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妻に土下座で謝り倒しましたが、何か?

「ミルドレッド、本当にすまない。ごめん。ごめんなさい。本当に本当に気づいていなかったんだ」


「ん~っ。ジョナサン、おはよ。ちゅっ。急にどうしたの?」



 僕は翌朝、ミルが目を覚ますのを待ち構えて、ベッドから下りて、ミルに土下座した。

 ミルは背伸びをした後、ベッドから下り、僕の横にしゃがんで、頬にちゅっとした。


 僕が頭を下げていて口はムリだと判断したんだろう。


「昨日、父上から理由を聞かれるまで気づかなかったんだ。本当に本当に、気付いていなかったんだ」


「お父君から? 理由? ねぇ。ベッドに戻りましょう? 折角学園がお休みなのですから」


 ミルはそう言って僕の腕を取ってベッドに誘導しようとしたが、僕はその場でミルの足に縋りついて、また謝った。


「ごめん。待たせてごめん。不必要に待たせて、ごめん。第9位階の神官資格を取ったら神の家を出ても良いと知らなかったんだ」


 神聖国の神の家は本来は孤児を神官に養成する施設だ。


 通常、神の家で訓練を受ける神官候補たちは18才になって神の家を出てから神官試験を受け始める。

 神の家に在籍中にも神官試験を受けることはできるが、せいぜい第3位階までだ。


 でも僕は、神の家を出たらすぐにミルと一緒に暮らしたかったから、ちゃんと養えるように頑張って第9位階まで取得した。


 神官資格は第9位階までだ。

 つまり、第9位階に合格した後は、僕が神の家に居続ける理由は無くなっていたんだ。


 それなのに僕が不要に長居したから、ピーターバラで「王子は成人するまで神の家に籠るつもりだったのに、姫が王子に会いたくて策を弄して引きずり出した」なんて噂が立ってしまった。


 僕のせいだ。

 僕がバカだったから。



「ふふふ。いいわよ。ジョナサンはわたくしが好きじゃいのかもしれないと不安になったけど、パパが気付いていないんだろうって言ってたのは正しかったのね」

 

「ミルが好きじゃないなんて、絶対ない。一年近くも余分に待たせてホントにごめん」


 ミルは縋りついている僕の頭を優しくなでた後、僕の首裏に腕を回して、僕のひざ元に座った。


「ねぇ。お願いよ。ベッドに戻ってまったりしましょ? 怒ってないから」


 僕はミルを抱えてベッドに戻った後、並んで寝転がって、ミルの髪を整えた。



「ぼ、僕は何故か、18才になるまであそこを出られないと思っていて……」


「ふふっ。パパが言っていたの。14才で第9位階に受かったなんて前例がないから、史上最年少で最高位を突破した天才神官様は、自分がもう自立してることに気付いていないんじゃないかって」


「史上最年少なの?」


「そうよ。史上最年少なの。18才になってから神官試験を受け始める人もいるでしょ? 貴方は神の家に入った時点で魔術は基礎があったし、マナーも王室典礼をマスターしていたし、文系科目も、理系科目もある程度のところまで学習済みだったから、たくさん飛び級したでしょ?」


 神官試験の最初の方は、基礎魔術と座学が多い。既に学習済みだったからちょっと試験対策をしただけで合格できた。


 ああ、そうか。

 孤児が文字を学ぶところから始めると、10才から18才まで学習して全15科目に関する広く浅い知識が求められる第1位階を受けるペースは悪くないのかもしれない。


「そうなんだ。言われてみれば、第7位階からずっと鬼教官グランパが僕の専任教官状態だったんだ。でもミルも大体同じペースだったでしょ? だからあんまり特別だと思っていなかった」


 上位に上がる程に候補者が少なく少人数制になって行く。その時々で候補者が僕一人だった位階は専任教官状態になっているだけだと、あまり気にしていなかった。


「わたくしは鬼師匠グランマに鍛えられたわ。でも赤外がどうしても苦手で、貴方ほど早く合格できなかったわ」


 赤外が苦手と言うのは微弱魔法の制御が苦手という意味だ。

 膨大な魔力を体内に抱えているミルにはストレスがたまる訓練だったと思う。


「僕は、紫が出せるようにならなくて、第9位階は無理かもしれないと鬱々してた。鬼教官は素が紫外だから、こればっかりは教え方がわからないって、別の教官を連れてきてくれたんだけど、それでも出来なくて、何人か別の教官が来て、やっと……」



