第14話 深夜の厨房攻防戦
深夜二時。
草木も眠る丑三つ時、魔王城のVIPルームで、勇者アニアスは目を覚ました。
「……腹が、減った」
原因は明白だ。
夕食の時間、コタツの魔力に抗えず、ネクロと一緒に爆睡してしまったからだ。
リーズヴェルトが起こそうとしたらしいが、「無理に起こすのも可哀想だ」という過保護スキルが発動し、そのまま放置されたのだ。
静まり返った部屋に、グゥゥ……という情けない音が響く。
「……限界だ」
アニアスはのっそりとコタツから這い出した。
目指すは一階の厨房。
だが、この時間は夜警の兵士たちが巡回している。彼らに見つかれば、「勇者様! こんな時間にどうされました!?」と大騒ぎになり、安眠中の魔王まで叩き起こしてしまうだろう。
それは避けたい。アニアスは静かに、そして誰にも知られずに空腹を満たしたいのだ。
「……行くか」
アニアスは旅装束に着替え、気配を消した。
勇者アニアス、深夜の極秘ミッション『オペレーション・ナイトミール』の開始である。
◇
魔王城の廊下は薄暗い。
アニアスは壁と一体化するように進む。
前方から、二人のオーク兵が松明を持って歩いてくるのが見えた。
「ふわぁ……昨日の騒ぎのせいで、今日は警備が厳重だなぁ」
「まったくだ。侵入者なんていないのにな」
兵士たちはぼやきながら、アニアスの目の前を通り過ぎる。
アニアスは息を止め、心拍数を極限まで下げる。
距離、わずか五十センチ。だが、オーク兵たちはアニアスの存在に気づくことなく、そのまま廊下の向こうへ消えていった。
(よし。第一関門突破)
アニアスは音もなく走り出した。
階段を滑り降り、厨房の通用口へ。鍵はかかっているが、勇者のピッキングスキルにかかれば数秒で開く。
ガチャリ、と小さな音を立てて扉が開いた。
厨房は広大だった。
巨大なカマド、吊るされた多種多様な肉塊、山積みの野菜。
アニアスは魔石式冷蔵庫を開けた。
中には、夕食の残り物が少し入っていたが、今の空腹を満たすには物足りない。
(……作るか)
アニアスは腕まくりをした。
実は彼、料理が得意だ。長年のソロキャンプ生活で培ったサバイバル料理スキルは、プロの料理人にも引けを取らない。
今日のメニューは、手早く作れて、ガツンとくるもの。
――『魔界風・厚切りベーコンと茸のガーリック炒飯』。
アニアスは食材を取り出し、包丁を握った。
トントントントン……!
超高速の千切り。まな板にナイフが当たる音さえも、アニアスは消音スキルで打ち消していく。
ジュワァァァ……!
熱したフライパンに脂身を投入する。香ばしい匂いが立ち上る。
換気扇の魔道具をフルパワーで回し、匂いを外部へ逃がす。
(いいぞ……完璧だ……)
アニアスがフライパンを振ろうとした、その時だった。
「ん? なんかいい匂いがしねぇか?」
厨房の外から声がした。
見回りの兵士だ。匂いに釣られてやってきたらしい。
足音が近づいてくる。扉に手がかけられる。
(やばい!)
アニアスは瞬時にフライパンを持ったまま、天井の梁の上へと跳躍した。
ガチャッ。扉が開く。
「誰もいねぇぞ?」
「でも、なんか料理してる匂いが……」
入ってきたのは二匹のゴブリン兵だった。
彼らはキョロキョロと見回すが、誰もいない。だが、コンロの火はついているし、まな板の上には刻まれた具材がある。
「おい見ろ! 勝手に火がついてるぞ!」
「ひいぃっ! お、お化けだぁ!」
ゴブリンたちは震え上がった。
アニアスは天井からそれを見下ろしながら、心の中で舌打ちをする。
このままでは炒飯が作れない。かといって降りれば見つかる。
(……やるしかない)
アニアスは梁の上から、フライパンの中身をコンロの上の鍋に念動力(のような魔力操作)で投入した。
さらに、調味料の瓶を操り、塩コショウを振る。
パラパラパラ……。
「うわあああ! 塩が! 塩が勝手に!」
ゴブリンたちの目の前で、誰もいないのに料理が進んでいく。
お玉が宙に浮き、鍋をかき混ぜる。
ご飯が投入され、黄金色に輝き始める。
「ポルターガイストだぁぁぁ!」
「魔王城の七不思議だぁぁぁ!」
ゴブリンたちは腰を抜かしながらも、あまりの恐怖に動けないでいた。
アニアスは焦った。
炒飯は火力が命だ。このまま遠隔操作していては、パラパラにならない。
一瞬の勝負。
アニアスは固有スキル『影薄』を最大出力にし、音速を超えて天井から床へ降り立った。
ゴオォォォッ!!
猛烈な勢いでフライパンを振り、米の一粒一粒に油と卵をコーティングし、再び天井へと戻る。
その間、わずか0.1秒。
ゴブリンたちの目には、突然鍋から炎が上がり、炒飯が完成したようにしか見えなかった。
「で、できた……!」
「お化けシェフの気まぐれ炒飯だぁ……!」
完成した炒飯からは、暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂っていた。
ゴブリンたちは恐怖と空腹の狭間で葛藤している。
(今だ!)
アニアスは天井から『睡眠』の粉(ネクロから貰った安眠グッズ)を微量だけ撒いた。
ゴブリンたちは「ふわぁ……なんか急に眠気が……」と言いながら、その場に崩れ落ちて寝息を立て始めた。
「……ふぅ」
アニアスは音もなく着地した。
皿に炒飯を盛り付ける。黄金色に輝く米、カリカリのベーコン、香ばしいニンニクの香り。完璧だ。
アニアスは皿を持ち、スプーンを咥え、急いで部屋に戻ろうとした。
ガチャリ。
反対側の扉が開いた。
「……ん。……いい匂い」
そこに立っていたのは、枕を抱えたネクロだった。
眠そうな目をこすりながら、鼻をひくつかせている。
「あ」
「……アニアス。……ずるい」
ネクロはアニアスの手にある炒飯をじっと見つめた。
アニアスは観念した。
この「同志」相手に、隠し事はできない。
「……半分、食べるか?」
「……ん。……食べる」
◇
数分後。
厨房の隅で、勇者と死霊王が並んで炒飯を食べていた。
「……おいしい」
「だろ? 隠し味に魔界醤油を使ったんだ」
「……アニアス、天才。……結婚して」
「しないよ」
二人が完食し、満足して部屋に戻った後。
厨房で目を覚ましたゴブリン兵たちは、「夢の中で最高に美味そうな炒飯の匂いを嗅いだ」と語り合い、それが後に『魔王城の夜食の妖精』伝説として語り継がれることになるのであった。




