隣国に亡命しましたが、何か?
「それからね。ジョンは神の家に入っても大丈夫だと思うんだが、ミリーはすぐに神の家から追い出されるかもしれない。もし、神の家から追い出されたら神聖国の内裏で暮らせるかい?」
僕にはピンと来た。
ミルの寝相、じゃなくて、就寝中の小爆発だ。
誰かを滅しちゃうかもしれないからね。
ミルにも理由が分かっているのか、僕の方を見て決めて欲しがっているので、おやじに向かって僕は頷いた。
「内裏で暮らしても神官になれますか?」
ミルが恐る恐る聞くと、おやじは笑顔で力強く肯定した。
「なれるなれる。ミリーの父上も母上も外部受験で神官資格を取ったんだよ。ミリーもきっと大丈夫だよ!」
ミルはホッとした表情で笑みを浮かべたが、それは悟られないレベルで自然な、だけど作られた表情だった。
ミルは大魔王が苦手で、魔王が嫌いだ。
それを悟られないようにおやじの前で初めて表情を作った瞬間だった。
それがミルにとってのおやじとの距離感だ。
ミルにしてはかなり気を許しているが、全部は見せない。
神の家に入る前に確認出来てよかったと思った。
おやじは良かれと思って二人の名前を出したのか、ミルを試すつもりだったのか……
いずれにせよミルが表情を作ると僕にはわかってしまうんだ。
だから、ミルに表情を作られると僕は物凄く凹むし、動揺する。
入学式場の前でミルに他人行儀にされた僕が酷く動揺した理由を分かってくれただろうか?
「それなら、神の家に入らないで、内裏でジョナサンを待つこともできますか? ダジマットの姫は嫁ぎ先で育つのが普通のことなのです」
ん?
嫁ぎ先?
おぉ。そうか。
僕も皇王の子供になるから、ミルの嫁ぎ先は神聖国皇家ってことになるのか?
その後、2人で市井に降りるにしても、僕が自立できるまで内裏で預かってもらえるなら安心だよね?
「ミリーは、神の家よりも内裏の方がいいの?」
うん。おやじは、良い!
ちゃんとミルの気持ちを聞いてくれるから、そういう意味でも安心だ。
「内裏の方がいいというか、長い間ジョナサンの状況を知る術がないのは心もとないですし……」
なにこれ。
キュンなんだけど。
嫁ぎ先とか、待っているとか、僕の状況を知っていたいとか、キュンが溢れて止まらないよ。
「多くの貴族令嬢達が良い結婚相手を水盆の神託で教えてもらうために神の家の枠を争っていると聞きました。わたくしは、水盆に相手を教えてもらう必要はないですし……」
ぐわっ。
キュン、再び!
ミルは僕のお嫁さんになるって決めてるってことだよね?
僕にとってミルは幼いころから僕の唯一だけど、ミルにとっても僕が唯一かもしれないと思うと、もう、ね。
キュンが止まらないよね。
ねぇ。どう思う?
ミルも僕を愛してるってことで、いいと思う?
僕はミルが好きすぎて、ちゃんと判断できる自信がないんだ。
みんなそんなもん?
とにかくそれでミルは内裏で暮らすことになった。
おやじはそうやって丁寧に話し合いをした上で、神殿で正式に僕たちを神聖国皇家の養子として登録してくれた。
でも、今、思い返せば、気になることが沢山ある。
ミルはダジマットの籍を抜かれるとき、一瞬眉をひそめた。
あれは取り繕う余裕もない純粋な驚きだったと思う。
元の戸籍が想像と違ったのか、新しい戸籍が説明されたものと違ったのか。
よくわからないが、この時のことについてミルに直接聞けないまま神の家に入った。
「必ず迎えに来るから」
別れの時、僕はそう言ってミルの額にキスをした。
「待ってる」
ミルはそういって、僕の唇にキスをした後、僕のシャツの胸元を引っ張り下ろして心臓の辺りにもう一度キスをした。
そのキスに何か意味あると気付いたのは、その時、おやじの顔に驚きの表情が浮かんだからだ。
おやじは「心底驚いた!」って顔をした後、なんというか「ああ。なるほど」って納得してた感じだった。
僕はミルが唇にキスをしてきたことで、驚いたりドキドキしたりして、おやじの表情は気になったけど、それどころじゃなかった。
あとで、ミルにキスされても動じない大人の余裕みたいなものを身に着けたいなとか思ったけど、ぶっちゃけ16才になった今でもミルにそれをやられたらドキドキしてパニックに陥る。
なんせ僕は結婚してもミルの唇にキスが出来ていないからね。
したいんだけど、ね。
は?
ヘタレとか、言うな。
とにかく、その後の僕は神聖国の神の家で孤児やら貴族令息達やら個性の強い奴らとゴチゴチぶつかりながら神官修行に明け暮れた。
それで王族にしては言葉が悪いんだ。
ただのボンボンの王子様じゃないんだよ。
は?
今、また「ヘタレだけどな!」って言っただろう?
聞こえたぞ。
ふざけんな。