第13話 空からの追跡者
『魔導聖剣コタツ』の導入から数日が経ち、魔王城のVIPルームは完全に堕落の温床と化していた。
勇者、魔王、そして四天柱の面々は、まるで冬眠前の熊のようにコタツに根を生やしていた。
特に、破壊神ピコと死霊王ネクロの二人は、もはや自分の部屋に帰ろうともしない。
「アニアスよ、蜜柑がなくなったぞ。次を剥いてくれ」
「……リーズヴェルト、俺は勇者であって、蜜柑剥き器じゃないんだぞ」
「むぅ、つれないな。ならば勝負だ。ジャンケンで負けた方が、倉庫から新しい蜜柑箱を取ってくるというのはどうだ?」
「……望むところだ」
世界最強の二人が、真剣な眼差しで拳を構える。
この平和すぎる日常が、永遠に続くかと思われた。
だが、その平穏は唐突に破られた。
ヒュオオオオオ……!
窓の外から、不穏な風切り音が聞こえてきたのだ。
ただの風ではない。魔力を帯びた、人工的な風だ。
「……ん?」
アニアスがコタツから顔を上げ、窓の外を見る。
遥か彼方の空に、白い光の点が一つ、こちらに向かって高速で接近してくるのが見えた。
「あれは……」
アニアスの目が、驚愕に見開かれた。
見間違えるはずがない。あれは、アニアスを勇者として任命した『聖王国フソルパド』の紋章を纏った、探索用の式神だ。
「やばいっ!!」
アニアスは叫び声を上げ、コタツを跳ね除けて立ち上がった。
「ど、どうしたアニアス!? 蜜柑ならまだ一つ残って……」
「違う! あれを見ろ! 『聖光鳥』だ!」
アニアスが指差した先を見て、リーズヴェルトも表情を険しくした。
「聖光鳥だと……? 人間どもが、行方不明者の捜索に使うという、あの?」
「そうだ! あれに見つかったら、俺の居場所が国にバレる! そうしたら、騎士団とか聖女とか、面倒な連中がわんさか押し寄せてくるぞ!」
アニアスの悲痛な叫びに、コタツでぬくぬくしていた四天柱たちも反応した。
「ええっ!? それは困るわァ!」
ガンドルフォが顔色を変える。
「アニアスちゃんがいなくなったら、アタシの新作コレクション、誰に着せればいいのよォ!」
「ピコも嫌なのだ! お兄ちゃんがいなくなったら、誰と鬼ごっこすればいいのだ!」
「……枕、なくなる」
「師匠の教えが……」
それぞれの(自分勝手な)理由で、魔王軍幹部たちが立ち上がった。
彼らにとって、アニアスはもはや必要不可欠な存在なのだ。主に娯楽的な意味で。
「ならぬ! 絶対に渡さんぞ!」
リーズヴェルトがマントを翻し、魔王の威厳を取り戻して宣言した。
「総員、戦闘配置! あの鳥を撃ち落とせ! ただし、アニアスの存在は悟られるなよ!」
「「「御意!!」」」
◇
魔王城の上空。
純白の翼を持つ巨大な光の鳥――聖光鳥は、魔力センサーを全方位に展開しながら飛行していた。
その目的はただ一つ。消息を絶った勇者アニアスの生体反応を探知すること。
『勇者反応、ナシ。勇者反応、ナシ……』
無機質な思考を繰り返しながら、鳥は魔王城へと近づく。
そこには、強力な魔族の気配が渦巻いている。通常ならば即座に撤退すべき危険地帯だ。しかし、勇者の反応が最後に途絶えたのがこの付近である以上、調査しないわけにはいかない。
鳥が高度を下げようとした、その瞬間。
「見つけたのだー! 焼き鳥にするのだー!」
ドォォォォォォン!!
城の屋根を突き破って、巨大な戦斧が飛んできた。
ピコの投擲だ。
聖光鳥はひらりと身を翻し、それを回避する。
「ちっ、素早いのだ!」
「甘いわよピコちゃん! 空中戦ならアタシに任せなさい!」
続いて、背中から蝙蝠のような翼を生やしたガンドルフォが飛び出した。
手にしたハルバードから、ピンク色の衝撃波を乱射する。
「らぶ・らぶ・ハリケーン♡」
衝撃波が空を裂く。
だが、聖光鳥は聖なるバリアを展開し、それを弾いた。探索用とはいえ、勇者を追うための式神だ。その防御力は並大抵のものではない。
「硬いわねェ……! これじゃあ、ラチが明かないわ!」
「……ならば、ワシの出番じゃな」
バルコニーから、ゼムが杖を掲げた。
「出でよ、暗黒の雷雲! 『黒雷』!」
バリバリバリッ!
黒い稲妻が聖光鳥を直撃する。
鳥の動きが止まった。バリアに亀裂が入る。
「今だ! アニアス!」
リーズヴェルトが叫ぶ。
「任せろ!」
アニアスはバルコニーの手すりに足をかけ、虚空へと身を投げ出した。
本来なら落下死する高さだが、勇者の身体能力があれば問題ない。
アニアスは空中で聖剣を抜いた。
しかし、その刀身に輝きはない。
(悪いな、鳥さん。破壊はしない。ただ、視界を奪わせてもらう!)
――固有スキル『影薄』・応用技『認識遮断』。
アニアスは聖剣を振るうと同時に、自分自身の「存在感のなさ」を魔力に乗せて、聖光鳥へと叩きつけた。
物理的な斬撃ではない。
「ここには何もない」「誰もいない」「ただの空だ」という、強烈な虚無の情報を、式神のセンサーに直接流し込んだのだ。
『ピ……ピピ……エラ……ー……』
聖光鳥の動きが完全に停止した。
勇者を探知するためのセンサーが、「世界中どこにも勇者はいない」という誤情報で埋め尽くされ、処理落ちを起こしたのだ。
『帰還……シマス……』
聖光鳥はくるりと反転し、フラフラとした動きで来た道を戻り始めた。
これ以上探索しても無駄だと判断したのだろう。
「……ふぅ」
アニアスは空中で身をひねり、バルコニーへと着地した。
「やったか!?」
リーズヴェルトが駆け寄ってくる。
「ああ、なんとかなった。しばらくは戻ってこないはずだ」
アニアスが聖剣を鞘に納めると同時に、空からガンドルフォとピコも戻ってきた。
「いやァ~、焦ったわねェ! でも、アニアスちゃんのあの技、すごかったわァ!」
「お兄ちゃん、かっこよかったのだ! 鳥さん、何が起きたか分かってなかったのだ!」
四天柱たちは口々にアニアスを称賛する。
アニアスは少し照れくさそうに鼻をこすった。
「まあ、俺もここを追い出されたくないからな」
「うむうむ! その心意気や良し!」
リーズヴェルトは満足げに頷き、そしてニヤリと笑った。
「よし、外敵も去ったことだ。勝利の祝杯といくか! ネクロ、倉庫から極上の蜜柑を持ってこい!」
「……ん。……了解」
こうして、勇者と魔王軍による、初めての共同作戦(内容は居留守)は大成功に終わった。
彼らの絆は、コタツの温もりと共に、より一層強固なものとなったのである。
だが、彼らは忘れていた。
探索鳥が持ち帰ったデータには、「勇者は見つからなかった」という情報と共に、「魔王城に謎の超高密度魔力反応アリ」という不可解な記録が残されていたことを。
それが、新たな厄介事を招く火種になるとも知らずに……。
筆が乗ったので、本日から一週間ほど二本投稿します!




