10才でキュン死するところでしたが、何か?
「私からの受け入れの条件が2つあるんだ」
翌朝、僕の両親からも、亡命に関する知覚が得られて、僕たちは神の家に呼ばれた。
「知覚」とは不思議な表現だ。
ミルの時に使われた「確認」でもない。
一般的に使われる「認識」でもない。
認めている?
認めていない?
よくわからないが、僕の両親がピーターバラ王家の総意を得ずに見切り発車で同意したことがその変な言葉から伺えた。
今はピーターバラに入って、この国の複雑さを知り始めたから、僕の両親はかなりのリスクを取って返信を送ったのだとわかる。
この件に関しては、僕は一生両親に頭が上がらないだろう。
兎も角も、僕もミルもジッと皇王を見つめて次の言葉を待った。
「1つ目はね、孤児ではなく、私の子供としてなら受け入れよう」
僕とミルは見つめ合って、頷き合い、次の言葉を待った。
「2つ目はね、絶対服従は禁止だ。以降、どんな相手にも、どんな状況でも、絶対服従の礼を取ってはいけない」
僕がミルの方に顔を向けると、ミルは俯いていた。
なんで?
ミルは、俯いたまま、僕の方も、皇王の方も見なかった。
この旅で新たに発見したミルのクセだ。
同意できない時には、俯く。
でも、理由が分からなくて混乱している僕よりも先に、皇王はその理由に気付いた。
「ああ。お互いは、いいよ。お互い以外にはダメだ。これなら約束できるかな?」
ミルは僕の方を見ずに、真っすぐ皇王の方を見て頷いた。
え?
ミルは、僕に絶対服従を誓わないなんて約束できないから了承できなかった?
つまり、僕には絶対服従を誓うかもしれない?
これがキュンだよ。
これ以上のキュンがあるか?
絶対ないね。
もう、キュン死するかと思ったよ。
だから僕の側近候補たちがどんな理由で当代聖女エアリーにキュンしようと、僕は鼻で笑いたくなるんだ。
これが僕の妻だ。
僕は今、渾身のドヤ顔をしている自信があるね。
でも、まぁ、その日からミルに絶対服従を誓ったのは僕の方だけどね。
そして、僕は絶対服従の重みを知ったよ。
それを教えてくれた皇王聖下のありがたさも、ね。
「あ、それから、孤児に扮していたぐらいだから将来的には市井で生きていきたいって感じなら、ジョナサンとミルドレッドは、ちょっと名前が立派過ぎるね? 改名する必要はないけど、呼び方はもうちょっとカジュアルにしないと」
「カジュアル?」
そんなこと考えたこともなかったが、市井の名前はもっと短くて呼びやすいらしい。
僕には市井について学ぶことが多いなと身が引き締まった。
いずれミルと共にそこで生きていくつもりだったんだ。
「そうだね。ご両親から貰った名前を崩して… アンが呼んでるようにジョンとミリー、なんてどうかな?」
カジュアルな名前と言うのは、家族呼びの事らしい。
侍従や女官は僕たちのことをそう呼ばないけれど、魔王、大魔王、小魔王、暗黒神は僕たちのことをそのように呼ぶ。
夫婦は真名で呼び合うと教えられているから、ミルは僕のことをジョナサンと略さないで呼ぶ。
あれ?
僕はいつからミルのことをミルと呼び始めたんだっけ?
幼い頃はミルドレッドと言えなくて、ミルと呼んでいたのがそのままになった?
ミルは僕の方を向いて決めて欲しがっていた。
知ってる。
ミルは、こういうのは心底どうでもよいと思ってるタイプだ。
一方、僕はミルよりはこだわるからね。
「ありがとうございます。気に入りました」
その時は本当にいい名前だと思ってそう答えたけど、僕は結局ミルのことをミリーと呼んだことがないように思う。
「で、私のことはパパと呼んでね。君たちには妹がいて、パパと呼ばれているからね。もしくはユッピィでもいいよ。妻がそう呼んでるんだ」
あぁ。皇王聖下は幽玄だったか。
ユッピィはムリだし、パパも苦しい。
そんなことを考えてると、皇王聖下は代替案をくれた。
「おやじ、でもいいよ。市井ではそんな呼び方をするんだ」
僕はその案に頷いた。
ミルはビックリ顔で僕の方を見た状態で「わたくしはパパの方が……」っと呟いた。
皇王聖下はくすりと笑ってフォローを入れてくれた。
「じゃぁ、ジョンはおやじ、ミリーはパパと呼んでくれればいいよ」
皇王聖下は、いや、おやじは、素晴らしい人だと思う。
いとも簡単にミルの懐に入って見せた。
ミルは僕と話すとき、生みの父親のことを大魔王と呼ぶが、皇王聖下のことはパパと呼ぶ。パパの方が心の距離が近そうに感じるのは、僕だけだろうか?
しかも強いし、権力もある。
ミルの庇護者として完璧だ。
僕だけじゃ、心もとないからね。
本当に感謝してる。
僕は今もミルが生みの父親である大魔王を苦手としている理由が分からない。
だからこそ、おやじがいてくれて良かったと身に沁みるんだ。