3話
この学園の決闘は基本的なルールがあった。
1.対戦相手を殺した場合、殺人罪が適用される。
2.決闘の際には学園規定の制服を着用し、ネクタイを取られた側の敗北である。
3.武器や制御装置など、制服以外の持ち込みは原則禁止
以上の三つを守ればなんでもありの闘いであり、スポーツの大会に出場禁止の超能力者達にとって、これが唯一の競い合える場所とも言えた。
その為、反超能力団体ノアの箱舟に所属する両親を持ちながら学年主席で、更に能力のレベルが低く序列が最下位のチグハグの記録を持つ澪の決闘は全校生徒が興味を引く内容であり、ギャラリーも賑わっていた。
「どうしてこうなった?」
待合室で澪はため息を吐きながらそう呟いた。
同じように待合室で待機している一花は呆れた目を澪に向ける
「澪ちゃんが阿部や大馬鹿の押しに負けたからだよ」
「だってあのままじゃ一花の名誉に傷がつくじゃない!」
「澪ちゃんのそう言うところ大好きだけど、私ならあんな言いがかりどうにかできたよ?それでどうするの?澪ちゃんの能力を使えば、この場で出せば誰かは絶対に気づくよ?」
もし気づかれれば平穏な生活はままならなくなることは澪にもわかる。
「そうなのよね。でも仮にも大馬鹿はサイコメトリーだもの。思考は常に探られないように意識してるけど、生身で一花の拳受けて無傷なのよ。超能力なしじゃ厳しいわ」
超能力で強化された肉体に反応できているならまだしも、大場は食らった上で無傷だった。
澪にとって警戒しない理由はないレベルだった。
「素直に負けようかな?」
「阿部の思う壺ね」
阿部は普段はだらしがない接しやすい人間ではあるが超能力絶対主義で有名であり、澪がレベルが低いのに主席であることが気に食わなかったから決闘を促したと一花は判断していた。
それ故に澪がタダで負ければ、阿部は難癖をつけて来ると考えていた。
「考えすぎよ?あの阿部よ?」
「ともかく、澪はここで負けたらダメ!能力を使わずに勝つ方法考えて勝って!」
「無茶言うわね一花」
澪は頭をかきながら決闘場に向かってく。
どうしたものか考えながら壇上に上がると、腕を組んで仁王立ちする大場がいた。
「やっときたな一条」
「不本意ながら」
「俺達は互いに相手に直接左右できる能力じゃねぇ!だから思う存分やらせてもらうぜ!」
「はぁ、そうね。お手柔らかに」
「それでは両者前に出ろぉ?」
澪と大場は前に出ると、一礼をする。
格式に乗っ取った正式なものであるため、作法もきっちりとしていた。
「両者相手に対して要求する命令を言え!」
「一条、お前は今後春山一花には近づくんじゃねぇ!お前はあいつにふさわしくねぇ」
「はぁ?なんでそんなこと口出しされるわけ?流石に受理しないわよね?」
「受理する!」
「噓でしょ・・・」
阿部の言葉に開いた口が塞がらない澪だった。
この命令は常識の範囲外で、受理されるわけがないと誰でもわかる。
そしてこれが受理されるとすれば、今後決闘をする付けあがった輩が出るのは目に見えていた。
「一条、お前も命令を言え」
「そうね、じゃあ私も同じでいいわ。頭に来た」
澪は負けられない状況にさせられた為、能力を使うことも厭わないことにした。
少なくとも決闘は正式な校則であり、もし万が一でも負けるようなことがあれば澪は一花に近づくことはできなくなる。
「今回は俺が審判を務めるぅ。ではぁ始め!」
合図と共に大場は前に飛び出した。
相手の思考を読める精神感能と違い、得物を使うのが得意とされる念視分析にとって、素手と言うだけで実はハンデだったりもする。
「一花ほどじゃないけど速い!生身なのにやるじゃない」
「当たり前だろうが!こちとらサイコメトラーだぞ」
しかしそれでも肉弾戦が得意な超能力として挙げられる念視分析は凄まじかった。
それは自身の肉体の動かし方を分析して戦ってるからだった。
「おらぁ!」
大場は迷いなく澪の顔を殴りつけようとする。
