けよ!」
彼女がカッと目を見開き、ほんの少しだけ『魔王の覇気』を放つ。
ズンッ……!
空気が重くなり、騒いでいた群衆が一瞬だけ怯んで道を開けた。
「行くぞ!」
リーズヴェルトはアニアスの手を引き、強引に人混みを突破した。
路地裏を抜け、屋根の上を飛び越え――アニアスは荷物を抱えて必死についていった――人気のない運河沿いまで逃げ延びた。
◇
「はぁ……はぁ……。撒いたか……?」
アニアスはベンチにへたり込んだ。
心臓が早鐘を打っている。
「すまぬなアニアス。我が無理に連れ出したせいで、怖い思いをさせた」
リーズヴェルトが申し訳なさそうに謝る。
「……いや、いいんだ。助かったよ」
アニアスは深呼吸をして、震えを落ち着かせた。
一人だったら、あのままパニックになってうずくまっていたかもしれない。
手を引いてくれる誰かがいるというのは、心強いものだ。
「それに、収穫もあったしな」
アニアスは戦利品が入った袋を持ち上げて見せた。
コンロ、冷蔵庫、洗濯桶。そして――。
「ん? それはなんだ?」
リーズヴェルトが袋の底にある小さな箱を指差した。
「ああ、これは……お前への礼だ」
アニアスは箱を渡し、そっぽを向いた。
「……開けても良いか?」
リーズヴェルトが箱を開けると、中には綺麗なガラス細工のヘアピンが入っていた。
ドワーフの伝統工芸品で、見る角度によって色が変わる『虹色硝子』で作られたものだ。
「さっきの店で、お前がずっと見てたから。……昨日のステーキの礼と、今日の護衛代だ」
「……アニアス」
リーズヴェルトはヘアピンを太陽にかざし、キラキラと輝かせた。
そして、今まで見たことがないほど優しく、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。……一生大事にする」
「……重いって」
アニアスは照れ隠しに立ち上がった。
「さあ、帰ろう。みんなが待ってる」
「うむ! ガンドルフォたちにも自慢せねばな!」
リーズヴェルトはヘアピンを大切に髪に挿し、アニアスの隣を歩き出した。
西の空が茜色に染まっていく。
坑道から吹き上げる風は少し鉄の匂いがしたが、今の二人には心地よく感じられた。
勇者と魔王の休日。
それは、ただの買い物デートだったけれど、二人の距離を「マブダチ」からほんの半歩だけ進める、特別な一日となったのだった。




