妻の本名を知りませんでしたが、何か?
折角だから夕食も、ということで、ほんの数日振りに神聖国料理を食べたら、胃に優しくて泣けた。
僕はいつの間にか本当に神聖国人に近づいているのかもしれないなと言ってみたら、グランパが「ジョンは『栗きんとん』よりも『マロングラッセ』が気に入っておったから、食事はリーズ料理の方が合うかもしれんがのぉ」と言っていた。
ミルはリーズで育った先代聖女アンに料理を習ったから、差し入れのお菓子はリーズ菓子が多かったそうだ。
ん?
まただ。
ミルが例の悲しそうな表情を浮かべたのを確かに見た。けど、この会話のどこに悲しい要素があるんだ?
先代聖女アンがカギになっている気がしなくもないが、二人は親しそうな感じもするし、なんだろうな?
グランパが僕の神の家での修業時代の出来事を面白おかしく話すので、話が盛り上がって随分遅い時間になってしまっていたが、他にも気になることがあったので、帰り際に血統書を見せてもらった。
「ジョナサン、貴方、やっぱりまだ血統書を見ていなかったのね?」
ミルがジト目で見据えてくるので、僕は慌てて言い訳した。
「おやじがミルと血統書を結んだっていうんだから、確認しなくても大丈夫でしょ?」
「それで、貴方はまだ誰と結婚したか、わかってない様子なのよね?」
「誰って、ミルでしょ?」
「ええ。問題は、どこのミルか、よ」
ミルドレッド・ダジマット=リーズ。
それがミルの旧姓だった。
ダジマットが先で、リーズが後。
国際法では、家名は後に書かれる方が強い。
つまり、ミルの家名は、リーズだったんだ。
兄と話したことで、なんとなく予想はついていたが、この婚姻は神聖国皇子とリーズ王女の婚姻だということだ。
僕がピーターバラの王位継承権を持っている以上、ピーターバラに全く関係がないとは言えないが、干渉力は低いし、ダジマットにも泣きつきづらい組み合わせにしてある。
ちなみに神聖国の皇家には家名がないから、今はただのミルドレッドだ。
これは平民と同じなので、皇家の戸籍は、平民の戸籍としても使える。
帰りの馬車の中で、僕は再びミルを抱きしめながら細かな確認を行った。
「ミルは、結婚するにあたってリーズ王女になったんだね?」
「それが、ちがうのよ。わたくしは、生まれた時からリーズ王女だったのよ。亡命するときに気付いたのだけど、ジョナサンに言う機会がないままに後宮に入っちゃったから……」
あぁ。あの時のビックリ顔は、これか。
「昨日、兄上が、僕たちの婚約がリーズ王女とロスウェル公爵家3男で結ばれていたって教えてくれたよ」
「あら、そうだったの? でも、婚約はジョナサンが生まれた後でしょう? 先に生まれたわたくしは最初からダジマットじゃなくて、リーズだったの。継承者だからかしら?」
「迎賓館に入れられた理由も分かったね。王太子宮が改装工事中だからって言ってたけど、ピーターバラの貴族たちにはピーターバラ王太子とダジマット王女の王宮入りだと思わせつつ、ちゃんと外国賓客としてあつかってくれてるんだね?」
「きっと、わたくしたちがピーターバラに根を下ろすことを決めたら、改装工事が終わる仕組みね?」
「ピーターバラに根を下ろすことを決める日ねぇ~。ミルがここを気に入れば、そうなるのかな~」
僕は神聖国の方が過ごしやすいけどな。
「貴方のお母さまが意図的にわたくしたちの身分を誤解させていることが伺えるわね。わたくしの神聖国の亡命は無かったことにされてるの」
「昨日のダジマット王家からの通信では、君が僕についてきて神聖国に『引っ越した』ことにされていたよ」
「醜聞を隠したいのかしらね? 外では神聖国の家族を『パパ』とか『グランパ』とか呼べないわね」
「ああ。昨日の兄上の話では、婚約もピーターバラ王子とダジマット王女だと敢えて勘違いさせているっぽいよ。僕の神聖国籍のことも秘密で、結婚のことは部屋付きの侍女ですら知らないみたいだね」
「ふふふ。距離が縮まると毎回女官を呼びに行って、不適切判定を貰ってるわね?」
ほんっと、不愉快だよ。
「母上のおすすめの密会場所は、馬車と夕餐後の庭園散歩ってことだから、よろしくね」
「散歩ぉ~。うーん。あ、そういえば、貴方に緊急避難先を教えたいの。テストしたいこともあるし、後で部屋に行くから、今日こそは寝ないでね?」
なにそれ、ぞくぞくする響きだね。
「ん? 昨日、さっさと寝てたのはミルでしょ?」
「その前の日は、貴方がちょっぱやで寝ちゃってたじゃない? おあいこよ」
「え? 『その前の日は』って、僕の部屋を訪ねてきたの?」
え?
なんか、ドキドキしてきた。
「うん。転移で。でも、全然起きなくて。横で寝ながら待ってたの。朝になって侍女たちが朝餐を準備し始めても起きないから、諦めて自分の部屋に戻ったのよ」
「ええっ? ミル、最初の夜、僕の部屋で寝たの?」
ヤバい。
ドキドキが凄まじすぎる。
ミルに聞こえるかな?
「だって、夫婦だもの。いいでしょ?」
「いい! 全然いい! ばれると何か言われるかもしれないけど、夫婦だもんね?」
うぅ。
ドキドキしすぎて声が、震えたかも。
この流れは、チュウのチャンスでしょ?
あぁ~。ミルぅ~。
僕がミルの顔をこちらに向かせて、顔を近づけたら……
ガタリと音がして、王宮に到着してしまった。
え?
何、このお約束的なおあずけ展開。
いらないんだけど。
まぁ、また寝る前に会えるし、いいか。
と、思っていたのに、シャワーを浴びた僕はベッドに腰かけただけのつもりが、そのままぐっすり眠りこけてしまった。
朝からずっと緊張の連続だったから、思っていたより心労が溜まっていたらしい。
ぐすん。




