第19話 激突! 聖女vs魔王軍(前編)
魔王城、最上階の作戦指令室(という名のVIPルーム)。
アニアスと魔王、そして四天柱たちは、コタツに入りながら、宙に浮かべた巨大な水晶玉を見つめていた。
そこには、正門を突破し、城内へと侵入してくる聖女エミリアと異端審問官たちの姿が映し出されていた。
「来たな……」
アニアスがゴクリと唾を飲み込む。
画面の中のエミリアは、無表情で、しかし迷いのない足取りで進んでくる。その背後には、黒装束の男たちが重そうな『浄化砲』を運んでいる。
「ふん、所詮は人間だ。我らの精巧な罠の前に、泣いて逃げ帰るに決まっておる!」
魔王リーズヴェルトが強気な発言をする。
彼女の膝の上にはポテトチップス(魔界味)がある。完全に演劇鑑賞のノリだ。
「さあ、第一の関門なのだ! ピコの力作、『ベトベト悪臭スライム地獄』なのだ!」
ピコが嬉しそうに画面を指差す。
エミリアたちが進む廊下の床には、落とし穴が仕掛けられている。そこにはアニアスが悪臭付与を施した、最悪のスライムがたっぷりと注ぎ込まれているのだ。
一度落ちれば精神的ダメージは計り知れない。
画面の中で、エミリアが落とし穴の直前で足を止めた。
「む? 気づいたのか?」
次の瞬間。
エミリアが懐から杖を取り出し、軽く振った。
「――『聖域展開』」
カッ!
画面がホワイトアウトするほどの閃光が走った。
光が収まった後、そこには驚愕の光景が広がっていた。
ない。
スライムがない。
いや、スライムだけではない。落とし穴の蓋も、床も、壁も、天井さえも。
エミリアの前方にあった空間そのものが、綺麗さっぱり「消滅」して、更地になっていたのだ。
「えっ」
ピコがポテトチップスを取り落とした。
「不浄な気配を感じました。……消毒完了です」
水晶玉から、エミリアの涼やかな声が聞こえてくる。
彼女は穴があった場所(今はただの平らな地面)を、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。
「な、なななななんなのだアレはーっ!? ピコのスライムが一瞬で蒸発したのだ!?」
「あいつ、極度の潔癖症なんだ……」
アニアスは顔を引きつらせた。
「『汚い』と認識したものを、この世から消し去る癖があるんだ。まさか、罠を解除するんじゃなくて、地形ごと消滅させるとは……」
「……気を取り直すのよォ! 次はアタシとゼム爺の連携トラップ、『ナルシスト殺しの無限回廊』よォ!」
ガンドルフォが叫ぶ。
第二の関門は、ブサイクに見える鏡が並ぶ、出口のない廊下だ。
精神攻撃と空間魔法のコンボ。これには聖女といえど――。
水晶玉の中で、エミリアが鏡の前に立った。
鏡の中には、魔法によって歪められ、見るも無残な顔になったエミリアが映っているはずだ。
「あら」
エミリアは鏡を見て、小首をかしげた。
「魔王の呪いで、鏡が曇っていますね。……アニアス様も、このような汚れた鏡を見せられているのかと思うと、胸が痛みます」
彼女は悲しげに溜息をつくと、背後の異端審問官たちに指示を出した。
「浄化砲、発射用意」
「え?」
ズドン!!
轟音と共に、極太のレーザーが放たれた。
鏡も、壁も、空間を歪めていた魔法陣も、すべてが物理的な火力によって粉砕された。
無限回廊のループ構造が強制的に破壊され、ただの直線通路が開通する。
「な、なんてデリカシーのない子なのォ!? 自分の顔を見て『鏡が汚れてる』って判断するなんて、どんだけ自信過剰なのよォ!」
「ワシの空間魔法が……物理でこじ開けられたじゃと……?」
ガンドルフォとゼムが絶句する。
エミリアは瓦礫の山となった廊下を、聖衣の裾一つ汚さずに進んでいく。
「急ぎましょう。アニアス様が待っています」
その瞳には、一点の曇りもない。狂気的なまでの純粋さだ。
「……ま、まだだ。まだネクロの『強制安眠香』がある」
アニアスの声が震えている。
第三の関門。大広間に充満させた、即効性の睡眠ガスだ。これなら物理攻撃も関係ない。
画面の中で、エミリアたちが大広間に足を踏み入れた。
紫色の煙が彼らを包み込む。
「ぐっ……これは……」
「意識が……」
後ろにいた異端審問官たちが、次々とバタバタ倒れていく。
効果は抜群だ。流石は死霊王特製。
だが。
たった一人。
エミリアだけが、立ったまま歩き続けていた。
「……ネクロ。あれ、効いてないのか?」
「……効いてる。……致死量レベルの眠気、あるはず」
ネクロが信じられないといった顔で水晶玉を見つめる。
画面の中のエミリアは、確かにふらついていた。瞼も重そうだ。
だが、彼女は自らの太腿に、隠し持っていた短剣を突き刺した。
ザクリ。
鮮血が飛ぶ。
痛みで無理やり意識を覚醒させ、彼女は鬼気迫る表情で顔を上げた。
「……眠くなど、ありません。アニアス様への愛があれば……この程度の障害、試練にもなりません!」
彼女は血を流しながら、それでも歩みを止めない。
その姿は聖女というより、執念の悪霊そのものだった。
「ヒィィィッ!!」
コタツの中の全員が、揃って悲鳴を上げた。
「怖い! あの子怖いよォ! なんなのあの根性!?」
「痛みで眠気を飛ばすなんて、バーサーカーの発想なのだ……ピコ、ちょっと引くのだ……」
「……化け物」
四天柱たちがドン引きしている。魔族を引かせる聖女とは一体何なのか。
「……どうする、アニアス。全ての罠が突破されたぞ」
リーズヴェルトが青ざめた顔でアニアスを見た。
エミリアはもう、この部屋のすぐ下、玉座の間まで迫っている。
「……こうなったら、直接対決しかない」
アニアスは覚悟を決めた(ような顔をして、実は逃げ道を探していたが、窓の外は崖だった)。
「みんな、頼む。俺は戦えない。あいつを傷つけたくないし、何より顔を合わせたら俺の胃に穴が開く」
「任せろ!」
リーズヴェルトが立ち上がり、マントを翻す。
「我がマブダチを苦しめる元凶、この魔王リーズヴェルトが直々に引導を渡してやる! 総員、玉座の間へ! 最終決戦だ!」
魔王と四天柱たちが、決死の形相で部屋を出て行く。
残されたアニアスは、コタツの中でガタガタと震えながら、神(というか魔王)に祈った。
(頼む……どうか、平和的に帰ってくれ……!)
だが、その願いが届くことはないだろう。
階下からはすでに、ドゴォォォォン!! という派手な爆発音が響き始めていた。




