泣きそうなのを歯を食いしばってこらえていただけですが、何か?
ミルも同じ日にピーターバラ宮殿について、僕たちは迎賓館の夫婦用の賓客室に入れられた。
だが寝室は別だった。
共有の居室の両脇の内扉が個々の寝室に繋がっており、そのまた先にバスルームがある作りだった。
なんだこれ?
ドキドキ損じゃないか?
到着日は、僕たちは遅くまで各所への挨拶周りに忙しく、2人でお茶を飲む間もなかった。というより各所でお茶を出されてお腹がタプタプだった。
そして、無礼な奴が多かった。
特にひどかったのが、王太后。
先王の正妃だが、女王の生母ではない婆さんだ。
女王の第3子である僕とも血のつながりがない、ただのイヤミな婆さんだ。
ボケてて僕たちが結婚したことを覚えきれないのか、婚約期間は節度を持って、男女の距離感はエスコートまでなどと、おかしなことを抜かした。
神聖国を出るときにおやじがくれた神聖国の礼服が気に入らない、ミルが着ていた大魔王特製のリーズ国風のフェアリードレスがダジマットの姫にふさわしくない、ソファーに座った状態で手を握る必要はない、まぁ散々ケチを付けられた。
ミルは流石は「腹芸のダジマット」の姫だけあって、何を言われても優しそうな微笑を絶やさなかった。僕も同じ様にダジマットで育ってミルと同じマナー教育を受けたから、笑顔を絶やさずにいられたと思う。
多分ね。
王太后の部屋から出た瞬間、僕がキレ顔をにじませたことに気付いたミルが、下を向いて鼻をヒクつかせたのは笑いをこらえていたんだと思う。
それを見て「あ~。ミルだ~」っと思ったのが再会後初のミルモーメントだ。
ずっと二人して「微笑みの仮面」を被って王宮を巡っていた。
二人だけで会話する機会はなかったけれど、それでも僕は久しぶりにミルに会えてうれしくてたまらなかった。
それに5年ぶりに見るミルは、凄く綺麗になっていて、ドキドキが止まらなかった。
その日の挨拶回りを終えて迎賓館に戻ると「事情は後日説明するから、とりあえず王太后の言いつけを守って婚約者の距離感を保ちなさい」との女王からのメッセージが届いていた。
メッセージカードを持ったまま固まっている僕の手元を覗き込んだミルは、パチパチパチと3回瞬きをし、無言のまま僕のほっぺにチュッとして自分の寝室に戻っていった。
ほへ?
チュウ?
ミル様、5年会ってないブランクをもろともせず、ゼロ距離くれた。
しばらくドキドキして、メッセージカードを持ったまま固まり続けたよ。
気を取り直した後は、シャワーを浴びてパジャマに着替えて、ミルの部屋を訪ねてみようかと悩んでいたら、久しぶりの愛想笑いに猛烈に疲れて、いつの間にか眠ってしまっていた。
同じパタンキューでも、ミルのベッドまで到達できていたら、入学式の朝は全く違うものになっていただろうと悔やまれてならない。
んぁぁ~っ。
ミルと再会できたら、就寝中の小爆発をもろともせず一晩中抱きしめて眠るって決めてたのに~!!!
と、そんな風に僕たちはそのまま碌に会話もできないまま、入学式の朝を迎え、登校の馬車の中で早速喧嘩してしまった。
朴念仁ミルドレッドが開口一番、業務連絡を始めたので、キレてしまったんだ。
「ジョナサン、聞いて。わたくしたちは『とりあえず』結婚することになりましたけれど、解消はできるのよ?」
「そういう問題じゃないだろう? 『とりあえず』とか言うな! 解消の話とか出す必要ある?」
怒髪天を衝く勢いで怒りを滾らせる僕を宥めようと、僕の手を包み込んだミルの両手を振り払ってしまった。
それから馬車の中は、沈黙に包まれた。
ちがうんだ。
ミルに八つ当たりしたかったんじゃないんだ。
ただ、ちゃんと求婚したかったんだ。
愛の言葉を贈りたかったんだ。
手だって冷たく振り払うつもりなんてなかった。
解消なんて、そんな話、イヤすぎてムリ。
でも、音に出して言葉にしたら、情けなく泣いてしまいそうで、僕は口を開けなかった。
ミルも分かっていて沈黙に付き合ってくれたんだと思う。
「学園につきましたわ」
一人で馬車を下りようとするミルを座席に引っ張り戻して、僕が先に降りた。
ミルのエスコートは僕の特権だ。
「行こう」
泣かないように歯を食いしばったら不機嫌極まりない表情になってしまったが、それでもミルを恭しく馬車から降ろした後は、腕を貸して共に入学式場のある講堂へ向かった。
とにかく王宮に帰ったら、ミルと仲直りしたい。
できることならば、イチャイチャしたい。
そのことばかりを考えていた。
今ならわかるだろう?
この後、咄嗟につないだ手を引き抜かれたときの僕の絶望が。
まさか、この時のことが「猛烈に不機嫌だった第3王子は、聖女と出会って機嫌が直った」などと噂されることになるとは思っていなかった。
そして「再び婚約者をエスコートする際には渋面を浮かべていた」なんて……
ありえないんだが~~!!!




