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第九話前編 火車

この話も少し長くなってしまったので、前後編に分けています。

 夏休み中のある日、朝葵はゼミの研究室にやってきていた。夏休み中に仕上げなければいけない課題があり、久万桐人や望月叶も含め、研究室には数名のゼミ生がいた。


昼になり、食事のために外に出る者がちらほらいる中、朝葵たちはおのおのが持ってきていた昼食を食べながら話をしていた。


「先輩。そういえば、○○山の事件の犯人捕まったんですね。」

「○○山の……? ああ、袋のやつか。」

「それです」


 桐人に話しかけた朝葵に対して、叶は、うええと言わんばかりに、苦々しい顔をして言った。

  

「朝葵~。あんた、昼ご飯食べながら殺人事件の話をするのは、サイコパスよ」

「ごめんごめん。ちょっと気になることがあって」

「気になること? そりゃあ、ここから近いところの事件だったからね。みんな気になってるわよ」


 3週間ほど前、大学からそう遠くない○○山に、男女5人が殺されて遺棄されているのが発見された。被害者全員が頭に白い袋をかぶせられているという、奇妙な状態で見つかったため、ネットなどでは『目隠し袋の事件』などと呼ばれていた。

 

 被害者たちは、全員がちょうど大学生くらいの年齢であり、朝葵たち学生は自分たちも同じように襲われるのではないかと、しばらく怯えて過ごしていた。


 朝葵も結局、夏休みに入るまで、度々桐人に下宿まで送ってもらうことになってしまった。


 しかし、事件にまつわる事情が明らかになっていくにつれ、学生たちは自分が被害者になることはないということが分かり、元の生活に戻っていった。


「犯人は、亡くなった女の子の父親だったらしいな」


 桐人がマグカップのコーヒーを一口飲み、ぼそりと言った。叶はため息をついた。


「結局、ネットで言われてた通りだったってことですね」

「大炎上したもんね……」


『目隠し袋の事件』は、この3週間で急展開が続いた。

 

 当初、若くして命を奪われた彼らに同情が集まった。彼らの家族は揃って、マスコミのインタビューに「犯人が許せません」と答えた。しかし、彼らが高校時代に同じ友達グループに属しており、その中の1人が亡くなったことが分かると、逆風が吹いた。


 亡くなった女子高生は、S原ハルカという名前だった。

 

 ネットには、次々と高校時代の彼らの様子が書き込まれた。被害者の一人であるR松ユウマと付き合っていたS原ハルカは、あるときから急に不登校となり、ほどなくして亡くなった。亡くなった後、友達であったはずの彼らは、誰もが目をそらして彼女のことを話そうとしなかった。


 そこまで分かれば、被害者たちとS原ハルカの間に何かあったのではないかと、誰でも思いつく。


《当然いじめでしょ》

《お父さんかわいそう、娘も妻も亡くして……》

《俺が家族なら、どこまでも追いかけて復讐するな》


 そして1週間ほど前、有名な週刊誌に、グループの唯一の生き残りである女性のインタビューが掲載されると、ネットでの憶測は確信となった。


――F川アカリ。それが、インタビューに答えた女性の名前だった。

 

 N野ヒナタの狂言に踊らされ、I沢リコが嘘をつき、D居コウキが先導して暴行し、E山ミナトのスマホで写真が撮られた。S原ハルカをかばうべきR松ユウマは、かばうどころか何もせず、突っ立っているだけだった。そして、インタビューに答えたF川アカリ自身も、暴言を吐いてS原ハルカを追い詰めた。


 それは、一人の少女が命を絶つことを考えてもおかしくないほど、過酷な状況だった。被害者たちにも、F川アカリにも、激しい非難の声が集まった。

 

「このF川アカリって人、すごいよね。名前も顔も出して、インタビューに答えて」


 サンドイッチを片手に、スマホで事件のニュースを検索しながら叶が言った。朝葵は弁当を机に置いた。


「叩く人も多かったけど、今回、犯人のお父さんの手記が出たでしょ。ちょっとましになるといいよね」

「朝葵は、この人はそんなに悪くないと考える方? お金目当てって言う人もいるけど」

「うん。だって、実名で話す方がハイリスクじゃん。叩かれるの分かってるし」

「確かにねえ」

 

 すると、朝葵たちの話を黙って聞いていた桐人が、ぴくりと反応した。

 

「父親の手記が出たのか」

「はい、今日の新聞に出てました。たぶんどこの新聞も載せてると思いますけど……」


 桐人は、自分のスマホを手に取って記事を出すと、しばらくそれを読んでいた。


「……あらかた、F川という人の言うことと変わらなかったんだな」

「そうみたいですね」

 

