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試験当日 宿願-後編

雲の上を、赤いドラゴンが目にもとまらぬ速さで飛んでいく。

その背で、一人の人間が口を抑えていた。


赤いドラゴン――コウは背中のレグに呼び掛けた。


「どうしたの? 口抑えて」

「ちょ、ちょっと、酔って……」

「奇遇ね、私もよ」

「飲酒運転野郎!」


レグは自分にヒールをかけて、うつろな目で問いかけた。


「なんで今ごろ出てきたんだよ……コウなら、サイクロプスなんてすぐ倒せたんじゃないのか?」

「失礼ね、私たちは特定種族に肩入れしないの。でも、レグは友達だし。……ああ、見えてきた」


会場を出てから3分ほど飛んだところで、高度を落として雲より下を飛び始めた。そうすると、レグにも地面の様子がよく分かった。


古代兵器はすっかり地に現れている。全身、人間の骸骨そっくりな姿だ。

兵器を覆うように光のドームが出来ている。ドームの中は毒々しい霧が立っているが、外には浸食していない。おそらく、グランの浄化の力だろう。ドームはかすかに高下しており、力が拮抗しているようだ。


「あれ、あの獣人見たことある」


兵器の目のあたりを遠目に見ながら、コウが言った。


「え? いつ?」

「うーん……あー、そうだ。ここに埋まってる古代兵器作った奴にそっくりだわ。先祖返りかしら」

「先祖返り? ただの偶然……」


どこからか小さな鹿撃ち帽子を取り出して、コウはちょこんと頭にのせた。


「ははーん、名探偵コウ様は気付いちゃったわ! 種族間の争いの恨みをはらさでおくべきかって復讐してるのね!」

「ロイドがそんなこと……」


レグは目を見開いた。でもふるふると首を振る。

コウが西の方を指さした。兵器から離れた大岩の上に、人影があった。


「あ、グラン見えてきたわね。まず第一の関門なわけだけど、どうやって説得するの?」


レグは考えるように顎に手を当てて言った。


「……説得はしない」


■■


コウはグランの近くに下り立った。レグを降ろして、人間の姿に戻る。

不審そうにこちらをみたグランに、コウがのんきに話しかけた。


「こんにちは。一年ぶりぐらいじゃないの」

「もっと久しぶりでいたかったよ」


グランはコウとレグを交互に見て、納得したように言った。


「今年のバカ騒ぎの生贄は彼だったんだ」

「あんたの手はもう借りなくて良くなったわ。よかったわね、毎年の迷惑事が無くなって」

「迷惑って自覚あったんだ?」

「人間なんかに配慮しないわよ? ……あんたレグに借りを返すべきだわ」


二人はとげとげしく言い合っている。

険悪ムードだ……とレグは冷や汗をかいた。毎年コウたちに呼ばれているヒーラーはグランだったらしい。


「……借りは返さないとね。わざわざここまで来たんだし、話ぐらいは聞くよ」


グランがレグに向き直った。レグは迷いながら、それでも口を開いた。


「俺をロイドの所に行かせてください」

「交渉の余地はないね。一秒でも早く浄化を終わらせないと、被害が大きくなる可能性がある」

「分かってます。だから、交渉や説得をするために来たわけじゃありません」


レグは一つ深呼吸した。


「今回、ロイドはノースギルドそそのかして、アルマンディンを襲わせた。でも、そう仕向けたのはあなたなんじゃないですか?」

「何を言い出すんだ?」

「ロイドだけじゃ情報を手に入れられません。一次試験の内容や時間は、普通の冒険者なら当日にしか知れないから。毎年、会場も新しく魔力で作られてる。

なのに、一次試験終わりちょうどにサイクロプスとノースギルドは来た。スレイさんが消えて、観客が外に出てる、都合のいいタイミングで。あなたがロイドに情報を与えてたんでしょう。受付嬢に倉庫の情報を流したのも、S級が集まって解決したタイミングで兵器が動き出したのもあなたがコントロールしていたのでは?」


グランは呆れたように肩をすくめた。


「君は、俺が裏切り者だといいたいわけ? でも、それは俺以外のギルド関係者でも可能だよね? それに、俺はあれを浄化しようとしてるんだから、説得力ないんじゃない?」

「自作自演して浄化するしかなかったんでしょう」


グランの眉がピクリと動いた。


「受付嬢から聞きました。浄化の提案を、町に対してあなたが何度もしてたけど、観光地としての価値が下がることを恐れて、聞いてもらえなかったって。だからあなたは、自分の能力で制御できる規模の被害をわざと起こさせたんだ。

どれだけ恐ろしいものだと言われていても、時間が経つと、人は怖さを忘れてしまいます。でも実際に目にすれば、考えを改める。……今回のことで、古代兵器の危険性を思い知れば、この辺り一帯の他の兵器も浄化する流れになります。

