第1話「目覚めと出会い」
心残りがない生き方なんて、できている奴のほうが少ないだろう。
「毎朝、もしかしたら今日死ぬかもしれない」って思って生きているって言ってたのは誰だっけ?
いつもの朝、いつもの仕事、いつもの職場。
全部何もかもがいつも、いつも、いつもだよ。
だから「今日は違う」なんて予感はあるわけもない。
少なくとも、俺には。
突然だった。唐突に身体のどこかの神経がぶちんって音がして切れたみたいな。
呼吸ができなくなって、「あ、痛っ」って思ったところまでが俺の最後の記憶だった。
誰かが俺を呼んだような気がした。でもそれには返事もできなくて。
ただ、遠のいていく意識の中で、うっすらと「ああ、俺、たぶん死ぬわ」という謎の確信だけはあったんだ。
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そこまでが、いわゆる俺の「前世」というやつの記憶。
前世の記憶が残ってるなんて、動画やドラマなんかでよくある設定としか思っていなかった。
でも俺にはそれが残っていた。ただ、はっきりと言おう。前世の記憶なんて糞食らえだ。
なんの役にも立ちやしない。
まず「人間であった」という記憶を、なぜ今の俺が引き継がなくちゃいけないんだ。
だって、その記憶いらんだろう絶対に。
というか、せめて転生したら人間以外だったとしても、せめて、せめてだよ。せめて何かしらの意識がある動物とか、100歩譲ってクラゲとか、どうにか捻り出した譲歩で昆虫とか? なんかそういう「生物」になるなら理解できる。
あいつらだって生きているんだから、感情もあれば魂もあるだろう。
でも「今世」の俺はまさかの無機物。しかも期間限定でしか使われないような代物だ。
手足(?)は全部で4本ある。
真ん中には電源と繋がったヒーターが装備されていて、そこには『俺』の持ち主の趣味なのか、ベージュのストライプの布団がかけられている。その上に更に天板が乗せられていて、これがテーブル代わりになっているんだ。
そう、今の俺はまごうことなき、どこからどう見ても間違いようもなく「コタツ」になっていた。
最初は何の悪夢かと思ったよ。
そりゃそうだろう。突然人生終了して、次に目が覚めた時にはコタツになっている俺。
コタツだよコタツ。夢ならばどれほど〜って歌っていた米◯玄◯もびっくりだよ。転生してコタツになった時の主題歌を作ってくれ頼むから。
趣味の悪い不条理映画の主人公だってさすがにコタツにはならないと思う。
あまりに現実離れしすぎた現実は、しかし俺を諦めさせるには効果的すぎた。
だって、手足(どっちが手で足なのかももはやわからん)は全く動かせず、電源を入れられれば俺の股間もとい中心…この言い方も語弊があるな。ともかく、俺の中からマグマのような熱が発せられる。
天板の上にはスマホと充電器がだいたい放置されるし、テーブル代わりにされているせいで、いつもコンビニ飯やらカップ麺が乗せられている。
どうやら今の「俺」の意識は本体と天板両方でワンセット。布団については俺とは別物。試しに一度、話しかけてみたけれど、何の応答もなし。どうやらどの無機物にも意識があるわけではないらしい。
むしろもしもあったら怖いよな。無機物だと思っていたものが知らないだけで意識の集合体だったなんてことは。
だからこそ、俺は俺に起きていることが何なのかは本当に分からない。混乱状態のなか、「あぁ、俺、コタツになっちまったんだな」ということだけが唯一理解できたことだ。あとはなんでだか視界はある。感覚というべきものもどうやら存在しているようで、世界が見えるおかげで少しはマシといえるだろう。
そしてなんだか分からないままに始まった俺のコタツ生は、今のところ決して悪いもんじゃないなって思い始めている。
一つは、コタツはコタツでいれば良いということだ。
前世の俺は、それなりに忙しい社会人っていうやつをやっていた。
朝も決まった時間に起きて、会社へ行き、決められたノルマに追われる日々。行きたくもない飲み会に誘われて、話の合いそうもない先輩に気を遣って意味のない愛想笑いで答える。
休みの日には平日に溜め込んだ掃除やらをして、ゴロゴロしていればあっという間に一日が終わる。
その人生が当たり前だと思っていたけれど、こうしてコタツになってみて思った。 なんで俺、あんなに必死になって会社のために生きていたんだろうって。
その点、コタツは気楽なもんだよ。持ち主が寒くなった時にスイッチを入れる。俺は内蔵ヒーターを熱くして、潜り込んでくる「持ち主」を温めれば良い。
俺の持ち主はテレビやら配信も好きなようで、俺の中にいる間はだいたいゴロゴロしながらそれを見ている。
時々、ぼーっとしている持ち主がコーヒーをこぼしたり、アイスをこぼしたり、一人用の鍋をしたりする時があって、そういう時に俺の天板(たぶん人間でいうところの背中部分)が熱かったり冷たかったりすることはあるが、五感もコタツ仕様にカスタムされているらしく痛覚というほどのものはない。
何より持ち主が「あったかい」と言うそのひとときが、俺がコタツになるのも悪くないって思わせてくれるんだ。
そう、二つ目の理由はこの「持ち主」の話。
俺の持ち主の名前は「宇美」という。フルネームだとたしか『一橋宇美』。20代半ばぐらいの、たぶん前世の俺と大して年齢は変わらない女性だ。
特別にめちゃくちゃ可愛いとか、絶世の美女とか、そういうことはない。ただ、誤解がないように言っておきたいが、俺が前世で男で、この宇美が同世代の女性だからって、やましい気持ちで「コタツになって良かった」と言っているわけじゃないんだ。
というか、不思議なほどにコタツになってから性欲ってものがなくなった。いや、性欲のあるコタツは恐怖すぎるからそれ自体は全然かまわないんだが、誤解のないよう、ここに明記しておきたい。
ただ、この宇美に関しては、俺はどうにも放っておけないと思っている。
まず最初の出会いが衝撃的すぎたんだ。
俺の今世の覚醒は、宇美が『俺』を段ボール箱から開封したところから始まった。
真っ暗な段ボールに包まれていた俺は、この部屋に到着するなり封を開けられたわけだが、その時の宇美が、そりゃもうとんでもなく号泣していた。
「うぐおおおおおぼおおおおおおおおおうぇぇあおおううっおぇっ」
と泣き声というか叫び声というか、嗚咽っていったら良いのか。とにかく、この年になってそんなえげつない泣き方するか? っていうレベルの号泣を、コタツ生の目覚めから浴びせられたんだ。
俺を包んでいたビニールを号泣しながら破っていき、天板との間に挟まっていた緩衝材のプチプチを雑巾絞りのようにブチブチブチィっとやりながらしゃくり上げてた。
だから、俺はまず自分がコタツになっていることよりも先に、この持ち主の号泣に滅茶苦茶びっくりした。
そして、すでに買ってあった布団をセットして、コンセントを繋いでスイッチを入れて潜り込んできたかと思ったら「あったかい……」って言いながらすやぁって眠りについたんだ。
この衝撃的な目覚めと出会いから、どうにも放っておけなくなった宇美という持ち主との生活を、今世として俺は受け入れ始めている。




