5話
阿部と澪達が終わり授業に戻った頃、保健室では大場が天井の模様を見ながら思い耽っていた。
「何してんだろうな俺」
大場はレベル1の澪がこの超能力者育成学校で、学年主席をしているのが気に食わなかった。
嫉妬のようなものがあったが一番の理由は次席の人間が日本に10人しかいないレベル7の超能力者の一人で、大場とも親しい間柄だからだった。
「大場くんまだ起き上がったらダメよ。貴方、能力の制御はそんなに下手じゃないのにね」
「つぐみ先生、すいません」
この学園の保険医である畑つぐみは、大場の師匠でもあり念視分析と精神感応を持つレベル5の複合能力者だった。
その能力を活かし、時代を担う超能力者の卵達の育成に携わっている。
「決闘を起こす馬鹿な真似をして、いくら春山さんが好きでもやり方ってもんがあるわよ?」
「は!?す、好きでもなんでもねぇよババァ!」
「あ?テメェもういっぺん言ってみな?」
「すみませんつぐみ先生」
大場はつぐみにボコボコにされた経験しかないため、逆らえばどうなるか身体が恐怖を覚えていた。
「でもまさか想定外だよ。あんたがあんな馬鹿な決闘条件を提示するとは」
「すみません。俺もなんでか知らないんですけど頭に血が昇ってしまって」
「まぁ正直、あたしも浅はかだったね。ギリギリで止めるつもりではあったが、主席の実力を見たいと思ったが為にな。こんな結果になるなら止めるべきだった」
つぐみは馬鹿なことをしようが、可愛い愛弟子である大場がここまであっさり負けてしまうのは予想外だった。
つぐみは大場に、肉弾戦が成立する同年代相手に負けるような鍛え方をさせていない。
それは一花が肉体強化を使った攻撃に違和感を感じさせずに、無傷で切り抜けられるほどに仕上がっており、警察関係者からも欲しいと言わせるほどである。
「決闘の途中でレフェリーストップをかけるならなんとかなったが、成立した以上決闘の命令は受理されるよ?あんた春山諦められんの?」
「・・・それは」
「まぁそうだろうね。幸い、主席様は決闘を入学してから一度もしてないことから周りの目を気にしてない。決闘を不履行という不名誉を追っても問題ないように見えるね。土下座でもして決闘の条件を取り消してもらえ」
「わかってます」
「本当にわかってるのかい?あんた、念臭レベル1にあっさり負けたんだよ?そのうえに決闘の不履行なんて、今後の進路に影響し兼ねないね」
「念臭・・・本当にそうでしょうか?」
念臭レベル1に負けた事実を認めたくないというよりも、決闘で何か違和感を感じた大場は、師であるつぐみなら何かわかるのではないかと思った。
体術を全て避けた澪は未来視系を持つ何かではないかとも考えていた。
「あんたの体術を避けたのが何か隠された能力だって?信じられないけど彼女の瞬発力だと思うね」
「未来視ではないですか・・・」
「ゼロとは限らないけど、彼女は眼を閉じていなかった。あんたも感応系の能力者だからわかるだろ?未来視なんて脳の処理に負担がかかる能力は、レベル問わず目を開けたままじゃできないよ。それが例えレベル4以上だとしてもね」
「そうですか・・・」
「だけど念臭ではないっての、これはいい着眼点だと思うよ」
気落ちした大場だったがすぐに顔を上げてつぐみをみる。
「一瞬だが、あんたと彼女が接触した瞬間に膨大なエネルギーの揺れを感じた。あたしと立会人の阿部あたりしか気づけてはいないだろうけどね。そしてあんたではそのエネルギーの揺れは起こせない。念のため能力のレベルが上がったのか測定したが、上がってはいなかったからね。あの揺れはレベル7に到達してないと起こせない」
「膨大なエネルギーの揺れ?俺はそんなの感じた覚えは・・・」
そして大場は思い出す。
確かにあの時、腕をつかんだ瞬間にまるで自分の能力が引き上げられたかの様に膨大な情報が流れ込んできたことを。
「あの時、俺はあいつの思考を読もうとして過去の記憶まで全部が流れ込んできた」
「は?」
制御を誤ったのは確かではあるが、そこまでの事態とは思っていなかったつぐみ。
何故なら念視分析は相手の過去の記憶を読み取るなんて制御が誤っても絶対にやらない。
そんなことすれば、人間一人分の人生の記憶は膨大な記憶量にあたり、それこそ超能力の反動で脳が破裂してもおかしくないのだ。
それほど膨大な情報を脳に入れるためには、脳自体がそれに耐えうるだけ進化していないといけない。
故に感応系の能力者は能力の制御に慣れていない幼少期に命を落とすことも少なくない。
「よく生きてたねあんた」
「全くです」
「でもそのレベルで制御を乱すなんてね・・・」
「信じられねぇと思いますけどつぐみ先生。俺、あいつの記憶は家での日常しか見えなかったんですよ」
「まさか、意図してそこだけを見せたってことかい?」
「わかりません。ですが明らかにみられても問題がないような記憶しか見れませんでした。まるでーーー」
記憶を見てしまうほど超能力の制御が失敗するのがわかっていたかのように。
そもそも制御に失敗していた時に、自身が意識が朦朧としていたことに澪は驚いた様子を見せなかったと思い返して気づいてしまった。
「まるで、意図的に制御失敗をされたようだ?って」
「はい」
「ん-・・・ひひっ」
つぐみは思わず笑みを零してしまう。
感応系のレベル6の制御を乱すレベルの超能力者が、レベル1として登録されているその事実に笑みを零さずにはいられなかったのだ。
「お前、八神の電話番号持ってたね?」
「八神っておいババァまさか!?」
ババァという言葉に間髪入れずにげんこつをかまし、そのまま大場の意識を刈り取った。
そして大場の懐を漁りスマホを取り出した。
「暗証ロックくらいかけろよ若いもんが。んっとどれだどれだ?ん?電話帳にはないな。メッセージアプリの方か」
メッセージアプリを開き、八神清美の名前を見つけて電話を掛ける。
「あー、もしもし八神。実は頼みたいことがあって。あ、大場?あいつは鉄拳制裁で夢の中ー」
つぐみが電話をかけた相手である清美はつぐみの妹の娘で姪に当たる。
彼女こそ1学年次席にして澪がいなければ主席であり、そして序列も1学年でトップの超能力者だった。