第1話 勇者一人、魔王困惑
「ついにここまで来たぞ……っ! 覚悟しろ、魔王!」
青年が片刃の長剣を正眼に構えながらそう叫ぶ。
片脚を後ろに引き、ある程度脱力したその構えは隙が無く、且ついつでも斬りかかれるように伺える。
青年と対する魔王と呼ばれた人物は、銀色の下ろされた長髪から黒く歪な角が覗く女性の魔族。
青年に対し背中を向け腕を組み、油断し切っているように感じる。
しかしながら、顔こそは青年に向けていないもののその立ち居振る舞いは威風堂々、これぞ強者といった風格を感じさせる。
「ふふふ……ふははははっ! ようやく来たか、勇者達よ! さぁ、我と狂乱の宴とま……い……あれえ?」
大きく笑い声を上げた後、勢いよく振り返った魔王は青年――勇者を見据えると、突然口を塞いでしまった。
その眼は、まるで信じられないものを見てしまったかのように、動揺を隠しきれていない。
「どうした魔王、怖気ついたかっ!」
挙動不審な魔王を見て勇者は勇ましい声をあげる。
「ゆ、勇者よ……つかぬ事を聞くが、仲間は? ここまで、一人で来たのか? 一人だと、我倒すのキツくないか……?」
アワアワと手をバタつかせながら魔王は勇者に尋ねる。
それもそうだろう。これまで魔王の元にやってきた歴代の勇者は、必ず仲間を連れていたのだから。
今の、勇者一人という状況は不自然と思わざるを得ないだろう。
「あっ、分かったぞ勇者! 玉座の間に辿り着くまでに仲間を置いてきたのであろう! そうであろう! であれば、連れてきても良いのだぞ!」
手を叩きながらそう言った魔王は、言い切った後も「そうであろう、そうであろう」と頷いている。
まるで、自分に言い聞かせているかのように。
「……いないよ」
「えっ」
ボソッと小声で勇者は言ったが、魔王には確実に聞こえた。
仲間はいないと、そう確かに聞き取ってしまった。
「いやいやいやいや……勇者よ、さっきも言ったが一人だと我を倒すのキツくないか? かなりキツいと思うぞ?」
「だって……怖いし」
勇者は、先程まで勇ましく構えていた長剣を下ろし、何故かモジモジとさせながら言った。
「怖いって……何が?」
「初めて会う人とか、苦手で……」
「勇者なのにっ!?」
今代の勇者は、人付き合いが極端に苦手だったのだ。
だから、仲間を連れるくらいならばと一人で魔王に挑んできてしまったのだ。
それを察してしまい、魔王は絶句してしまった。
「勇者だけど、その勇気は無かった……」
「えぇぇぇ、でも勇者って国王とかから指示されて我を倒しに来るんじゃないの? その時に仲間って用意されてないの……?」
魔王は過去に、勇者を洗脳し何故勇者として選ばれたのか、何の目的があって魔王を討伐しにきたのかを調べた事があった。
その際に、勇者は国王に選ばれ、謁見し、そこで用意された仲間を紹介され、旅へ出る。といった一連の流れを知っていたのだ。
「……恥ずかしかったから、謁見してすぐに出てきちゃった」
「なんでっ!?」
魔王は頭を抱える。
何故こんな奴が今代の勇者なのか、本当に勇者と戦うべきなのか、なんか可哀想になってきた、などなど思考が飛び交う。
勇者に至っては、「なんで俺が勇者なんだろうね……」などと言いながら床に小さく座ってしょぼくれている始末だ。先ほどまでの勇ましい姿は見る影もない。
「話しかけて嫌われたら怖いし……なんで俺が、勇者なんだろうね……」
「そ、そんなことは無いぞ勇者! ほ、ほら、貴様優しそうじゃし――」
「皆の思う勇者像は優しい人なんだ。だから俺は優しくならなきゃいけない……作った自分じゃないと、皆に嫌われるから……」
(あっれええええ我間違えたああああ!?)
どんどんと落ち込んでいく勇者に魔王は参ってしまう。
もう今ではお互い、戦う云々のモチベーションも無くなり勇者は落ち込む一方、魔王は落ち込む勇者を見て慌てふためく一方。
この二人に世界の命運が掛かっているなど、誰が見ても思えないだろう。
「むむむ……えぇい勇者よっ!」
魔王が急に声を荒げる。
……いいや、荒げているというよりも決心した、とでも言うべきだろう。そんな魔王を勇者は下を向いていた顔を少し上げ、魔王を横目で見る。
「お、お茶でもしないか?」
これが、今思い付く魔王にとっての最善策なのであった。
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