第11話 地獄の円卓会議
魔王城での生活、六日目。
勇者アニアスにとって、その日は「終わりの日」のように感じられた。
「アニアス、今日は重要な会議があるのだ。貴様も同席せよ」
朝食の席で、魔王リーズヴェルトが上機嫌にそう告げた時、アニアスは持っていたパンをスープの中に落とした。
「……か、会議?」
「うむ。魔王軍の幹部が集う定例報告会だ。そこで改めて、貴様を我が『マブダチ』として全員に紹介しようと思ってな!」
リーズヴェルトは満面の笑みだ。
彼女の中では、アニアスと部下たちは既に良好な関係を築いている(と思っている)ため、これは楽しい親睦会の延長なのだろう。
だが、アニアスにとっては違う。
それは、猛獣の檻の中に生身で放り込まれるのと同義だった。
◇
そして数時間後。
アニアスは、魔王城の最深部にある「円卓の間」の前に立っていた。
重厚な黒鉄の扉からは、中の様子は伺い知れない。だが、扉の隙間から漏れ出る濃密な魔力と、個性豊かすぎる気配が、アニアスの胃をキリキリと締め上げる。
「さあ、入るぞアニアス!」
リーズヴェルトが躊躇なく扉を開け放つ。
ギギギ、と重苦しい音と共に、地獄への門が開かれた。
「魔王様、ご入室でーす!」
控えの兵士が声を張り上げる。
円卓の間は、薄暗く、燭台の炎だけが揺らめく厳粛な空間だった。
その中央にある巨大な石造りの円卓を囲むように、四つの影が座っている。
「お待ちしておりましたわァ、魔王様♡」
最初に反応したのは、席に座っているのに頭一つ飛び出ているピンク色の巨体。
魔将軍ガンドルフォだ。
その視線が、魔王の後ろに隠れるように縮こまっているアニアスを捉え、怪しく光った。
「あらァ……? その後ろにいるのは、アタシの可愛いアニアスちゃんじゃないのォ!」
「ヒッ……」
アニアスは小さく悲鳴を上げた。
「アニアスちゃん」という呼び名と、獲物をねめ回すような視線。数日前の着せ替え地獄の記憶がフラッシュバックする。
ガンドルフォの手元には、既に新しいデザイン画のようなものが用意されているのが見えた。嫌な予感しかしない。
「おっ! お兄ちゃんなのだ!」
次に声を上げたのは、テーブルの上に足を乗せて行儀悪く座っていた幼女。
怪力無双のピコだ。
彼女はアニアスの姿を見るなり、バネ仕掛けの人形のように飛び上がった。
「やったー! 会議なんて退屈だと思ってたけど、お兄ちゃんが来るなら話は別なのだ! ねえねえ、今日はどこを壊す? 東の塔? それとも地下牢?」
無邪気な笑顔で問われる破壊の提案。
アニアスは首を横に振った。ブンブンと振った。これ以上、住処を減らさないでくれ。
「……師匠」
三番目の声は、掠れた、しかし畏敬の念に満ちたものだった。
宙に浮いたまま座禅を組んでいるミイラ男――魔導老子ゼムだ。
彼はアニアスに向かって、恭しく頭を下げた。
「お待ちしておりましたぞ、師匠。あの後、ワシなりに『スッ』の境地を研究しましてな。呼吸を止めて三時間ほど瞑想したところ、三途の川が見えまして……」
「死にかけてるじゃないか……」
アニアスは思わずツッコミを入れた。
勝手に師匠と崇められるのも困るが、勝手に死なれるのも寝覚めが悪い。
「……ふぁ」
そして最後の一人。
巨大なクッションに埋もれて眠っていた少年、死霊王ネクロが、眠たげな目をこすりながら身を起こした。
「……アニアス。……ここ」
ネクロは自分の隣の席――というより、自分のクッションの端をポンポンと叩いた。
「……ここのクッション、一番ふかふか。……一緒に、寝る?」
四人の中で唯一、アニアスにとって平和的な提案だった。
だが、会議中に寝ていいわけがない。
「全員揃っているようだな!」
魔王リーズヴェルトは、部下たちの反応を見て満足げに頷いた。
彼女の目には、このカオスな状況が「和気藹々とした歓迎ムード」に映っているらしい。魔王様のフィルターは性能が高すぎる。
「では、改めて紹介しよう。このアニアスこそ、我が見込んだ勇者にして、生涯の友『マブダチ』である! 以後、貴様らもアニアスを我と同格として扱うように!」
「「「御意!!」」」
四天柱の声が揃う。
その返事には、それぞれの思惑が込められていた。
(御意! アタシの専属モデルとして可愛がってあげるわァ♡)
(御意! 最高の遊び相手として狩り尽くしてやるのだ!)
