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陰キャ勇者と世話焼き魔王のマブダチ宣言 ~対人恐怖症の俺が、なぜか魔王城で同居生活を始めた件について~  作者: らいお


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第24話 魔王城の怪談、あるいは死霊王の独壇場

 魔界の夏は、暑い。

 太陽が二つあるわけでもないのに、地面から湧き上がる地熱と湿気が、じっとりとした不快な暑さを生み出すのだ。


 あれほど愛用していた『魔導聖剣コタツ』も、流石にこの季節は倉庫に封印されている。

 勇者アニアスは、VIPルームの床に大の字になって伸びていた。


「……暑い。溶ける」


「だらしないぞアニアス。勇者なら気合いで暑さを凌がんか」


 魔王リーズヴェルトが、団扇でパタパタと扇ぎながら言う。

 彼女もまた、いつもの厚手のドレスではなく、涼しげなノースリーブの夏服に着替えていた。


「無理だ。俺は暑さには弱いんだ。……冷たい風が出る魔道具が欲しい」


「ほう、そんな便利なものがあるのか?」


「……そうだ、ゼムに頼んで『氷結魔法』の魔導具を作ってもらおうか」


「ゼムなら今、魔法実験の爆発事故でアフロになって寝込んでおるぞ」


「あのお爺ちゃん、何やってんだ……」


 頼みの綱が絶たれた。

 アニアスが絶望していると、部屋の隅で洗濯物を畳んでいた聖女エミリアが口を開いた。


「アニアス様、心頭滅却すれば火もまた涼し、ですわ。私が『精神統一(マインド・クーラー)』の祈りを捧げましょうか?」


「遠慮する。お前の祈りは精神に直接干渉してくるから怖いんだ」


 エミリアは厨房でのアルバイト(下処理)以外にも、こうしてアニアスの世話係として入り浸っている。

 最初は抵抗していたアニアスも、最近では「毒(浄化)さえ盛らなければ便利だからいいか」と諦めつつあった。


「むぅ……。しかし、このままではアニアスが干からびてしまうな」


 リーズヴェルトは少し考えると、ポンと手を打った。


「そうだ! 良いことを思いついたぞ! 今夜、『納涼(のうりょう)怪談大会』を開催しようではないか!」


「……怪談?」


「うむ! 怖い話を聞けば、背筋が凍って涼しくなるというだろう? 魔界の伝統行事だ!」


 ◇


 その夜。

 魔王城の大広間は、照明を落として薄暗くなっていた。

 中央には一本の蝋燭が灯され、その周りをアニアス、リーズヴェルト、エミリア、そして四天柱の面々が囲んでいる。


「では、トップバッターはアタシが行くわねェ……」


 ガンドルフォが、懐中電灯(魔石製)を下から顔に当てて、おどろおどろしく語り始めた。


「これは、アタシがまだ新兵だった頃の話よォ……。ある夜、鏡を見ていたらねェ……見つけちゃったのよォ……」


 ゴクリ、とピコが唾を飲み込む。


「目尻に……『小じわ』が一本、刻まれていたの……!」


「キャアァァァァッ!!」


 ガンドルフォ自身が一番大きな悲鳴を上げた。


「怖いわ! 老化現象! あれほど保湿ケアをしていたのに、いつの間にか忍び寄る老いの影! 今思い出しても震えが止まらないわァ!」


「……却下だ」


 アニアスは冷めた目で言った。


「それはただの美容の悩みだ。怖くない」


「何を言うのアニアスちゃん! 乙女にとっては死活問題よォ!」


「次、ピコが行くのだ!」


 ピコが元気に手を挙げた。


「ピコが昔、森で迷子になった時の話なのだ。お腹が空いて死にそうだった時、目の前にとっても美味しそうなキノコがあったのだ。でもそれは……『笑い茸』だったのだ!」


「……それで?」


「食べたのだ! そしたら三日間、笑いが止まらなくて、呼吸困難で死にかけたのだ! あははは! 怖かったのだー!」


「物理的な恐怖だな……」


 アニアスはため息をついた。

 魔族たちの怪談は、どうもズレている。

 これでは涼しくなるどころか、呆れて暑さが増すだけだ。


「……ふふ、やはり魔族の怪談など、その程度ですわね」


 エミリアが勝ち誇ったように笑う。


「では、本物の恐怖というものを教えて差し上げますわ。……これは、教会に伝わる禁断の話です」


 エミリアの声のトーンが落ちる。

 場の空気が少し張り詰めた。


「ある修道女が、禁忌を破って『不浄な恋』をしてしまいました。彼女は神の怒りに触れ、夜な夜な枕元に『黒い影』が立つようになったのです……。その影は、耳元でこう囁くのです……」


