たまご探偵物語 〜 たまごの怪盗と奇病の回復薬 〜
某国某県某町。雪山に近いその町では三日月の晩になると、たまごの怪盗が現れるという噂が立った。
冬になると雪が降り積もり、活動するには寒い地域だ。化石燃料だけでは暖の確保が間に合わない所も多い。また電力供給が途絶えてしまうと死活問題となる。そのためなのか煙突を作り、暖炉がある家もかなりあった。
厳しい環境。しかし町の人々は寒さに震えるばかりではなかった。町の民家に煙突がある家が多いことを逆手に取って、クリスマスにはサンタさんがやって来やすい町と謳っているポジティブな地域性もあった。
それでも実際は積雪が多く、雪も湿っぽいために、雪かきという重労働作業が毎年毎年ついて回る。
また春先になると、謎の奇病で生命を落とす子供が多い。夢のような謳い文句の裏側は、あまりにも夢のない重い現実ばかりがあった。
────だからであろうか。都市伝説的な噂が町に流れ出したのは。
そのたまごの怪盗は、雪解けの季節になると現れ始めたという。暖かさの混じる時期になると、気温の高い日もちらほらあって、暖炉を使わない日も出でくる。
たまごの怪盗は、最新の天気予報を欠かさずチェックしているようで、晴れた日を選んでやって来るのだ。
サンタさんがやって来るのは煙突から。でも暖炉の使われている煙突というのは、煤で真っ黒になるものだ。
真っ黒サンタさんに家の中を歩き回られると、煤だらけにされてしまうだろう。清掃代や労力を考えると、プレゼントよりもかえって高くつくかもしれない。
他にも不法侵入だったり泥棒だったりと、あげればキリのない夢の代償が煙突生活。真っ黒サンタさんも迷惑レポーターや迷惑ユーチューバー並に迷惑系なのでつかまらない事を祈るばかりだ。
たまごの怪盗も、はじめは町の人には良くないイメージで伝わっていた。夢を与えるサンタさんと、金品を奪う泥棒。どちらかと言えばたまごの怪盗は悪人扱い。たまごの怪盗と呼ばれたのはそのためだ。
何よりたまごの怪盗は、大きな音を立てて暖炉から現れる。煤だらけで真っ黒になるのだ。たまごの怪盗……まるで箱根の名物、黒い温泉たまごのようだ。
たまごの怪盗は怪盗だから、足跡など残さない。たまごだから足跡は残らないが、ツルツルのたまご肌から埃と煤が落ちる。ハウスダストでゲホゲホする住人の迷惑など、押し入りたまごの怪盗が考えるはずもない。
たまごの怪盗は、騒々しく現れると、病の子供に怪しげな────金魚ビールと名の付く液体を無理やり飲ませる。
金魚ビールという謎の飲み物と温泉たまごを置いて、たまごの怪盗は普通に玄関から出て行く。落っこちて割れるのがたまごの宿命。登る事は苦手で難しいようだ。
子供以外に家人がいなければ、鍵はどうするんだと言う話のわけだが、たまごの怪盗だけに施錠もバッチリという。
物は盗まず物を置いて行く。その奇妙なたまごの怪盗の奇跡は、奇病で苦しむ子供が治ることだった。鍵は元気になって動けるまで回復した子供が、怪盗に言われてきちんと締めていただけのようだ。
────現代のネズミ小僧、いやナイチンゲールだろうか。ネズミ小僧は結局盗人なのは否めず、ナイチンゲールは優しい人と言うわけではなかったようだが⋯⋯たまごの怪盗は果たしてどちらになるやら。
町の人々はざわつく。金魚ビールなるものの程よい塩っぱさと、温泉たまごが中々相性が良くて、合うからだ。
たまごの怪盗の思わぬ活躍により、雪山近くの町の子供達は奇病に悩まされる事がなくなった。
そして怪盗騒ぎの後、町の居酒屋には金星人おすすめの金魚ビールと温泉たまごのセットが密かに置かれるようになったという。
たまごの怪盗は金魚人に雇われて市場調査を行っていた宣伝マンか、三日月の夜に現れる為に、和菓子で有名な三日月堂の縁のもの、そういう噂もあるが真相は謎のままだ。
居酒屋には、奇跡を謳う金魚ビールの幟がひらめく。売れ行きは芳しくない様子。店の中ではひと仕事終えたたまごの探偵が、うまそうに葉巻を燻らせながら、ゆらゆらと揺れているのだった。
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