決闘はネクタイをとれば勝利できるルールだが、動いて警戒している人間からネクタイを奪う難易度は高く、大体の対戦相手を昏倒させた後に奪い取るのが主流となっていた。
「女子に対してその勢いで顔を狙うのはヤバいでしょ!?」
大場は顔を狙いながら、その隙に足を払おうとするが澪はうまく避けている。
まるで未来が見えているかのように。
「お前、能力は念臭じゃなかったか?まるで予知してるみたいな動きだ。まさか未来視?」
澪を殴りながら、大場は思わずつぶやいた。
それだけ澪の対応が早い為だった。
「戦闘中に行えるならレベル4以上よ?私が能力認定の時に出された念臭はレベル1。もし私が複合能力者だとしても、レベル1で戦闘中に行えるほどじゃないわ」
超能力もレベル1と2は無能力者より少しだけ特技がある程度で、レベル3が落ち着いた場所なら超能力を制御でき、レベル4以上が動きながらも能力を扱うことができるという能力者の位置付けにある。
これは超能力が自身の体内で生成されるエネルギーを外に放出させることで事象を起こしているためである。
レベル1の予知程度では正確性が悪く、戦闘中に未来を見るだけで体内のエネルギーが発散され、息切れを起こし動けなくなってしまうため実用性には乏しかった。
「未来視じゃないならなんで俺の動きを見切れる!」
「あんたが遅いからでしょ」
「ふざけんな!」
その瞬間、大場が澪の腕をつかんだ。
念視分析は生物を分析するときは、触れてる時が一番できる。
その際、相手の思考や記憶も読み取ることができるため、強力な破壊力を持つ能力よりも恐れられることが多い。
「悪いな。ESP戦ってのは土俵の違う相手と戦うもんだ。そして超能力のレベルが低いお前の作戦を読み取れば俺の勝ちは明確になーーー」
その瞬間大場は鼻から血を噴出し、澪から手を離した。
視界はグラグラと揺らぎ、酷い乗り物酔いのような眼を回したような感覚に陥った。
「霊波操作。やっぱり澪ちゃんはすごいなぁ。それにこれなら誰も澪ちゃんの能力には気づかない」
待合室で中継を見ながら一花は呟く。
澪の能力 霊波操作は正式名称ではなく、澪が救った蓮華が名前を付けた。
霊波操作はその放出させて起こす事象を大気のエネルギーを操作し補填する能力だった。
簡潔に言うならば超能力のレベルを一時的に引き上げる能力だった。
大気中のエネルギーであるため、その際限は理論上は無限に上げることができる。
エネルギーの塊である異形の蓮華もその様にして大気のエネルギーを注ぎ込み、異形自身にある自己治癒力を高めることで、瀕死の状態から治療をすることができた。
「大馬鹿?大丈夫?超能力の制御ミスかしら?でも決闘は体調不良は考慮されないわ。もらうわねネクタイ」
そう言いながらふらふらと立っている大場のネクタイを掴み解き、ネクタイを上に掲げた。
澪がやったのは、大場の能力の強化。
先ほど使用した際の念視分析のレベルは7相当だった。
普通なら強化された状態になるが、それほど甘くはなかった。
レベルが1上がるごとに能力の負担は身体に来る。
そして感覚系統の能力は脳で膨大な処理を行うため、制御を誤れば脳が脳震盪を起こしたような状態になる。
レベルを上げて制御を誤らせた結果がこれだった。
「ま、待ちやがーーー」
「待ちませーん。阿部先生、ほら勝利ーーー宣言を・・・」
澪は阿部の表情を見て、背筋がゾクりとした。
口角が三日月を描いたように上がり、熱い視線を澪に向けて放っていたからだった。
ギャラリーはほとんどが何が起きたのかわかっていないにも拘らず。
「おっとすまないなぁ。勝者一条澪!校則に基づき大場は春山に近づくことは禁止なぁ」
阿部の宣言の後、会場に歓声が響き渡った。
決して派手な戦いではなかったが、レベル1がレベル5に勝利すればこうなるのは当然だった。
しかし澪にはその余韻に浸ることなく、ただただ阿部の表情を見ながら一花の待つ待合室へと戻っていった。