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過去の自分にヤキモチを焼きましたが、何か?

「ジョナサン、正直に教えて欲しいの。何がイヤなの?」


 ローブ姿のミルとパジャマ姿の僕は今、居室のソファーに向かい合って座っている。


「イヤって、何が? 本当に疲れているだけだよ? 緊急避難訓練は明日でもいいでしょ?」


「意図的に先延ばしにしようとしている理由を聞いているのよ? 一昨日も、昨日も、今晩も。転移魔法が嫌いなの? 混沌宮がイヤ? それとも自分で準備した避難場所がいい?」


「そういうんじゃ、ないよ? そういうんじゃ、ないんだ」


「じゃぁ、なんなの? 本当に分からないから教えて欲しいの」


 ちょっと良くない雰囲気だ。


 僕は、手紙の僕がミル狂信者だったことをどう説明したらいいか決めあぐねている。


 それに、ミルは手紙の僕に好かれていなかったと思って悲しんでいる。

 それって、手紙の僕が好きだったってことだ。


 僕と手紙の僕、どっちが好き?


 混沌宮に行きたがっているのは、大事な思い出の場所だから?


 一昨日は、聖女とのダンスでへとへとだと言って延期した。

 昨日は、久しぶりに何のイベントもなくてゆっくりできる日だからと言って延期した。


 今日は……


 行きたくないんだ。

 君が他の男と暮らしていた場所になんて、行きたくないんだ。

 例えそれが自分自身で、5~10才だったとしても。

 いや、普通の子供だったらいいよ?

 でも、あの手紙の僕って、ライバル感があるんだよ。


 バカげていると思うかい?


 それに、あの手紙の僕、どうも僕っぽくないんだ。

 

 すごくしっかりしててさ。


 絶対あいつに負けてるって、自信ある。


 だから、行きたくないんだ。

 どうしたらいい?


「もう少し、気持ちの整理をしてから、行きたいんだ。明日には気持ちの整理済ませておくから。だから、今日はもう寝よう?」


「分かったわ。そうしましょう」


 ミルは小さく溜め息を飲み込むように息を吸って、自室へ戻った。

 ああ、雰囲気良くない。

 

 お風呂に入って、着替えたらすぐに来てくれるかなと思っていたんだけど、ミルはなかなか寝室に現れなかった。


 不貞腐れて自分のベッドで寝ちゃったのかもって思ったから、ミルの寝室に行ったら、いなかった。

 慌てて衣裳部屋を探してもいなくて、バスルームに駆け入ったら、タオルで髪を乾かしながら泣いてた。


 なんで?

 そんなに大ごと?


「ミル? 泣いてるの? どこか具合が悪いの?」


「なんでもないの。きっとわたくしもちょっと疲れ気味なのね。イベント続きだったから」


 ミルはそう言って、笑顔を作った。


 ミル、やめて。

 作り顔は、やめて。

 距離を作らないで。



「ごめん。僕の態度が悪かったんだよね?」


「ちがうの。本当にちがうの。髪を乾かしたら行くから、先に寝てて?」


 髪を乾かしたらって、そんなの一瞬で……

 ミル?

 もしかして魔法で乾かせないの?


「ん。僕がやる」


 僕は新しいタオルを取って、パジャマ姿のミルをお姫様抱っこで居室に運んでソファーに下ろした後、少し時間を掛けて手櫛しながら温風魔法でミルの髪を乾かした。


 タオルはミルの涙を吸い取る用だ。


「ミルの髪はサラサラで、指通りが柔らかいね?」


 僕が指に絡めた髪をすんすん嗅いでいると、ミルはようやく作り顔じゃない顔で笑った。


「髪の匂いも嗅ぐの? 変態が定着してきちゃったわね?」


「混沌宮の僕は君の匂いを嗅がなかったの?」


 ミルはちょっと驚いた顔になった。

 なんで?


 手紙の僕は、変態を通り越して狂人だよ?

 絶対嗅いでたでしょ?


「混沌宮のジョナサンが貴方とは別人みたいな言い方ね?」


「手紙の僕は、別人だよ。ねぇ、そいつは君に何してたの?」


 ミルは更に驚いた顔になった。

 同時に僕が混沌宮に行きたがらない理由の取っ掛かりを掴んだことに気付いてしまった。



「仮に、ね。混沌宮のジョナサンが貴方とは別人だったとして…… そのジョナサンは『ピーターバラ第3王子ジョナサン』だったのよ? 完全無欠で完璧な王子様。リハビリ以外でわたくしに触れることはなかったわ。そのリハビリだって無機物から精霊を作って介助させたわ」


「は?」


 手紙の僕、奥手か?


「ジョナサン、自分の5才の頃、覚えている?」


 ん、幼かったから、何もなかったって言いたいの?

 10才の頃のあいつ、自分で自分のこと狂人だなんて書くぐらいには大人だったよ?


「5才? あんまり覚えていないけど……」


「その頃は、ピーターバラの教育係しかいなかったの。それで完璧なマナーとやらを習得している頃だったの。どのように教わった?」


「どうって、王太后がやかましく言ったみたいに、女性とは常に適切な距離を保って、腕を貸すか、手を乗せるエスコート以外では触れない?」


 バカバカしい。

 混沌宮でミルと二人きりだったんだろう?

 そんなの守るやつがいるのか?


「完全無欠な王子様がその枠から出ると思う?」


「出るよ、僕は。というか、そんなの守ってないの、ミルも知っているでしょ?」


 ミルは、思案顔に変わった。


「そういう意味では確かに別人かもしれないわ」


「えっ? まさか??」


「そうかもしれないわ。二度目の5才は環境が大きく変わったわ。ピーターバラの教育係は遠ざけられ、リーズの教育係とダジマットの魔術の師がついたし、大魔王にたっぷり甘やかされたし、わたくしは素で接したし、10才以降は神聖国で孤児たちや他国の貴族たちと共に不埒なことも含めていろいろ学んだ」


「え? 本当に君に触れなかったの? 手紙には散歩が日課だったって書いてあったよ? 手ぐらいつないだでしょう?」


 僕たち、幼い頃から手をつないで散歩していたよね?


「散歩はしていたわ。腕を貸してくれて、わたくし手を添えるだけよ?」


「はぁっ? 子供の頃から?」


「いえ。正確には5才の頃までのわたくしたちの距離感をそのまま10才まで続けたのよ」


 僕はへなへなとミルの隣に崩れ落ちた。


「5才の頃まで、そんなだったっけ?」


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