 魔術は大気から魔素を吸収して、それを魔法に変える技術の事を言う。


 魔素を吸収して何もしないで吐き出すと、自分が一番出しやすい魔素波長に対応した色に光る。

 その色が個人の固有魔素波長だ。


 魔法を使っている時に光って見えるのは、吸収した魔素を全て魔法に変えることができていないからだ。

 ヘタクソなほど輝いて見える。



 神官は第3位階から自分の固有魔素ではない波長の魔素を操作する訓練が始まる。


 各階層が虹色に対応していて、第7位階は緑、第8位階は青、第9位階は紫だ。

 それらの魔素を操作できる証として、ローブの色が変わっていく。


 僕の場合は固有魔素波長は青で、青より低エネルギーの色ならエネルギーを弱めるだけだから制御だけの問題だ。これを魔素のレッドシフトと呼ぶ。赤側、赤外側に魔素をシフトさせるからだ。


 だけど、僕にとって青より高エネルギー、つまり紫や紫外はエネルギーを強くしないといけなくてかなり難しい。


 紫外側にエネルギーをシフトさせることをブルーシフトと呼ぶが、これは僕だけではなく、誰にとっても難しいことだから、高位神官は数が少ない。


 神官試験の最終局面はブルーシフトの壁と呼ばれたりする。

 

 ダジマット家の血を引くミルの固有波長は紫で、皇家の幽玄や玄妙は紫外、つまり目に見えない。

 だからダジマット家や皇家が神官試験を受ける場合、そもそもブルーシフトの壁が存在しない。

 その代わり、反対側の不可視領域、赤外が苦手だ。


 紫外を検知するためには可視光で色を着ければいいというが、赤外は可視光より弱いから影響を受けすぎてしまう。赤外より更に弱い振動エネルギーをぶつけながら魔素の状態を検知するのはさぞイライラしたことだろう。



「ブルーシフトは難しいから……」


 ミルは優しく微笑んで、僕の頬を撫でながらそう言ったが、僕はミルもブルーシフトをマスターしていることを知っている。


 ミルが僕の胸に埋め込んだ魔法紋は目に見えないから。

 自分の固有魔素波長の紫よりも高エネルギーの紫外まで扱えるようになっているハズだ。


 ん?

 違うな。

 子供の頃に着けてもらった魔法紋も見えなかった。

 固有魔素波長が紫外なのか?


「ミルは『奧妙』の称号を貰ったの?」


 神聖国の皇家以外の魔族が第9位階をクリアした後、紫外まで扱えるようになると、黒ローブの使用が許され、「奧妙」の称号を貰える。

 そして神聖国人なら準皇族となる。


「わたくしはジョナサン皇子の妻で、既に皇族ですから、準皇族の身分はいらないわ。もし離縁されたら考えるけど」


「ふはっ。ミルは、ミルだね。黒ローブは? かっこいいのに?」


「わたくしはジョナサン皇子とお揃いの色がいいから紫まで頑張ったの。そうじゃなければ赤外なんかに悪戦苦闘しなかったわ。ジョナサン皇子が黒を着始めたら、パパにおねだりするわ」


 紫外かぁ~。

 修行がきついから、ちょっと先延ばし、かな。


 なんだろう?

 ミルは、どこか遠くを見るような、まったりと昔を懐かしむような、とてもリラックスした表情だ。

 初めて見る顔、かもしれない。


 僕はミルに吸い寄せられるようにキスをした。


「ミルドレッド妃は、なんにつけてもジョナサン皇子、だね」


 そういって、もう一度。


「ええ。そうよ。悪い?」


 もう一度。


「大歓迎だ」


 もう一度。


「ふふっ」


 もう一度……

 っと思ったら、ドンドンドンドンっと、ドアを叩く音が遠くに聞こえた。

 ミルの部屋だ。


「ミルドレッド様。今日は晩餐会です。お支度の確認に参りました」


 例の女官だ。


 あ、ミルがキレた。


 空気中のすべての魔素がキリッと整列したかと思うような緊張が走った。


 ミルは僕の唇にチューーっと吸いつくようにキスした後、早口で聞いた。


「お義父様のご意向は?」


「王太后の嫌いなやつ」


 つまり、僕がおやじのおさがりの神聖国の礼服で、ミルが大魔王デザインのリーズ風のフェアリードレスだ。 


「了解」   


 ミルはそう言うと、サッと自分の部屋に転移した。


 去り際に「ぶっ潰してやる」とつぶやくのが聞こえたので、今日の晩餐会は面白いことになりそうだとワクワクした。


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