魔王に謝り倒しましたが、何か?
「ジョナサン神聖国皇子猊下、ミルドレッドリーズ王女殿下。ようこそダジマットへ」
ダジマットの筆頭貴族で幼いころ僕の魔術の師匠だったジェリコ卿がダジマット宮殿の賓客用の転送紋の前で出迎えてくれた。
僕たちは本当にダジマットにとっての「客人」になってしまったんだな。
そう思うと身が引き締まった。
ジェリコ卿は、僕に魔術を教えてくれた頃は、優しいお兄さんだったが、今はデキる近衛感があふれている。
ダジマットでは、ダジマット王の指揮の元、20家の近衛が文官を率いて国が運営されている。
この近衛が他の国で言うところの貴族だ。
文官は全て一般受験だ。
ダジマットは民が民間で職を手にしやすくなるように、学生の年齢性別身分を問わない無料の基礎教養や職能訓練施設を沢山設けているが、文官を養成する王立学園はないので、なんとか自分たちで勉強して入ってくる。
貴族が全部で20家しかないってのは凄く少ないように思えるかもしれないが、神聖国は皇家以外は全て一般受験の神官で貴族はいないし、アカデミア共和国なんて王すらいない民主制だから一番少ないってわけじゃない。
兎も角も、ダジマット女王と王配、ミルにとっては生みの両親に拝謁した僕たちは謝り倒した。
ミルを国外に連れ出したこと、
僕が勝手に亡命したこと、
僕が神の家に入っている間、ミルをダジマットに戻さなかったこと、
そして昨夜、ドレスの件で王配にお手間をかけたこと。
最初の3つが重罪すぎて、ピーターバラの国宝「ラファエラのピアス」を献上した。
ミルはリーズの国宝「モードリンの首飾り」をそこに加えた。
「ラファエラのピアス」は先々代の悪役令嬢が初めて夫君より贈られた真珠のピアスで、どこに行くにもお召しになっていると聞いていた。
それほどに大切になさっているものをピーターバラの母上がどのようにして手に入れたのか知らないし、知りたくない。
先々代の悪役令嬢が先代の悪役令嬢に「わたくしの一番大事な宝物をあげるから許してあげなさい」と言っているようなもので、結構スパイスが効いた献上品だ。
ラファエラ様はご存命だ。
形見分けでもらったわけではない。
ラファエラ様の今現在の一番の宝物を渡されて「許してあげなさい」なんだから、尚のこと効力が増すだろう。
つまり、魔王はそれほどに怒っているということだ。
怖い。
「モードリンの首飾り」もなかなか凄い。
これはラファエラ様の前の代、つまり先先々代の悪役令嬢が婚礼の時に身に着けた三連の真珠の首飾りだ。
モードリン様は、既に寿命でお亡くなりになっている。
これは、形見だ。
聖女封印の魔石をおつくりになったのはこの方で、この方以外には作れないから、この方は亡くなった後に神格化されつつある。
ある意味、聖遺物だ。
リーズ王家がどのようにこの首飾りを手に入れたのか知らないし、知るのが怖い。
渾身の「ごめんなさい」の品なのだ。
魔王は許すしかないところまで詰められているとも言えるので、あんまり謝った感がしなくなって残念だけど、仕方がない。
国際問題だからね。
何がなんでも許してもらわないといけないんだ。
それで僕は気付いた。
もし大魔王がおやじと結託して、本人不在で不可抗力のように親主導で婚姻を結んでくれていなかったら、僕たちがダジマットの地を踏むことはできなかっただろうと。
あぁ、そういえば、ピーターバラの父上と日が変わるまで話し合ったときに、僕たちが本人不在で政略結婚させられた裏話を教えてもらったことについてまだ書いていなかったから、そのうち書くよ。
長いんでね、気後れしているんだよ。
かくして、僕たちは公式に魔王に許され、僕は予め願い出ていた通り、大魔王から結婚の許しを賜るためにミルを魔王の間に残して大魔王の執務室に移った。
「クレメント王太子殿下、私、神聖国第2皇子ジョナサンは、リーズ国王女ミルドレッド姫を一生涯に渡って大切にすることを誓います。だからどうかお嬢さんを僕の妻に下さい」
ソファーに腰かけることを勧められた僕は、その場で片膝をついて大魔王に結婚の許しを請うた。
そしたら、大魔王は「はへ?」って変な顔してちょっとふらついた。
立ち眩みか?
大丈夫?
「え? 大事な話って、もしかして、それ?」
「はい。他に何が?」
「何がって、君、もしかして、まだ混沌宮に行ってない?」
「混沌宮って、ミルが緊急避難先って言ってたところですか?」
「ミリー、混沌宮のことをそんな風に呼んでるの?」
「はい。はやめに緊急避難訓練をしたがっていますが、そんなことより、クレメント殿下、どうかミルドレッドとの結婚を許してください」
大魔王は、再び「ほえっ?」って変な顔して、とうとう客人である僕より先にソファーにへたり込んだ。
「ねぇ、君、もしかして、既にミリーと婚姻が成立していることを聞いてない?」
何故そこまで戻る?
「いえ。聞いていますが、それはそれ、これはこれです。僕はクレメント殿下からお許しをいただいてからミルに求婚したいのです」
「あ、あぁ、そう。そうなの? こほん。君なら歓迎だよ。どうか娘をよろしく。って感じでいいのかな?」
え?
何、この反応。
こだわりの強い大魔王っぽくないんだけど?
「ありがとうございます!」
僕は深く深く頭を下げた。
「うん。あの、まだ、例の手紙は読んでいないんだね?」
「手紙?」
「あ~。そう。うん。分かった。ちょっと待っててね。取ってくるから。あそこミルの家みたいになっているから、ちょっと入りずらいんだけど、そのままそこで待っててね」
大魔王はそう言って、傍仕えを呼んでお茶の支度を命じた後、ふっと消えた。
予告なしで転移するとことか、ミルに似てるな。
そして予告なしでフッと戻ってきた大魔王は、「ジョナサンへ」と書かれたリーズ王太子の紋章で封じられた豪華な封筒を自ら開けて中身を取り出した。
中身は「大魔王様」と書かれた別の手紙だった。
「これは君が10才の時、私に宛てて書いた手紙だ。何度も何度も読み返した。読めば読むほど娘を任せるのは君しかいないと思うようになった。今の君なら、君の手紙に書いてある『共に悪役令嬢の試練を乗り越えて、結婚して、出産して、末永く幸福に満たされた人生を送る』ことができるように思えるから、まずは読んでみて欲しい。出来れば一人で」




