第18話 魔王城、迎撃準備!
「いいか、みんな聞いてくれ。……俺の幼馴染は、重いんだ」
魔王城のVIPルーム。
緊急招集された四天柱と魔王リーズヴェルトの前で、コタツに入ったままのアニアスは真剣な表情で語り出した。
「重いとは、体重のことか?」
リーズヴェルトが首をかしげる。
「違う。愛が、だ。物理的にも精神的にも、質量がおかしいんだ」
アニアスは遠い目をした。
村にいた頃の記憶。エミリアは優しかった。だが、その優しさは常に「アニアスのため」という大義名分のもとに暴走していた。
怪我をすれば過剰な回復魔法で治し(痛い)、風邪を引けば教会に隔離して看病し(監禁)、他の女子と話せば笑顔でその女子を論破して泣かせていた。
「あいつは思い込んだら止まらない。今も間違いなく『アニアス様は魔王に洗脳されている! 私が助けなきゃ!』と信じて疑ってないはずだ」
「……厄介な女ねェ」
ガンドルフォが嫌そうに顔をしかめる。
「そういうタイプは、言葉で説得しても無駄よ。『洗脳されてるからそんな事を言うんですね、可哀想に!』って、都合よく解釈するだけだわ」
「その通りだ。だから、あいつを止めるには『心が折れるまで嫌がらせをして帰らせる』しかない」
アニアスは断言した。
殺し合いは避ける。だが、話し合いも通じない。
ならば、魔王城というフィールドを最大限に活かしたトラップで、聖女と騎士団の戦意を喪失させるしかないのだ。
「名付けて『オペレーション・ホーム・アローン』だ。みんな、協力してくれるか?」
「当然だ!」
リーズヴェルトが立ち上がる。
「アニアスを連れ去ろうとする不届き者など、返り討ちにしてくれる! 我がマブダチは、誰にも渡さん!」
「お兄ちゃんはピコの獲物なのだ! 他の奴には譲らないのだ!」
「……枕、守る」
「師匠の安寧は、弟子の安寧じゃ」
「アタシの着せ替え人形を奪うなんて、百年早いわよォ!」
四天柱たちの士気は高かった。
彼らにとって、アニアスはすでに「魔王城のアイドル(兼・玩具)」なのだ。外部の侵入者に奪われるなど、プライドが許さない。
「よし。……じゃあ、地獄を見せてやろう」
アニアスの目が、悪戯っ子のように、そしてほんの少しだけサディスティックに輝いた。
◇
数時間後。
魔王城の正門前広場。
「ピコ、穴掘りは順調か?」
「任せるのだ! ここ掘れワンワンなのだー!」
ピコが戦斧をショベルカーのように振り回し、地面に巨大な穴を掘っていく。
深さ五メートル、幅十メートル。落ちたら這い上がれない絶妙なサイズだ。
「よし、そこに俺が魔法をかける」
アニアスは穴の底に向かって手をかざした。
「『粘液生成』……からの『悪臭付与』!」
ジュルリ、と穴の底が緑色のドロドロした液体で満たされた。
さらに、腐った卵と古靴下を混ぜて煮込んだような、強烈な異臭が漂い始める。
「うわっ、くっさ! お兄ちゃん、これ最悪なのだ!」
「殺傷能力はない。だが、一度落ちれば装備はベトベト、臭いは三日取れない。潔癖症のエリート騎士団には効果てきめんだ」
アニアスは無慈悲に言った。
聖女エミリアもまた、極度の潔癖症だ。泥汚れ一つ許さない彼女がこのスライムに塗れれば、発狂すること間違いなしだ。
続いて、城内の長い廊下。
ここではガンドルフォとゼムが作業をしていた。
「あらァ、アニアスちゃん。こっちは完璧よォ」
ガンドルフォが指差した先には、壁一面に鏡が設置されていた。
だが、ただの鏡ではない。
「ゼム爺の幻影魔法を組み込んでおいたわ。この鏡に映ると……自分の顔が『絶妙にブサイク』に見えるのよ」
「地味に嫌だなそれ!?」
「精神攻撃こそオネエの真骨頂よォ。ナルシストな騎士ほどダメージはデカいはずだわ」
「さらに、ワシの空間魔法で、この廊下を『無限ループ』させておいた」
ゼムが得意げに髭を撫でる。
「走っても走っても出口に辿り着けず、鏡には自分のブサイクな顔が映り続ける……。フフフ、発狂せずにいられるかの?」
「……あんたら、魔族より悪魔だな」
アニアスは戦慄した。この城の幹部たちは、性格が悪い(褒め言葉)。
そして、最後の大広間。
そこにはネクロが待ち構えていた。
「……アニアス。準備、できた」
ネクロの周囲には、無数の怪しげな香炉が焚かれていた。
そこから立ち上るのは、甘く、重たい紫色の煙。
「……特製『強制安眠香』。……吸い込めば、三秒で夢の世界」
「ネクロ、それ俺たちにも効かないか?」
「……大丈夫。……解毒剤、飲む?」
ネクロから渡された苦い薬草茶を飲み干し、アニアスは頷いた。
これで準備は整った。
物理的な足止め(スライム落とし穴)、精神的な攻撃(ブサイク鏡無限回廊)、そして強制的な無力化(睡眠ガス)。
勇者の知恵と、魔王軍の技術力を結集した、悪意のテーマパークの完成だ。
◇
ゴオォォォォ……。
遠くから、地響きのような音が聞こえてきた。
アニアスとリーズヴェルトは、城の最上階から外を睨んだ。
夕闇が迫る荒野の向こうから、土煙を上げて進軍してくる集団が見える。
先頭には、巨大な『浄化砲』を牽引した馬車。
その上に、一人の少女が立っているのが見えた。
金の髪をなびかせ、純白の聖衣を纏った聖女エミリア。
距離は離れているが、アニアスには彼女の目が、爛々と輝いているのが見えた気がした。
「……来たな」
アニアスはゴクリと唾を飲み込んだ。
コタツの温もりを守るため。
平和な引きこもりライフを守るため。
そして何より、幼馴染の暴走を止めるため。
「総員、配置につけ! オペレーション・ホーム・アローン、開始だ!」
リーズヴェルトの号令が飛ぶ。
魔王城に、戦いのゴング(という名の非常ベル)が鳴り響いた。




