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陰キャ勇者と世話焼き魔王のマブダチ宣言 ~対人恐怖症の俺が、なぜか魔王城で同居生活を始めた件について~  作者: らいお


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第2話 魔王のお茶会、勇者の独白

 玉座の間を出た魔王と勇者は、隠し通路を通り抜け、魔王城の奥深くにある庭園へと移動していた。

 そこは、魔界特有の怪しげな植物ではなく、色とりどりの美しい花々が咲き乱れる、まるで天国のような場所だった。その中央に佇む白いガゼボ――西洋風の東屋で、世界最強の二人は向かい合い、無言で紅茶を飲んでいた。


 カチャン、とソーサーにカップを置く音が、やけに大きく響く。

 流れる空気は気まずいことこの上なく、せっかくの優雅なティータイムが台無しだ。


「紅茶、うまい……」


 永遠にも思える静寂を破るように、勇者がつぶやいた。

 会話が無いからどうにか話題を作ろうとした訳ではなく、本心から漏れ出た独り言であることが、その少しだけ緩んだ口元から読み取れる。


「……美味いのは当たり前だろう、我の領地で栽培している最高品質の茶葉だからな」


 美味いと言われた事が単純に嬉しかったのか、魔王も口元をニマニマとさせながら答えた。

 先ほどまで「勇者なのにコミュ障かよ」と呆れていたが、悪い気はしていないようだ。どうやらこの魔王、意外とチョロいのかもしれない。


 魔王は気を取り直すように、コホンと小さく咳払いをした。

 先程までの動揺した表情を一変させ、魔王らしい威厳溢れる、自信に満ちた表情を作る。


「して、勇者……あー、名をまだ聞いていなかったな」


 魔王は失念していた。

 玉座の間でのやり取りがあまりにも衝撃的すぎて、お互いに名乗りを上げていなかったのだ。


「我は魔王リーズヴェルト・ヴェンムズ・ヒュプネクシー。長いからリーズヴェルトで良い。貴様は?」

「……俺は、アニアス。姓は無い」

「……ほう」


 リーズヴェルトはアニアスの反応を見て、感心したように声を漏らした。


 魔族にとって真なる名――『真名』は魔力を帯びる。

 高位の魔族が真名を口にすれば、それは強力な言霊となり、格下の存在であれば耳にするだけで震え上がり、最悪の場合は精神が崩壊する。

 ましてや今回は、魔界随一の魔力保有量を誇る魔王リーズヴェルト本人による名乗りだ。相当な魔力の圧力がアニアスに降り注いだはずである。


 にも関わらず、アニアスは平然としていた。

 眉一つ動かさず、ただぼんやりと虚空を見つめている。


(流石は勇者だな。我の真名を至近距離で浴びて、瞬き一つせぬとは……。よほどの精神修練を積んできたと見える)


 リーズヴェルトは内心で舌を巻いた。

 歴代の勇者たちは、この名乗りの段階で剣を抜いて警戒するか、脂汗をかいて膝をつくかのどちらかだった。これほど自然体で受け流せる者は初めてだ。


「流石は勇者だな。我の名を聞き失神せぬか」

「……? 名前を聞いて失神なんて、するわけが無いだろ?」


 アニアスは本気で意味が分かっていないようで、きょとんとした呆け顔を浮かべた。

 無意識。

 完全に無意識で、魔王の威圧を打ち消しているのだ。


「……なるほどな。アニアスは歴代勇者とは一味違うようだな」


 リーズヴェルトは嬉しそうに口角を上げた。

 敵対するわけではないが、目の前の男が「只者ではない」という事実は、強者としての本能をくすぐるものがある。


 ――しかし、この時アニアスが考えていたことは、魔王の想像とは大きく異なっていた。


(このクッキー、サクサクして美味しいな……。もう一枚食べたいけど、勝手に手を出したら怒られるかな……。魔王って、おやつに厳しいタイプかな……)


