同じ絵しか出てこない
「おいボブ! これ見てくれよ⁉」
「――あぁ? 何だってんだ……」
コオロギすら寝静まる夜、何かに怯えて様に弟のマイクは寝ている兄のボブを叩き起こした。当然安眠を妨害されたボブの機嫌はすこぶる悪い。
「いいから! これ見りゃわかるって!」
だが、そんな不機嫌すら、今抱いている恐怖には代えがたい。それは、マイクの声色からもボブにもその必死さが伝わってきた。
「……すぐ寝るからな」
流石にただ事ではないと感じたボブも、ぶつぶつ文句を言いながらではあるがベットから体を起こし、マイクの方へと向かう。
「で、一体何だってんだよ」
「これだよ! これを見てくれ!」
そういってマイクが指を差したのは、パソコンの画面に映し出された一枚の絵だった。
「なんだ、てめえも陰キャらしく、お絵かきでも始めたってのか?」
そこにはPCの画面に映し出された、一枚のイラストが表示されていた。暗い背景に壊れたテレビ、そして、その画面の中から血まみれの白いワンピースを着た誰かが這い出ている絵が、書かれていた。ボブは内心、弟のイラストの出来栄えに思わず驚き褒めようとしたが、陽キャとしての立ち位置にいる以上、そんなことを口が裂けても言えない。たからボブは、いつものように照れ隠しで弟を馬鹿にした。
「違うんだって兄貴! 俺はそんな才能なんてねえよ!」
「じゃあ何が問題なんだってんだよ」
「うーん、その……なんといえばいいんだか……」
「……今のところ、俺を叩き起こすだけの理由は全くなさそうだな」
余りにも要領を得ない会話に、ボブの苛立ちはドンドンと募っていき、両の指をポキポキと鳴らし始めた。マイクの顔面に拳がめり込むのも時間の問題だった。
「も、もう、最初から話すか。これを書いたのは俺じゃないって言ったよな……この絵を書いたのはAIなんだ」
その態度はマイクも感じ取ったのだろう、マイクは慌てて話し始めた。
「はぁ……それで?」
「AIってのは万能じゃねえからさ、キーワードを入力しなきゃいけないんだ。例えば『ピカソが書いたように』とか『漫画調に』のように絵の雰囲気を指定したり、逆に『金髪の女性』や『廃墟の町』みたいな書いてほしい内容すらも決められるんだ! その入力を何度か繰り返してちょっとずつ条件を変えていけば、いつかは自分の頭に浮かんだものを書いてくれる、そんなAIを僕は頑張って調整してんたんだよ!」
「――じゃあ、キャシーのちょっとエロい画像とかを作り出せるってことか⁉」
その話を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、マイクが密かに思いを寄せるキャシー・C=キャロラインの顔だった。北欧地帯にルーツがあると言っていた彼女の白い髪を宿したその美貌は、初めて見た時から美しかった。そして、あわよくば彼女とあんなことをそんなことをしている絵が欲しい……そんな欲望がボブの中を渦巻いていた。
「キャシーってどっかで聞いたことがある気がするけど、頑張ればそれすらも出来る! 兄貴は陽キャなのに理解が早くて助かる!」
「……それで、お前がAIとやらに書かせた絵がそれってことだな」
確かに凄い技術に違いない。だが、それだけでは深夜に起こしたことには繋がらない。慌てふためく理由など存在しないのだから。
「で、俺は今回『ホラー』で『女』の『イラスト』をAIに書かせようとしたんだよ――」
そこまで言って、何故かマイクは一度口を噤む。そして意を決した様に、続けて言った。
「――これ以上は兄貴が実際にやってみればわかる。キーワードはさっき言ったとおりの『ホラー』『女』『イラスト』の三つだ」
「それが、叩き起こした理由だっていうんだな」
マイクが小さく頷くのを合図に、パソコンの前の椅子から立ち上がる。それに入れ替わる様にその席にボブが座った。
「――っと、ここに入力すればいいんだよな。で、ここからどうすりゃいいんだ?」
「そこの『作成』ボタンを押せば問題ない。――いいか兄貴、腰抜かすなよ?」
何故かマイクは、この条件での画像生成に怯え切っている。一体何が怖いというのだろう。そのままボブはカーソルを動かしクリックした。
――結果は、あっと言う間に現れた。
「でででで、出たあああああ‼‼‼」
一度に生成された画像は9枚、その半数が、先ほど弟が見せた画像の様に、『暗い背景』に『壊れたテレビ』、その『画面の中』から『血まみれの白いワンピースをきた誰か』が這い出てこようとしていた。
「これは幽霊だよ! 兄貴! 何とかしてくれ!」
「……これは『 貞子』だぞ? Jホラーになんかに、何でビビっているんだ?」
「――はい?」
マイクの間抜けな声が、部屋に響いた。
「……つまり、これは日本が作った映画のキャラクターで……」
「それを真似たってことだよ。ったくビビりすぎなんだよお前は」
思わずボブは深いため息をついた。こんな下らないホラー映画のキャラクターがPCに侵食してると思い込んで、兄を叩き起こすなど笑い話にも程がある。
「もういいか? 俺は寝る」
そういって、部屋に戻ろうと扉のドアノブへ手をかけた。
「……まって兄貴、なんでJホラーの映画を知ってるの?」
その質問に、ボブは一瞬にして凍り付いた。自分が言ったことがヘマだったことに、今初めて気が付いた。
「後、さっき言ってたキャシーなんちゃらって子、確かアニメのキャラだよね?」
やめろ、言うな……それ以上追及されるわけにはいかない。
「……もしかして、兄貴ってさ――」
俺は陽キャで、皆を引っ張るリーダーで、決して、決して――
「オタクなんじゃないの?」
「やめろおおおお‼‼‼」
その日一番の絶叫が、深夜の住宅街に響き渡った。