20.ミストの道標
ラティエルが詠唱を始めた。
「俺は、空気に干渉する。『空気』」
世界が一瞬、呼吸を止めた。
闇が、動きを止めた。
ミストが風を放つ。
風が、止まった。
「え?」
自分で起こした風なのに、行き場を失い、宙で解けていく。
前を見る。ラティエルが、そこに立っている。
剣を振るわけでもない。叫びもしない。 ただ、そこに在るだけ。
なのに、魔の攻撃が、闇がーー止まっている。
うちの風は吹き飛ばすためのものだった。砕き、壊すための力だった。
でも、ラティエルさんの“空気“は違う。
守るわけでも、攻撃するわけでもない。
ーー最初からそこにあったみたいに。 その事実に気づいた瞬間、少しだけ胸が痛くなった。
置いてかれないように、必死で、必死で走ってた。
けどーー。 この人は、うちらが壊さないように、ずっと前からここにいたんだ。うちは見えてないだけだった。
風を行使しようとする体が、わずかに震える。 追いつこうとしてたんじゃない。
うちは、ラティエルさんと同じ場所に立ちたいだけだったんだ。
なら。うちが放つべき風は。
人のことを思い行使する魔術は、どんな魔術よりも強い力を持つ。
魔術は、思いの力だーー
「そこに在れ。『原初の風』。」
ミストの放つ風は、どこか落ち着く風だった。少し懐かしいような…。
『オィ、この風は…。原初の?いや、どこか違う…。』
ルクスが何かに気がついたような顔で呟く。
「ラティエルさん、動きを。」
「ああ。」
ラティエルが、再び闇を止める。また、魔も動きを失う。
「もう楽になっていいんす。」
「ーー今までお疲れ様でした。『散れ』。」
ミストの詠唱により、魔が解けていく。
“ああ、長かった。ありがとう、アリガトウ、ありがとウ。“
魔が呟く。
魔が霧散する。淡々とした決着だけど、どこか落ち着く決着がラティエル達を待っていた。
『おいおいおいオィ!お前ェらやったじゃねェか!おい!』
戦いを終え、どこか興奮しているルクス。
『おいジジィ!俺たちの精霊界が、戻ってきたぞ!』
『ああ。本当に、長かった。たかが半年、だが長かった。礼を言う。イゾルテ様のところへ向かおうか。』
それに応えるものは誰もいない。
「ちょっと待ってくれ。今は、弔いたい。」
『そうか。悪ぃ。』
ルクスは何も言わず、その場を静かに離れた。
長かった精霊界編もそろそろ終わりそう。