 彼の「虚空を見つめる目」は、単にテーブルの上のクッキー皿を見つめていただけだったのだ。

 ポーカーフェイス勇者と、深読み魔王。

 二人の認識のズレは、ここから静かに始まっていた。


「ははっ、どうやらアニアスは自分の実力を過小評価しているように見えるな。……はて、おかしいな」

「……どうした」


 ここでリーズヴェルトは、ある違和感に気づいた。

 アニアスが魔王城に攻めて来た――いや、遊びに来たようなものだが――というのに、城内があまりにも静かすぎるのだ。


 普通、勇者が侵入したのであれば、城内は蜂の巣をつついたような騒ぎになるはずだ。

 しかし耳を澄ませても聞こえてくるのは、厨房で皿を洗う音、兵士たちが談笑する声、小鳥のさえずり……あまりにも平和な日常音だけ。


「アニアス、貴様は我の元に辿り着くまでに、城内の誰かと戦ったりはしなかったのか?」

「誰とも会ってない。だから、誰とも戦ってない」

「バカな、そんな事あるはずが……」


 魔王城の守りは鉄壁だ。

 城門には屈強な門番、廊下には巡回するゴーレム、そして玉座の間の前には、魔王軍最強の幹部である『四天柱』たちが控えていたはずだ。

 それらの目を掻い潜り、誰にも気づかれずに玉座の間に現れるなど、物理的に不可能なはずだ。


「……いや、俺って影が薄いから……」

「なっ……!? 影が薄いからという理由だけで、我のもとに誰とも遭遇せずに現れたと言うのか……っ!?」


 あっけらかんと言うアニアスに、リーズヴェルトは目を見開いた。

 ズズズ、と音を立てて紅茶をすするアニアスは、憎たらしいまでに平静を装っている(実際は熱い紅茶に舌を火傷しかけて耐えているだけなのだが)。


「ま、まさか……『認識阻害』の最上位魔法か? いや、気配を完全に断つ『無の境地』か……?」


 リーズヴェルトの脳内で、アニアスの評価が勝手にうなぎ登りになっていく。

 しかしアニアスにしてみれば、これは日常茶飯事だった。

 村にいた頃から、目の前にいても「あれ? アニアスどこ行った?」と探されることが多々あったのだ。本人はそれを「寂しい体質」だと思っているが、戦闘においては最強のステルス能力となっていた。


「そ、そうかそうか……。そういえば『初めて会う人が苦手』とか言っていたな。それと関係があるのか?」

「なんだ、詮索ばかりして……まあいいが」


 アニアスは少し拗ねたように唇を尖らせたが、クッキーを一枚口に放り込むと機嫌を直したようだ。


「確かに俺は、初めて会う人が苦手だ。これは、魔族だってそうだ。魔族も角が生えてたり翼があったり、肌の色が少し違うだけで人型だろう? だから、マジで無理なんだよ……もう、想像しただけでキツい……」


 後半はだんだんと声が小さくなり、アニアスは自分の肩を抱くように身を縮こまらせた。

 その様子からは、彼が抱える恐怖が、単なる人見知りレベルではないことが伝わってくる。


「そ、そうか、そんなに苦手なのだな……。ん? じゃあ、なぜ我とは平然に話せているのだ?」


 リーズヴェルトの素朴な疑問。

 アニアスはハッとして、自分の両手を口元に持っていった。


「……あれっ? 本当だ……なんで平気なんだ……」

「貴様、自分のことだろう……」


 アニアスは首を傾げ、じっとリーズヴェルトの顔を見つめた。

 整った顔立ち、宝石のような瞳、そして立派な角。

 間違いなく「初対面の魔族」だ。いつもなら、目も合わせられないはずなのに。


「……たぶん、お茶をくれたから?」

「は?」

「それに、アンタからは……なんていうか、ドロドロしたものが感じられないんだ。人間特有の、俺に向けられる『期待』とか『欲望』とか、そういうのが無いから……一緒にいて、楽なのかもしれない」


 アニアスは、思ったことをそのまま口にした。

 それは、彼にとって最大級の賛辞だった。


「む……」


 真っ直ぐな瞳で言われ、リーズヴェルトは不覚にも少し照れてしまった。

 魔王として恐れられることはあっても、「一緒にいて楽」などと言われたのは生まれて初めてだ。


「ふ、ふん……! 我の事は平気なのは少し気になるが、まあ良い。他の者と異なるというのは、魔王として気分が良いものだ」


 リーズヴェルトは照れ隠しに紅茶を一気に煽り、カップを置いた。


「して、アニアス。貴様がそこまで人を避けるようになったのには、何か理由があるのだろう? ただの人見知りで、単身魔王城に乗り込むほど追い詰められるとは思えん」


 アニアスの表情から、ふっと色が消えた。

 先ほどまでの間の抜けた空気とは違う、重く、冷たい沈黙が降りる。


「……そうだな。何から話したものか」


 アニアスは遠くを見るような目で、ポツリポツリと語り始めた。

 それは、世界を救う勇者が生まれるきっかけとなった、ありふれた、けれど残酷な悲劇の話だった。


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