19.魔への恐怖とラティエル。
一行は対峙する。闇に。
『よォ、久しぶりだなァ。俺らの精霊界を返してもらうぜェ!』
“……返す?誰のものでもないだろ。我のものでもないし、お前達のものでもない。“
『あァん?』
“奪われて嘆くのはお前達の勝手だ。我は関係ないし、僕も関係ない。“
「意識が混同してる?こんな魔物初めて見たっす。」
「まず、俺が牽制をかける。『空気顕現』『神の手』!」
天井から、巨大な手が振り、魔を直撃する。その地面には大きな手形がめり込んでいた。土煙が晴れると、魔は無傷だった。
“痛い、痛い。早く殺してくれ。もう疲れたんだ。楽にしてくれ。頼む、頼む。もう、無理なんだ。誰も助けてくれないんだ。“
「なんすか、頭にノイズが響く。」
ラティエルには聞こえる。この声が。ミストには聞こえない。ラティエル以外には聞こえない。
「……。なぁ、ミスト。」
「なんっすか?」
「俺は、何を見てきた?何を守ってきたんだ?」
そう問うラティエルの顔は引き攣っていた。
「え?」
「今、頭に響いてきた。救ってくれって声が。消してくれって声が。」
「でも、痛いって声も聞こえてきた。俺は何をするべきなんだ?」
「ラティエルさん?」
そう口早に語るラティエルの顔には恐怖一色があった。
忘れてはいけない。ラティエルは子供である。幼少期、親の愛情を知らずに育ったため、彼は感情が希薄になってしまっている。だからこそ、敵を敵と断定して戦ってこれた。だが、今そこに疑問が生じる。
ミストは、いつもより少しだけ声を落とした。
冗談も、軽口も出てこない。
「それ、たぶん――魔の声っす」
「魔は、人の負の感情が集まったもんだって、言ってましたよね」
ラティエルは答えない。
ただ、視線を闇の奥に向けたまま、剣を握る指に力が入っていた。それでも、ラティエルは動かなかった。いや、動けなかった。
“殺せ。終わらせろ。救え。消してくれ。”
声が、重なっている。
誰のものでもないはずなのに、確かに“誰か”の声だった。
「……守るって、なんだ?俺の行動に意味なんてあったのか?」
ぽつりと零れた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
これまでラティエルは、迷わなかった。
敵は敵だった。倒すべき存在だった。
空気は応え、力は形になり、世界はそれを許していた。
――だが、今は違う。
空気が、ざわめいている。
拒絶も、肯定もせず、ただ揺れている。
「ラティエルさん」
ミストは一歩、前に出る。
風を起こさない。
ただ、そこに立つ。
「無理に答え出さなくていいっす」
「でも……聞こえてるなら、見えてるなら」
「無視しちゃいけない気がするっす」
「それをどうするかはラティエルさんが決めるべきだと思うっす。」
ラティエルは、ゆっくりと息を吸った。
空気が、肺に満ちる感覚が、いつもと違う。
それは“力”じゃない。
世界そのものが、問いかけてきている感覚だった。
「……俺は」
剣を消し、手を前に上げる。
「俺は、空気に干渉する」
その瞬間、世界が一瞬、息を止めた。
タイトル回収!