 父親であるS原の手記には、自分が被害者たちを手にかけるまでの心情と、娘であるS原ハルカの遺した日記の内容が書かれていた。


 家族を養うために家を空けることの多かったS原に心配をかけまいと、妻や娘はトラブルについて何も伝えなかった。S原は仕事の出先で娘の訃報を聞き、葬儀の後は、錯乱した妻の対応に明け暮れた。


 そして妻も亡くなった後、失意の中で遺品の整理をしていたS原は、娘の部屋で日記を見つけたのだ。


 まめな娘は、ほぼ毎日日記をつけていた。R松ユウマと付き合い始めて嬉しかったこと、それを友達が祝福してくれたことなどが書かれた部分は、浮き浮きとした気分が伝わってくるようだった。


 しかし、ある日から急に内容が変わる。まず、1日何も書かれていない日があった。その次の日からは字も文章も乱れ、所々に涙でふやけたような跡があった。


《わからない、わからない》

《どうしたらいいの》

《許せない、悔しい》

《あんな人たちだと思わなかった》


 そんな言葉が何日か並んでいたが、死の3日前から内容が変わる。


《私はアカリを追い詰めていたらしい》

《何もかも分からないし、生きていく意味も分からない》

《ごめんなさい》


 そして最後の日、整然とした文章で全てが書き残されていた。父親には、それが娘の遺書だと分かった。

 そこには、友人たちに裏切られたこと、ひどいことをされたこと、写真を撮られたこと、これから生きていくのがつらいこと……、それから、被害者たちに対しての許せないという思いが書き綴られていた。


「亡くなったハルカさんは、F川アカリさんと小さい頃から仲が良かったんですね。だから、他の5人とは違っていたんでしょうか」


 朝葵の言うとおり、F川アカリに対しては、向けている思いが異なっていた。


《アカリ、教えて。本当は、私のことをどう思っていたの?》

《ユウマと付き合わず、アカリともっと一緒にいればよかった》

《中学校の頃に、戻れるなら戻りたい。アカリだけがいた頃に》


 S原ハルカは、F川アカリのことを、最期まで友達だと思っていたのだ。


 父親のS原は、娘の日記を読んで復讐すべき相手を定めた。S原は家を売り、仕事を変え、準備を進めながら潜伏した。

 ただ、人の親として命を奪うことにためらいはあり、彼らから後悔や反省が見られれば、全てを忘れて生きていくことも考えた。しかし、3年経っても彼らは皆、S原ハルカの死から目をそらして過ごしているだけだった。


 桐人が、軽く眉をひそめて言った。


「それで、結局実行に移したってわけか」

「でも、よく5人も……できましたよね」

 

 あまりはっきり言う気にもなれず、朝葵は口を濁した。


 5人の遺体は同時に見つかったが、死後経過時間はバラバラだった。暑い夏の時期、腐敗が始まっていた遺体もあったという。おそらくS原は1人ずつを襲って始末し、5人の遺体が揃ってから遺棄したのだろうと考えられている。


「裁判のこともあるのかもしれませんが、手記には、実際に手を下したときのことは、よく覚えていないと書いてありますね。もちろんある程度は計画したけれど、いつも、いつの間にか目の前に被害者たちがいたのだと……」


 被害者たちは、皆、帰宅途中で消息を絶っている。D居コウキなどは、知人と入った店の中で「トイレに行く」と言ったまま行方不明になっており、どのようにしてS原に捕らわれたのかは分かっていなかった。

 

「この人自首したのよね……。もう、命は惜しくないのかしら」

 

 叶の言うとおり、今回、S原は自首により逮捕された。どんな理由があるにせよ、5人の若者の命を奪った事実は許されることではない。犯行に計画性もあり、おそらく極刑が課せられるであろうと考えられている。


 S原は手記の中で、自首に至った理由を次のように書いていた。

 

 娘はF川アカリを恨んではいなかったが、自分としては許せなかった。だから5人を始末した後、F川アカリの動向を探っていた。しかし、F川アカリが名乗り出て真実を話してくれたことで、自分もまた、自首し、全てを語る気になったのだと……。


「死んだ方がいいとか、殺していいとは言わないけど、この犯人の気持ちは分かるわ。うちの親だって、私がそんな目に遭ったと知ったら、たぶん正気ではいられないわ」


 ふうと息を吐き、叶が言った。ネット上でも、同じような意見が多く流れていた。朝葵や桐人も黙って頷き、少しの間、しんとした時間が流れた。


お読みいただいてありがとうございます。次は、「火車」の説明になります。引き続き、お読みいただけると嬉しいです。

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