(御意! 魔法の真理へと至る導き手として崇めるのじゃ!)
(……御意。……枕)
アニアスは全身の毛穴が開くような悪寒を感じた。
円卓の席に着くよう促されたが、どこに座っても地獄だ。
ガンドルフォの隣に行けば採寸されるし、ピコの隣に行けば戦斧で突かれる。ゼムの隣に行けば講義が始まる。
結果、アニアスは消去法でネクロの隣の席へ滑り込んだ。
ネクロは「……ん」と短く歓迎し、アニアスの肩にコテンと頭を預けて即座に二度寝に入った。重いが、他の三人に比べれば天国だ。
「さて、定例報告を始めるが……その前に」
リーズヴェルトが真剣な表情で切り出した。
「アニアスがこの城に来て数日が経つ。そこで議題だ。『勇者アニアスの魔王城ライフをより快適にするための改善案』を提出せよ!」
「は?」
アニアスは素っ頓狂な声を上げた。
軍事会議だと思っていたのに、議題が自分の福利厚生についてだったからだ。
「あらァ、それならアタシにいい案があるわァ」
ガンドルフォが挙手する。
「アニアスちゃんの部屋、殺風景すぎるのよォ。もっとこう、ピンク色の天蓋付きベッドとか、ハート型のクッションとか、乙女チックな内装にリフォームすべきだわァ」
「却下だ」
アニアスは即答した。食い気味に却下した。
「じゃあじゃあ、庭に落とし穴を掘るのだ!」
ピコが身を乗り出す。
「お兄ちゃん、避けるの上手いから、不意打ちのトラップがいっぱいあった方がスリルがあって楽しいと思うのだ!」
「俺はスリルなんて求めてない。平穏を求めてるんだ」
「……むぅ。お兄ちゃん、わがままなのだ」
どこがだ。
「師匠には、静寂こそが相応しい」
ゼムが重々しく口を開く。
「図書室の奥に、外界と隔絶された『精神と時の結界』を張りましたぞ。あの中なら、一時間の瞑想が現実の一秒に感じられる……」
「逆だよ! それただの時間の無駄遣いだよ!」
「……アニアス」
最後に、肩に寄りかかっていたネクロが口を開いた。
「……食堂の椅子、硬い。……お尻痛い」
「……それは、確かに」
アニアスは同意した。
この円卓の椅子も、石造りで冷たくて硬い。長時間座っていると腰に来る。
「……アニアスも、そう思う?」
「ああ。もっとこう、柔らかくて、温かいほうがいいよな」
「……ん。同志」
ネクロとアニアスの間に、無言の友情が流れた。
それを見ていたリーズヴェルトが、バン! と机を叩いた。
「よし! 採用だ! 全城内の椅子を、ふかふかのクッション仕様に変更する! 早急に手配せよ!」
「「「ハッ!」」」
こうして、魔王軍の重要会議は「椅子の座り心地改善」という、あまりにも平和的な結論で幕を閉じた。
アニアスは安堵の息を吐く。
どうやら、この変人たちに囲まれながらも、自分の意見(主に楽をするための要望)は通るらしい。
(……まあ、悪くないか)
ネクロのよだれが肩に垂れているのを気にしつつ、アニアスは少しだけ、この場所での生活に希望を見出したのだった。
だが彼はまだ知らない。
この「生活改善」の成功体験が、やがて彼自身の勇者スキルを無駄遣いする「魔王城大改造計画」へと発展していくことを。




