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三題噺もどき3

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくさんじゅうよん。

 


 目の前にいるのは吸血鬼の男だ。


 数か月前に事故で妻を亡くし、悲しみに暮れている吸血鬼。

 昼間に出かけたまま帰らぬ人となった妻を、追うに追えない吸血鬼。

「……」

 暗闇が広がるこの部屋に一寸の光もない。

 彼が光を嫌うから。

 彼が十字を嫌うから。

 彼が悲しみに暮れているから。

「……」

 冷え切った布団の置かれたベッドと。

 小さな棚とその上に置かれた写真。

 彼のうなだれる椅子。

 それだけがこの部屋にあるもの。

「……」

 私はこの男の妻を知っていた。

 町に移り住んできたその日から、彼女は町の人々に好かれていた。

 人懐こい笑顔がよく似合う人だった。

「……」

 子供ながらに、その笑顔にとても惹かれた。

 だからというわけでもないが、私は彼女が好きだった。

 毎日のようにこの家に通い、話をして、お菓子をもらったりして。

「……」

 その時に、この男についても教えてくれた。

 というか、会わせてくれた。

 私の素敵な旦那様よとはにかみながら。

「……」

 その時に、吸血鬼なのだということも教えてくれた。

 だから、日中は外には出ないのだと。

 真っ暗なこの部屋でいつもは寝ているんだと。

「……」

 直接、会話を交わすことはなかった。

 いつだって間に彼女がいて、彼女が話して、私が聞いて。

 男は少し鬱陶し気に、それでも追い出しはしなかった。

「……」

 いつだったか。

 旦那様に髪を梳いてもらうのがとても好きなのだと教えてくれた。

 美しく長い髪を持った彼女は、これは全部旦那様のおかげなのだと言っていた。

「……」

 その話の流れで、髪を梳いてもらっているところを見たことがあった。

 もちろん彼女は、私と話しながら。

 けれど私は、その時はあまり話に集中していなかった。

「……」

 正直言うと、本当にこの二人は夫婦なのかと疑っていたのだ。

 そんな年齢でもないが、この男は本当に彼女のことを思っているのだろうかと疑っていたのだ。これもなにもかも、子供心かもしれない。

「……」

 でもその時、確信したのだ。

 彼女の、自分の妻の、髪を梳く。

 その彼の表情の、なんと柔いことか。

「……」

 この人は本当に、愛しているのだ。

 生きる時間は違えど、妻を愛しているのだ。

 死ぬまでの間、妻をどこまでも愛しているのだ。

「……」

 あの時間は、いつまでも忘れられない。

 今目の前でうなだれている男からは想像もできないほどに。

 あの愛おしむような表情は忘れられない。

「……」

 彼女が亡くなって数ヶ月が経ち。

 この家には誰も寄り付かなくなっていた。

 町の人たちは、あの人のことを忘れていた。

「……」

 私は忘れられなかった。

 彼女のことも。

 この男のことも。

「……」

 だからこうして。

 未だこの家に居座り続ける彼に。

 何をするでもなく会いに来る。

「……」

 うなだれ、悲しみに暮れ、何をするでもなく。

 ただ息をして、未だに生き続け。

 ここに居座り、彼女の残滓を求め続ける。

「……」

 いっそ死ねたらと彼は言った。

 ならば日を浴びればといった。

 しかしそれは出来ないと言われた。

 なぜと言ったら。


 死んでくれるなと。


 そう言われたのだとうなだれた。


「……」

 私には何もできない。

 ただ見ているだけしかできない。

 救うことなんてできやしない。

「……」

 だって、これは―




「……」

 ぱちりと目を開ける。

 見慣れた天井が広がる。

 なぜだか、酷く泣きたくなった。








 お題:吸血鬼・髪を梳く・布団

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