顔だけ王子ですが、何か?
「ジョナサン、ちょっと座りましょうか?」
ミルはそうそう言って、僕をソファーに誘導し、僕の右手を両手で包んで話を始めた。
「もう出かけないといけないから手短に話すけれど、帰って来てからいくらでも詳しく話すから、全て話すから、もう隠さないから、信じてね」
「ミル、隠し事をしてたの? 何? 浮気?」
僕は頭も心もぐちゃぐっちゃになった。
「赤ちゃんの頃に貴方が攫われてダジマット宮殿に連れてこられた時、わたくしと婚約を結ぶ話が出て、わたくしの両親は聖女シエルに将来を占ってもらった」
「占い? 聖女が?」
「聖女シエルは両親の時と同じことを言ったそうよ。未来は決まっていないけれど、自分の影響範囲外で起こることは変えられない。ピーターバラの政局は混乱を極める、と」
「実際に凄いことになってるね」
「それで、わたくしの両親はジョナサンを自分たちで育てた方が良いと判断したのだと思うの」
「なるほど?」
「その時、シエルは口を滑らせた。『顔だけ王子』の方はちょっとツラい思いをするかもしれないけれど、未来は確定していないのよって」
「顔だけ王子?」
「そう。貴方の事よ。シエル本人から聞いたの。つまりアンね。アンは本当は何も言うつもりがなかったの。でもアンはたまに口を滑らせてしまうのよ。うっかりね」
「聖女シエルは、本当に未来が分かるの?」
「いえ。それぞれの魂が置かれた状況下で起こす行動の確率を計算できるの。状況を変動させれば、確率も変動する。積み重ねれば特定の行動に誘導することも出来る。聖女伝承の王子による婚約破棄とか、ね」
「は?」
当代聖女も僕がミルに婚約破棄を言い渡すように誘導できる?
冗談じゃない。
「アンは作為的なことを嫌うの。でも口を滑らせてしまったから、もう少し情報を出さざるを得なくなったの。貴方は周囲に『世界一美しい』と言われながら育つことで、どうせ僕は『顔だけ王子』なんだって、いじけちゃうって」
「そういえば教育係の一人が『顔だけ王子』なんだから最大限に利用しろって言われたことがあるね……」
「でしょう? その教育係は王太后派で魔王と大魔王の影響範囲外なのよ。だから魔王と大魔王は貴方に複数の教育係をつけて、容姿よりも大事なものがたくさんあることを教えた」
「魔術の師匠とか、リーズの先生?」
「そして、わたくしにも貴方の容姿について褒めないようにと言い含めた」
「だから『イケメン』じゃなくて、『美人さん』なの?」
「ジョナサンは本当に『美人さん』だし? 嘘じゃないでしょ?」
「僕の事、イケメンだと思ってる?」
「ええ、思ってるわ」
僕は気付いたら、ミルをヒョイと抱えて、膝の上に乗せていた。
うれしい。
「男として? かっこいいと思う?」
「ふふふ。凄くかっこいいと思ってるわ。でも、こんなこと言うの恥ずかしいのよ。わかってる?」
「世界で一番? テオ兄様よりも? ギリアン兄様よりも?」
「段違いで、桁違いで、かっこいいわ。中身がジョナサンで、外見が世界一なのよ。わたくしは運がいいわ」
「運なの?」
「運よ。中身がジョナサンで、外見がしょぼくても、わたくしはジョナサンを選ぶもの」
「しょぼいって。ダジマット姫の使う言葉じゃないよ?」
「じゃぁ、ぶちゃいく?」
「っはは。ぶちゃいくならまだマシかもね。あ~。ミルぅ~。世の中はイケメンで溢れているんだ。僕は不安で、不安で」
僕は膝に乗せたミルを更にぐっと引き寄せて、アップにしてあらわになった首裏の匂いを嗅いだ。
スー。ハー。
はぁ~。
落ち着く。
「まぁ。変態モードが発動したわ。困った人ね。貴方は容姿を気にするタイプなのね? だから褒められすぎたらいじけるし、褒められないと不安になる。気難しいわ」
呆れているけど、楽しそうだ。
ああ。ずっとこうしていたい。
スー。ハー。
スー。ハー。
でも、数分後には侍女が入って来た。
昨日、解雇されたという侍女が早速復活していた。
「し、失礼いたしました」
膝の上のミルを抱きしめてミルの匂いを嗅ぐ変態行為を初めて目撃した侍女は大慌てで退室しようとしたので、入室を許可した。
「済まないね。驚かせたかな。もう出掛けるから二人分のローブを取ってきてくれるかな?」
ミルはすっかり気を取り直した僕を見て苦笑していた。
侍女から受け取った紫ローブをミルに着せてあげた後、僕はミルの唇を数回ハムハムして、ミルをエスコートして転移紋へ向かった。
侍女は真っ赤になって、俯いてしまっていた。
もう呼びに行く女官はいない。
どうぞピーターバラ宮殿内で噂としてばらまいてくれ。
私たちはラブラブだと。