古代遺跡に一番近い町の住人は全員、今回の試験会場に招待されてたそうですが、偶然ですか?」

「偶然だよ」

「それから、貴方には不審な点が二つある。一つはこの遺跡のサイクロプスが移動しても、あなたが何も気付かなかったこと。

二つ目は、一週間前、あなたは俺たちをあそこに連れて行って、わざわざ古代兵器まで間近で見せた。あれは、ロイドに古代兵器を見せるため、わざとですよね? ロイドがこの兵器を動かせることをあなたがなぜ知ってたのかはわかりませんが……少なくともこの前会った時には、全部知ってたんだ」

「……憶測だよね。証拠はないんだ」

「そうです。でも、町や浄化反対派だった人たちは、この説を支持するでしょうね。兵器を浄化しなかったせいで起きた膨大な被害を、アルマンディンのせいにして批判を回避できるから。

そうしたら、この先の浄化はスムーズにはいかなくなるんじゃないですか? それに、あなたは降格処分でもおかしくない」

「……」

「5分でいいんです。ロイドと話をさせてください。じゃなきゃ全部バラします」


グランが諦めたようにため息をついた。


「君の言いたいことはわかった。じゃあ物理的な話をしよう。話をするって言っても、あの中に入らないといけない」


グランは光のドームを指さした。


「今、兵器と俺の魔力は拮抗してる。これが限界なんだよ。君を中に入れて、俺の力で守ることができないんだ」

「俺はあなたの戦闘情報は全部集めてます。公表されてる映像記録も全部見ました。アルマンディンが出来る前からのも! 年々の魔力量の伸びもグラフにしててですね、どういう魔力配分で戦闘をこなしているかも分析して(中略)」

「そ、そうなんだ……?」


グランが一歩下がった。


「つまりですね、魔力量セーブしてますよね? 明らかに出力が少ないです。5分程度、リジェネを俺に掛けるぐらいの余力はあると思います!」

「……あ、うん……そうだね……」


■■


コウの背に乗って、レグはロイドと話しに行くことになった。5分過ぎたらグランが兵器を浄化完了させ、ロイドを殺す条件だ。


「コウはリジェネいらないよね?」

「貧弱な人間と一緒にしないでくれる?」

「はいはい」


呆れたように言って、グランはレグにリジェネをかけた。常時、体力や状態異常を回復してくれる魔術である。体から力がみなぎるのを感じた。


「オッケー行こっか!」


コウが竜に変身して、腹を地面にぺたりと付けた。

レグがその背に登ろうとすると、グランが呼び止めた。


「一応言っておくけど。別にバラされたってかまわないんだ。最悪、全部浄化できればそれでいいから。ただね」


グランはレグの背をポンと叩いた。


「殺さずに済むなら、それがいい。俺にはできないけど、君ならきっとできる」


レグは頷いてコウに乗った。

大きな足が地を蹴って、羽が風を切る。レグは体勢を低くした。


コウはスピードを出してドームに入り込んだ。熱風と嫌な臭いが鼻に突き、息苦しかった。急に、コウが旋回した。骸骨の手がコウを捕まえようとしていた。


コウはジグザグに飛びながら、炎を噴いた。炎の当たったところが黒く焦げる。だがすぐに元に戻った。手がまた伸びてくる。


「コウ! 大丈夫?!」

「今から大丈夫になるよ!」

「え?」


コウは背中のレグを引っ掴むと、骸骨の頭部に向かってぶん投げた。レグは悲鳴を上げながら飛んだ。

彼は眼窩の真ん中を突き破り、頭頂骨の内側に激突した。リジェネのおかげで痛くはなかった。


「ひどい……あ、ロイド!」


レグが突き破ったのと反対側の眼窩から、目を丸くしてこちらをのぞきこんでいたロイドは、眉間にしわを寄せた。


「何しに来たんだ? 俺を殺しに来たのか?」

「違う。こんなことやめてくれって言いに来たんだ。お前はこんなことする奴じゃ……」

「俺はお前が思ってるような奴じゃない。こんなことしてるんだからな」


ロイドが鼻で笑い、


「全部壊して早く死にたいんだ。さっさと逃げろ」


静かにつぶやいた。


「なんでそんなこと言うんだよ……」

「俺がこれを作った。前世で、仲間たちと」

「そう、なのか」

「戦争中に、沢山殺した。仲間の賞賛を浴びた。ここに眠ってる兵器全部、救世主みたいに扱われた。俺は誇りに思ってた。命ある限り、死んだ仲間たちの無念を晴らすんだと決めてた」


ロイドが、ぐっと手を握り締めた。空を見上げる。


「でも、前世の記憶を持って生まれ変わった時、世界は変わってた。世界は平和で、何も必要とされてなかった。この世界で、俺に価値はなかった。

平和な世界で生きようとしたさ。でも亡霊たちが消えないんだ! 毎日毎日、復讐してくれってささやいてくるんだよ。

ずっと耐えたけど、もう無理だ。今も幻覚が聞こえる。ああ、前世の記憶なんていらなかった。もう頭がおかしくなりそうだ! だから全部なかったことにして、楽になろうと思ってる……」