 エミリアが顔を近づけ、アニアスの耳元で囁いた。


「……『結婚シテ……結婚シテ……』と」


「ヒッ……」


 アニアスは本気で引いた。

 話の内容よりも、エミリアの目がマジだったからだ。


「怖いですねぇ。不浄な恋(魔王との浮気など)をすると、呪われてしまうのですよ? ねえ、アニアス様?」


「……お前が一番怖いよ」


 アニアスはガタガタと震えた。確かに背筋は凍ったが、これは求めていた涼しさとは違う。


「……僕の番」


 最後に口を開いたのは、今までクッションでウトウトしていたネクロだった。

 死霊王ネクロ。

 霊魂を操る彼ならば、きっと本格的な怪談を知っているはずだ。


「……これは、僕の部屋の話」


 ネクロがポツリと語り出す。


「……僕の部屋には、誰もいないはずなのに、夜になると『視線』を感じる」


「ほう、霊か?」


 リーズヴェルトが興味津々で身を乗り出す。


「……ある日、勇気を出して、視線の先を調べてみた。……ベッドの下、クローゼットの中、天井裏……」


 ネクロの語り口は淡々としていたが、それ故にリアリティがあった。

 静まり返った大広間に、蝋燭の炎がゆらりと揺れる。


「……どこにも、いなかった。……でも、視線は消えない。……そして気づいた」


 ネクロが、抱いているクマのぬいぐるみをゆっくりと持ち上げた。


「……視線は、ここから感じていた」


「!」


 全員の視線が、ボロボロのぬいぐるみに集まる。


「……この子の中に、誰かがいる。……毎晩、僕の寝顔を見ている。……そして時々、僕の髪を撫でてくれる」


 ゾワリ。

 アニアスの腕に鳥肌が立った。


「……昨日も、耳元で聞こえた。……『ネクロちゃん、可愛いね。ずっと一緒だよ』って……」


 ネクロはぬいぐるみに頬ずりをした。


「……ママかな? それとも、前の持ち主の女の子かな? ……どっちでもいいや。寂しくないから」


 フッ。

 その瞬間、蝋燭の炎が消えた。


「ぎゃあああああああああっ!!」


 アニアスの絶叫が響き渡った。

 ガチだ。これガチのやつだ。

 創作でも笑い話でもない、本物の心霊現象の話だ。


「じょ、浄化! 浄化しますわ!」


 エミリアがパニックになって杖を振り回し、聖なる光を乱射する。


「やめろエミリア! ネクロまで消滅する!」


「だって! 今、私の肩にも何かが触れたんですのよ!?」


「それアタシよォ! 暗くてぶつかったのよォ!」


 暗闇の中で大混乱に陥る魔王城一行。

 アニアスはリーズヴェルトにしがみつき、リーズヴェルトはアニアスを抱きしめて「よ、よしよし、怖くないぞ(震え声)」と強がっている。


 そんな中、ネクロだけが暗視魔法で周囲を見渡し、不思議そうに首を傾げていた。


「……? なんでみんな、騒いでるの? ……涼しくなった?」


 彼の周りには、無数の青白い人魂がフワフワと漂い、涼やかな冷気を放っていた。

 死霊王ネクロ。

 彼は怪談を語る必要などなかった。

 彼が「その気」になれば、いつだって本物の霊界を現世に呼び出し、最高の納涼空間を作り出せるのだから。


 ◇


 翌日。

 アニアスは夏風邪を引いて寝込んだ。

 原因は、心霊的な意味で冷やしすぎである。


「……もう、怪談はこりごりだ」


 ベッドの上で震えるアニアスに、エミリアが「悪霊退散のお粥(聖水入り)」を無理やり食べさせようとしているのを、リーズヴェルトが必死に止める。

 魔王城の夏は、まだまだ暑く、そして騒がしく続きそうだった。



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