第27話 魔王城、封鎖。そして旅立ち
魔王城に住み着いたシロアリの駆除が決まった翌日。
城の前には、物々しい装備に身を包んだ集団が到着していた。
「へい、毎度あり! 『魔界害虫駆除組合』でさぁ!」
リーダー格のオークが、背中に巨大な噴霧器を背負って威勢よく挨拶する。
彼らがこれから行うのは、城全体を強力な殺虫結界と燻煙で満たす『完全浄化』作戦だ。
「えー、今回のシロアリは新種の『鉄食い白蟻』ですねぇ。こいつは厄介ですよ。石や鉄を豆腐みたいに食っちまう。あと三日遅れてたら、城が崩壊してたかもしれませんな」
「……うむ。頼んだぞ」
魔王リーズヴェルトが重々しく頷く。
その隣で、勇者アニアスは死んだ魚のような目で、愛用のコタツを見つめていた。
「さようなら、コタツ……。また会う日まで……」
「アニアスよ、そんなに悲しむな。コタツは逃げん。……多分な」
駆除作業の間、城内は猛毒の煙で満たされるため、私物は最小限しか持ち出せない。コタツのような大型家具は、防護シートをかけて置いていくしかないのだ。
「作業期間は約一ヶ月。その間、城内への立ち入りは一切禁止ですぜ。吸ったら死にますからね」
オークの親方の言葉が、アニアスの胸に重くのしかかる。
一ヶ月。
引きこもりにとって、家を失う一ヶ月は、永遠にも等しい長さだ。
「……野宿か。またあの過酷なサバイバル生活に戻るのか……」
アニアスが絶望に打ちひしがれていると、背後からガンドルフォがぬっと顔を出した。
「あら嫌だ、アニアスちゃん。野宿なんてさせないわよォ」
ピンク色の魔将軍は、なぜか旅行用の巨大なトランクケースを三つも引きずっていた。中身は全部、着替えとコスメセットだろう。
「昨日も言ったでしょォ? アタシたちの『領地』にご招待するって♡」
「……本気だったのか」
「当ン然よ! まずは西にあるアタシの領地、『嘆きの坑道』へご案内するわ! あそこは魔界のファッション・センター! アニアスちゃんに似合う服が山ほどあるのよォ!」
ガンドルフォの目がギラリと光る。
アニアスは身震いした。
西の坑道。そこはドワーフたちが住む職人の街だと聞いている。ファッション・センターという響きとは裏腹に、鉄と炎と汗の匂いがする場所ではないのだろうか。
「ピコも楽しみなのだー! 遠足なのだー!」
ピコは自分の身長よりも高いリュックサックを背負い、遠足前夜の子供のようにはしゃいでいる。リュックからはみ出しているのは、お菓子……ではなく、予備のモーニングスターだ。
「……僕は、これで移動する」
ネクロが指差したのは、立派な黒塗りの『馬車タイプ霊柩車』だった。
牽引するのは首のない馬、デュラハン・ホースだ。
「……中は、寝心地最高。……アニアスも、乗る?」
「……遠慮しておく。生きたまま棺桶に入る趣味はない」
「……残念」
ネクロはむくりと棺桶の中に潜り込み、パタンと蓋を閉めた。
これで移動する気か。合理的だが、絵面が不吉すぎる。
「さあアニアス! 支度は良いか?」
最後に、リーズヴェルトが颯爽と現れた。
彼女もまた、いつものドレスではなく、動きやすそうな革の旅装束に身を包んでいる。腰には剣を帯び、背中にはマント。
その姿は、魔王というよりは――。
「……なんか、冒険者みたいだな」
アニアスが感想を漏らすと、リーズヴェルトはニカっと笑った。
「うむ! 一度やってみたかったのだ! 勇者と魔王がパーティーを組んで旅をする……これぞ『マブダチ・クエスト』だ!」
楽しそうだ。
アニアスの憂鬱をよそに、魔王軍の幹部たちは完全にバカンス気分である。
「……はぁ。行くか」
アニアスは観念して、自分の荷物を背負った。
中身は最低限の着替えと、サバイバル道具、そして一番大事な調味料セット。
聖剣は腰に、心には諦めを携えて。
「魔王城よ、しばしの別れだ!」
リーズヴェルトの号令と共に、一行は歩き出した。
城門をくぐり、吊り橋を渡る。
振り返ると、壮大な魔王城が、駆除業者によって張られた結界の中で、毒々しい紫色の煙に包まれ始めていた。
さらば、我が家。
さらば、快適なベッド。
さらば、誰にも会わない平和な日々。
「……外の世界、怖いな」
荒野に一歩足を踏み出した瞬間、アニアスの『対人恐怖症センサー』が反応した。
広すぎる空。吹き抜ける風。そして、どこからともなく感じる野生生物の視線。
壁がないというのは、これほどまでに心細いものなのか。
「大丈夫よォ、アニアスちゃん!」
ガンドルフォが背中をバンと叩く。
「アタシたちがついてるじゃない! 魔物が出たらピコちゃんがミンチにするし、変な男が近寄ってきたらアタシが骨抜きにしてあげるわ!」
「……それが一番怖いんだよ」
アニアスは苦笑した。
だが、不思議と足は止まらなかった。
一人で旅をしていた頃は、この荒野が地獄のように思えた。
孤独で、寒くて、いつ襲われるか分からない恐怖。
でも今は。
隣にはお節介な魔王がいて、後ろには騒がしいオネエと幼女がいて、横には棺桶が走っている。
ゼム爺さんは「腰が痛いから」と空飛ぶ絨毯で優雅に浮いている。
カオスだ。
目立ちすぎる。
隠密行動なんてできやしない。
けれど。
「……まあ、退屈はしなさそうだな」
アニアスは小さく呟いた。
勇者アニアス、第二の冒険の始まりである。
目指すは西の地平線。
聖女エミリアが先行して「浄化という名の破壊」を行っているであろう、ドワーフたちの街へ。
◇
道中。
やはりと言うべきか、旅は平穏には進まなかった。
「お兄ちゃん! あそこにデッカイ猪がいるのだ!」
ピコが指差した先には、家一軒分ほどもある巨大な魔獣『剛毛猪』が鼻息を荒げていた。
普通なら逃げ出す相手だ。
「よし、今夜の夕飯だな!」
リーズヴェルトが剣を抜く。
「待て待て、俺たちは旅行中だぞ? 狩りじゃなくて……」
アニアスが止める間もなく、ピコが弾丸のように突っ込んでいった。
「お肉なのだー!」
ドガァァァァン!!
一撃。
戦斧が猪の脳天を砕き、巨大な獣が地響きを立てて倒れた。
「……解体、する?」
棺桶からネクロが顔を出す。手にはなぜかナイフとフォークを持っている。
「アニアスちゃん、調理は任せたわよォ! アタシ、脂身は少なめでお願いね♡」
「……はいはい」
アニアスはため息をつきながら、万能調理器具となっている聖剣を抜いた。
旅に出て数時間。
早くもアニアスは、パーティーの「料理長兼ツッコミ役」というポジションを確立しつつあった。
荒野に、肉を焼く香ばしい匂いが漂う。
空の下で食べる飯も、みんなで食べれば悪くない。
アニアスの魔界漫遊記は、満腹からのスタートとなった。




