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過去の自分は可哀そうな奴でしたが、何か?

「きっと父さまもその手紙を読んで、教育方針を転換したのよ。わたくしたちが手と手をつなぐようになったのは、この世界の時間が再び動き始めてからよ?」


「手紙の僕、堅物すぎないか?」


 驚きを隠せない僕を見たミルは、フッと力が抜けた笑顔になった。

 そして、僕の手を取って自分の指を絡めて握った。


「こんな風に手を繋ごうとしたら、『はしたないからやめなさい』って、振り払われたかもしれないわ」


 このつなぎ方は10才には早い。


 でも、普通に手をつなぐこともしていなかったなんて、信じられない。


 おかしくなっちゃったのは、スキンシップ不足が理由だったんじゃないの?


「ミルは、こっちのはしたない僕が好き? 堅物のあいつよりも好き?」


 思わずそう聞いてしまった後、すぐに後悔した。


「今のジョナサンとあの頃のジョナサンが別人だとしても、その質問はダメ。混沌宮にいた頃のジョナサンは、わたくしの婚約者で、友で、兄で、親で、魔術の師で、わたくしの全部になってくれたの。わたくしのために完全無欠で完璧な王子様になってくれたのよ。凄く大変だったハズなのに、立派だわ」


 なんだろう?

 なんかちょっと距離がある?


 気のせい?


「そうだね。ごめん。手も繋いだことない、キスもしたことない相手にヤキモチを焼くなんて、どうかしてた。確かに、立派だ」


「……」


 え?

 何、この沈黙?


 まさか?


「ミル?」


「あのね、ジョナサン。まず、最初に、どうしてわたくしたちが混沌宮で暮していたのかと言うと……」


 何故に突然が切り替わる?


「ミルが転移紋で遊んでいて、吸い込まれるときに僕がミルをつかんじゃったって、手紙に書いてあった」

 

「そう。それから1年ほど、暗闇の中でわたくしはわたくしのかけらを集めていたの。ジョナサンの目線では、1年も眠ったまま意識を取り戻さなかったの」


「うん。世界の仕組みのゴミ箱に入ってたんでしょ?」


「お姫さまがね、眠っていたら、王子様はどうする? 5才なの」


「まさか『真実の愛のキス』でお姫様を起こそうとしたとか?」


「正解よ。でも、わたくしは起きなかった。王子様は自分の愛が足りてないとガッカリして、自信を無くしたのではないかしら?」


 真実の愛のキスでお姫様が目を覚まさなかった王子様、か……


「愛が足りてないと自分を責めるのは、あるかもしれない」


「いろいろ工夫して、何度もキスをしたけど、起きなかったの」


「何度も!?」


 なにぃ?

 何度も、だと?


「そこはあんまり問題じゃないわ。王子様はお姫様が起きない間、ずっと自分の無力感と戦っていたのよ。気の毒な王子様に、寄り添って?」


「うん。また、やっちゃった。ごめん」


「お姫様はちゃんと王子様が話しかけるのが聞こえていたの。『ミルドレッド、戻って来て』って、ずっとずっと話しかけてくれていたのよ。それでわたくしは頑張って自分のかけらを集めて王子様の元に戻った。王子様は無力じゃなかったの」


「王子様が無力じゃなくて、よかった」


「わたくしが目を覚ました後、王子様の声は聞こえていましたよと本当のことを言っても、信じてくれていたかどうか、わからないの」


「無力感に苛まれ続けた?」


「見た目は優しく素敵な完全無欠の王子様で、何を考えているのか余りわからなかったの。でも、アンが混沌宮に『夜』を導入した時、王子様はとてもとても眠りにつくのを嫌がった。わたくしは目を覚まさないかもしれないから、不安だって」


「夜がなくて、眠たくならない世界なんて、想像がつかないけれど、その生活に慣れた後、急に眠りましょうと言うことになったら、一気に不安が襲ってくるかもしれないね」


 ミルは、真面目な顔で、頷いた。


「だから、おはようのキスを取り入れたの。朝食の前に、わたくしからジョナサンにキスをするの。ちゃんと起きましたよ。大丈夫でしょ? って」


 それでミルは僕にいとも簡単にキスをするのか?


「手紙の僕は、キスを返した?」


「いいえ。王子様はわたくしが目を覚ました後に、キスをしてくれたことはなかったわ」


「ミルは王子様がキスを返してくれなかったことが悲しかった?」


「いいえ。その時は悲しくなかった。でも、ジョナサンが神の家に入る時にわたくしの額にキスをしてくれたでしょ? あの時、とってもとっても嬉しかった。今のわたくしは、ジョナサンがキスをしてくれると、凄く嬉しいわ」


 気づけば僕はミルを抱き寄せてキスしてた。

 沢山の、小さなキス。


 お姫さまと王子様の目覚めのキス。


 手紙の僕が目覚めた後のお姫様に出来なかったこと。


 お姫様が王子様に望むことすら控えていたこと。


 全部を取り戻すように、いっぱいした。


 

「ねぇ、ミル。僕は、どうしても、どうしても、君にちゃんと求婚したいんだ。僕の気持ちを言葉にして伝えたい。僕にとっては大事なことなんだ」


 ミルはちょっとビックリして、それから真っ赤になって、ゆっくりと頷いてくれた。

 突然の求婚宣言。


 今、直ぐに言えばいいじゃないかとか、情緒のないこと言わないで?


「でもね。ここはイヤだ。ピーターバラじゃないところがいい。それにパジャマで求婚なんて、絶対にダメだ。明日、学園を休んで2人で何処かへ出掛けよう? 完璧で素敵な求婚にならないかもしれないけど、サプライズじゃないけど、いいかな?」


 ミルの瞳が涙で湿ってキラキラしている。

 すごく綺麗だ。


「嬉しいわ。凄く嬉しい」


 ミルはそう言って、僕の唇にチュッとキスをくれた。


 それはなんとなく、今までのおはようのキスではなくて、「大好きよ」のキスな気がした。


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