レグはしばらく黙って、口を開いた。


「それは、本心じゃないと思う……」

「お前に何が分かるんだよ!」

「何もわからないよ! でも、結果はそうなってる、から」

「結果?」


――『傷を治したり、体力を回復したりするのがヒーラーだ』


「俺のヒールは、相手の望むように治す力なんだってさ。例えばその、俺がヒールをかけると、病気で歩けなかった犬は走り回れるようになるし、酒に弱い奴は強くなる、みたいな感じで……」


ロイドが訝し気にレグを見た。


「間違いないわー! 5千年生きた竜2匹が保証してますー!」


コウがまだ飛び回りながら大声で言った。


「パンテラにいる間、俺はお前にずっとヒールをかけてきた。チームで唯一信頼してたお前に。……だから、ロイドが全部忘れたいと思ってたなら、そうなってるはずなんだ。幻覚もなくなってるはずだ」


ロイドは黙っている。


「でも今だって忘れてない。忘れたくなかったからだろ。俺は何にも知らないけど、例え今の世界で責められることでも、それは大事なロイドの一部だよ。

俺が見てきたお前が、全部本当だったとも、嘘だったとも思わないけど……でも、俺が見てきたロイドは、乗り越えられる奴だ。諦めてほしくない」


レグはロイドに手を差し出した。


「本当に耐えられなくなったら、その時は俺がヒールかけるから。だから、もう少し生きてみないか?」


ロイドは目を見開いて、ため息をついた。


「難題を吹っ掛けてくる奴だな……」

「また飯食いに行こうよ、ロイド。友達としてさ」


ロイドはうつむいたまま黙っていた。そうしてやっと、口を開いた。


「お前が追放されたあの時……庇ってやれなくてごめん」


■■


ロイドが魔力供給を止めると、骸骨が力を失って倒れた。光のドームが小さくなって、ゆっくりと浄化が進んだ。紫の地面が緑に変わっていく。


レグとロイドはコウの背に乗って、グランの所まで戻った。


グランはロイドに手錠をかけて、会場までの転移魔術を用意した。

転移すると、会場から歓声が上がった。客は皆ムキムキのままだった。


「一件落着、か」


グランが息を吐いた。ギルドマスターとS級たちが駆け寄ってくる。


「全員無事に戻ってくるとは! 解決したんだな」

「彼を牢に入れてくれ。いろいろ聞かなきゃいけないことがある」


ロイドは素直に従った。遠ざかっていく友人の背を、レグは心配そうに見つめた。


「人命に危害が及んでないし、情報提供の代わりに減刑してもらえるように口添えしておくよ」


レグにグランがこっそり言った。


「試験は後日に仕切りなおそうかの」


ギルドマスターが言った。すると、隣にいる筋肉ムキムキのS級剣士が反対した。


「いや、十分に力の見極めはできた。今回の騒動で、試験よりよっぽど実力が分かったからな」

「相変わらずのスパルタ思考ね」


受付嬢がヤジを飛ばした。


「では合格者はこちらで審査するとしよう」

「あ、ギルドマスター。今年のMVPのことだけど。彼でいいんじゃないの」


グランがレグを差して言った。


「え?!」


「MVPはS級からの推薦で決まるんだよ」

「……口止め料ですか?」


小声で聞いたが、グランは答えずにニコニコ笑っている。


「あと彼は、スレイからも一票もらってる」


ギルドマスターが頷いた。


「まあ、そうだな。友人を助けようとする意気込み、無茶を実現する力、確かに評価されるべきことだ」

「で、でも、全部誰かが助けてくれて、それで」

「助けてくれる人脈を作れることも大切な事さ。異論がある者は?」


全員特に異論はないらしい。こんな決め方でいいのかと考えていると、コウがレグに抱き着いてきた。


「やったー! MVPだって!」

(お、応援してくれてたんだ…)


この友人いいところあるじゃないか、などと思っていたら、コウが投票券を突き出してきた。レグの名前と、オッズが書かれている。


「大穴に大当たり!」

「私欲の為に助けたの?! 感動して損した!!」


ちらりと見えたオッズが、×200000だったのは見ないことにした。


「レグ、その子、誰……?」


声にレグはぎょっとしてそちらを見た。観客席から降りてきたらしいミアが、こちらを見ている。チャイもミアの方でジト目で睨んでいた。

ミアがムキムキになってなくて良かった、などと安心している場合ではなかった。


「ち、ちが」

「これが修羅場ね?! ひどおぃ私だけって言ったのにぃ~」

「やめろ酔っ払い!」


腹部に一発入れてコウをひっぺがした。ミアが目を丸くして、冷や汗を流している。


ぱあんと花火が上がって、空がカラフルに彩られた。

ミアが微笑みながら言った。


「MVPだって。おめでとう」


改めて言われると、嬉しさがこみあげてきた。レグは照れたように苦笑いした。


「でもなんだか、いろんなことがありすぎて……」


レグのお腹がグウウと鳴った。

ミアがくすりと笑った。そして鞄から弁当を出して、そっと差し出した。


「おつかれさま!」

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