第28話 西の魔科学都市、あるいはオネエの庭
魔王城を出発してから三日。
一行は、広大な荒野を西へと進んでいた。
「……快適だ」
勇者アニアスは、ふかふかのクッションに身を沈めながら呟いた。
彼がいるのは、死霊王ネクロの愛車『夢幻霊柩車』の中だ。
外見は不吉極まりない漆黒の棺桶馬車だが、中は空間拡張魔法によって王宮のサロンのように広々としており、空調も完備されている。
「……ん。……揺れない魔法も、かけてある」
向かいの席で、ネクロが満足げにジュースを飲んでいる。
アニアス、ネクロ、そして魔王リーズヴェルトの三人は、この快適な車内で優雅に移動していた。
「最高だな。これなら世界一周でも耐えられる気がする」
「だろう? やはり持つべきものは、優秀な部下だな! ……まあ、寝ることに命をかけてはいるが」
リーズヴェルトもご満悦だ。
一方、車の外では――。
「あらァ~! アニアスちゃん、景色最高よォ~!」
ガンドルフォが馬車の屋根の上に座り、日傘を差して優雅に景色を楽しんでいる。
そしてピコは――。
「もっと速くなのだー! 競争なのだー!」
馬車の横を並走して走っていた。
体力無尽蔵の幼女にとって、馬車に乗っている時間は退屈らしい。自分の足で走ったほうが速いのだとか。
◇
やがて、荒野の先に巨大な岩山が見えてきた。
天を突き刺すような険しい岩肌からは、赤黒い煙が立ち上り、周囲には硫黄の匂いが漂っている。
地図には『嘆きの坑道』と記されている、魔界有数の危険地帯だ。
「着いたわよォ! アタシの可愛い領地!」
ガンドルフォが屋根から飛び降り、巨大な岩のトンネルを指差した。
入り口には『関係者以外立ち入り禁止――死ぬよ♡』という物騒な看板と共に、ドクロのオブジェが飾られている。
「……本当に入るのか? ここ」
アニアスが車窓から顔を出し、顔を引きつらせる。
中からは、カーン、カーン……という金属を叩く音や、ゴゴゴゴ……という地響きが聞こえてくる。
まさに、強制労働させられている奴隷たちの「嘆き」が聞こえてきそうな雰囲気だ。
「失礼ねェ。人は見かけによらないって言うでしょ? 場所だって同じよォ」
ガンドルフォはウィンクすると、巨大な鉄扉に手をかけた。
「開け、ゴマ!」
ズゴゴゴゴ……!
ガンドルフォが剛腕で押し込むと、重厚な扉が悲鳴を上げて開き、一行は坑道の中へと足を踏み入れた。
その瞬間。
アニアスの視界が、極彩色に染まった。
「――え?」
そこは、薄暗い洞窟ではなかった。
天井一面に張り巡らされた魔導パイプから、ネオンのような鮮やかな光が降り注いでいる。
通路の両脇には、ガラス張りのショーウィンドウが並び、煌びやかなドレスや最新の魔道具が飾られている。
そして、行き交うドワーフやオークたちは、皆一様にオシャレな作業着を着こなし、手にはテイクアウト用のカップに入ったコーヒーを持っている。
「いらっしゃいませー! 最新の『魔導ミシン』入荷しましたー!」
「今期のトレンドは『ミスリル銀』の刺繍だぜ!」
活気。
圧倒的な活気と、都会の喧騒。
ここは監獄ではない。魔界の最先端を行く『魔科学都市』だったのだ。
「……すげえ」
アニアスは口を開けたまま固まった。
村出身の彼にとって、王都よりも遥かに進んだこの光景は、カルチャーショック以外の何物でもない。
「ンフフ、驚いたかしらァ? ここはドワーフたちの技術と、アタシの美意識が融合した『美と鉄の都』よォ!」
ガンドルフォが胸を張る。
「おお! ガンドルフォ様がお戻りだ!」
「社長! お疲れ様です!」
作業員たちが駆け寄ってくる。
彼らの目は尊敬と親愛に満ちていた。どうやらガンドルフォは、領主として、そしてファッションブランドの社長として絶大な支持を得ているらしい。
