拝啓、大魔王様①
翌朝は、夜明けと共に目が覚めた。
僕が寝ている間にミルが酒精を排毒してくれたらしく、気分爽快だ。
ミルはまだぐっすりお休み中だったので、しばらくいつものように後ろから抱きしめて、まったりしていた。
スー。ハー。
うーん。
ほんっと、安らぐな~。
ずっとこのままでいたい。
スー。ハー。
うっ。
いかん。
僕は、安らぎと共にじわじわと高まる興奮を抑えられなくなってきたので、ひとまずバスルームで身を清めた後、大魔王から貰った手紙を読むことにした。
僕が10才の頃に書いたものだというから、軽い内容だろうとすっかり油断していた。
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親愛なる大魔王様
前略。ダジマット宮殿のバラ園内のガゼホには、神聖国の混沌宮への転移紋が存在します。
5年前、まだ転移魔法を知らなかったミルドレッドは、そこにある見えない何かに興味津々で魔力を注いで遊んでいたら、転移紋に吸い込まれました。
それを見た僕は咄嗟にミルドレッドをつかんで一緒に吸い込まれました。
転移魔法で転移紋の中に入らなかった僕たちは、混沌宮のセキュリティーシステムに異物判定され攻撃を受けました。
ミルドレッドは僕を守るために結界を張った後、意識を失ってしまいました。
ミルドレッドの結界の中にいた僕とミルドレッドは、異変を察知し混沌宮に駆け付けた聖女シエラに救出されました。
ミルドレッドは身体こそ結界に守られたものの、精神や記憶は混沌のセキュリティーシステムの攻撃を受け粉々に砕け散ってしまった後でした。
聖女シエラは精神を失ったミルドレッドの身体が崩壊し始めるのを止めるため、この世界を止めました。動かなくなった世界は、時間が止まったのと似たような状態になります。
聖女シエルは、ROOT権限という一番強い権限を持っている混沌からSUDO権限という特別な権限を与えられているので、世界を止めたりすることができます。
他の聖女には出来ません。他の聖女はROOT権限やSUDO権限という言葉すら知らないだろうとのことです。
聖女シエルに関しては、今は信頼できずとも、一旦ぎゅっと目をつぶって読み進めてくださると幸いです。
僕はぎゅっと目をつぶって、信頼することにしたので、この今があります。
ミルドレッドの精神と記憶はバラバラに破壊されて、この世界を動かすシステムのゴミ箱に入れられていました。このゴミ箱は僕たちにとってのゴミ箱とは違い不潔ではありませんのでご心配なく。
この世界を動かす仕組みの中で、失敗したものや、いらなくなったものが入っています。
貴方が知っているものだと、「勇者」の仕組みやダジマット以前の「魔王」の仕組みなどです。
このゴミ箱は広大で、バラバラに散らばったミルドレッドの精神と記憶のかけらをそれぞれの容器の中に戻すのに1年くらいかかりました。
精神の容器は修復できないほど粉々だったので、聖女シエルが新しいものを作ってくれました。
聖女シエルによると、容器自体は人格形成には影響がないそうですから、このことでミルドレッドがミルドレッドでなくなることはないそうです。
次の1年は、ミルドレッドのリハビリをしました。精神や記憶が戻ったからと言ってすぐに元のミルドレッドに戻るわけではなかったのです。
中身はミルドレッドでしたが、上手く体を動かせなくなっていました。
リハビリで元の身体と同様の身体能力を取り戻しましたが、身体を動かさない期間が長かったためでしょうか、ミルは極度の運動嫌いになってしまいました。
最低限の筋肉を保持するため、毎日一緒に散歩をするようにしていますが、運動嫌いはまだ治っていません。
魔法もかなりヘタクソになっていたので、ものすごく練習させました。
3年目以降は、混沌宮から出るときに記憶を失わない方法を模索しました。
まず、混沌宮のセキュリティーの仕組みを説明します。
ROOT権限者である混沌は混沌宮のどこにでも入れます。自分の家ですから当然です。
混沌からSUDO権限を与えられた聖女シエルは、許された範囲の部屋に入れます。
それ以外の人は迎賓館までです。
それ以外の人が迎賓館以外の部屋に侵入すると、この世界は止まります。
混沌に直接招待された存在は、魔力の多寡問わず混沌宮の迎賓館に滞在できます。普通に玄関から歩いて入れます。
ダジマット家の紫色の瞳を持つ人は、専用の転移紋を使って混沌宮の迎賓館に入れます。これは、「魔王」に与えられる紫色の瞳をセキュリティーパスとして承認しているからです。
混沌がいなくても入れますが、転移紋を起動するに十分な魔力を注がないと入れませんから、「魔王」だったら誰でも入れるわけじゃありません。
紫色の瞳を持っていなくても一定量以上の魔力があれば、迎賓館に「侵入」できます。そして混沌はこれらの存在を見逃します。
数が少なすぎて無限希釈されるため、対策する価値がないからだそうです。
以上に該当しない存在が、以上に該当する存在に「連れてきてもらった」場合、混沌宮を出るときに中での「記憶」を取り上げられます。侵入者が別の存在を沢山連れてきたら混沌宮の知識を持つ存在の間の相互作用が無視できなくなるからです。
説明が長くなってしまいましたが、3年目以降は、ミルドレッドに「連れてきてもらった」僕が2年分の記憶を失ってしまわないようにするための魔術を開発するために迎賓館に留まりました。
少なくともミルドレッドはそのように信じていると思います。
でも、実際は違います。
記憶を保持する魔術は、ミルドレッドのリハビリが終わる前に完成していました。
僕がミルドレッドを独占したかったから、ミルドレッドだけと暮らす生活を止めたくなかったから、記憶を保持する魔術が完成していないことにしたのです。
この5年間で僕はすっかり狂人になってしまいました。
聖女シエルは、始めから時間を止められるのは5年間だけだと言っていましたから、僕は 元の世界が再び動き始めてからもミルドレッドを独占する方法をいくつか開発しました。