「社長……?」
「あら、言ってなかったかしら? アタシ、魔界最大の服飾ブランド『G・G』の創業者なのよォ」
「初耳だよ! 魔将軍って副業OKなのか!?」
「魔王軍は成果主義だからな。税さえ納めれば何をやっても良い」
リーズヴェルトが頷く。なんというホワイト企業。
「して、社長。そちらの貧相な……いや、素朴な殿方は?」
ドワーフの親方が、アニアスをジロジロと見た。
「紹介するわァ! 彼こそが、アタシの新たな女神! そして魔王様のマブダチ、勇者アニアスちゃんよォ!」
「勇者!?」
ざわめきが広がる。
敵国の英雄がここにいる。普通なら殺気立つ場面だ。
アニアスは身構えた。
「なんと……! 社長が目をつけたということは、素晴らしい素材の持ち主に違いない!」
「見ろあの憂いを帯びた瞳! そして色素の薄い肌! ゴシック調が映えるぞ!」
「採寸だ! メジャーを持ってこい!」
「ひぃっ!?」
職人たちが目を輝かせて殺到してきた。
殺意はない。あるのは「創作意欲」だけだ。だが、今の勇者にとっては殺意より怖い。
「待って! 俺は客だ! モデルじゃない!」
「あらァ、ここに来たからには、アタシのコーディネートを受けてもらうわよォ? それが『入国税』みたいなものねェ」
ガンドルフォが逃げ道を塞ぐ。
アニアスは悟った。
ここはパラダイスではない。オネエと職人たちによる、着せ替え地獄の特区だったのだ。
◇
「……あの、ガンドルフォ様」
職人の一人が、気まずそうに手を挙げた。
「なんだい? 今、アニアスちゃんの採寸で忙しいのだけれど」
「いえ、その……『例の件』でして……」
その言葉を聞いた瞬間、ガンドルフォの表情から笑みが消えた。
「……ああ、あの『白い悪魔』のことね」
「白い悪魔?」
アニアスが反応する。嫌な予感がする単語だ。
「ええ。実は数日前から、街のクリーニング工場でトラブルが起きているのよォ。……ちょっと、見に行きましょうか」
一行は街の奥にある工場エリアへと向かった。
そこには、洗濯されたばかりの作業着が大量に干されているはずだった。
「……なんだこれ」
アニアスは絶句した。
干されている服が、全て『純白』だったのだ。
ドワーフたちが好む渋い茶色や、オークたちが愛用する迷彩柄。それら全ての色が抜け落ち、眩しいほどの白一色に染め上げられている。
「……漂白されたのか?」
「いいえ。『浄化』されたのよォ」
ガンドルフォが苦々しく言う。
「数日前、一人の人間の娘がやってきてねェ。『まあ、なんて汚れた服でしょう! 私が綺麗にして差し上げますわ!』って、頼んでもいないのに魔法をぶっ放していったのよォ」
職人たちが涙目で訴える。
「俺たちの染めが……秘伝のインディゴブルーが……!」
「油汚れも落ちたけど、生地のコシまで抜けちまった……これじゃふにゃふにゃで着れねぇよぉ……」
犯人は明白だ。
アニアスは天を仰いだ。
「……エミリア」
彼女はここにも来ていた。
そして、アニアスが来る前に「世界をピカピカにする」という公約通り、物理的な爪痕を残して去っていったのだ。
「おかげで工場のラインはストップ。新作の発表会も延期よォ。……全く、どこのどいつか知らないけど、捕まえたら全身ピンク色に染め上げてやるわァ!」
ガンドルフォが怒りのオーラを放っている。
アニアスは冷や汗をかきながら、そっと視線を逸らした。
自分の幼馴染だとは、口が裂けても言えない。
「と、とにかく! まずは宿で休ませてくれ! 長旅で疲れたんだ!」
アニアスは話題を逸らすために叫んだ。
聖女の影に怯え、オネエに狙われ、職人たちに採寸される。
西の都での滞在も、決して平穏なものにはなりそうになかった。




