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試験当日 追憶の塔-前編

早朝――

ミアはカーテンを開けて、眩しい光を部屋に入れた。

「起きなよ~!」

振り返って、まだベッドにいるレグに声をかける。彼は目をこすりながら上半身を起こした。


「いい天気――」


窓を開け、見慣れた景色を見回す。それからはっと目を見開いた。

ギルドの方向、遠くの空に高くて白い塔が建っていた。昨夜までは無かったはずだ。


「レグ!レグ! あれって!」

「今年の試験会場か……!」


興奮気味にはしゃぎながら塔を指さすミアの隣で、窓の外を見ながらレグは言った。

ミアは嬉しそうにスキップしながらキッチンに行き、エプロンを付けて言う。


「用事済ませてから行くんだっけ? あとでお弁当持って応援しに行くわ」


金髪を揺らしながら、ミアはウィンクして笑った。


■■


町は多くの人でごった返していた。各地から集まった、様々な恰好の客が歩いている。魔獣の着ぐるみが風船を売り歩き、道に沿って屋台が並んでいた。

他の用事を無事に済ませて会場へ向かうレグは、喧騒の中を歩いていく。


中でも、ひときわ盛り上がっている屋台があった。レグはそちらに近寄って、人混みを覗き込んだ。


大きな看板に、冒険者たちの名前と、配当倍率が書かれている。煽るような店員の声がした。


「さあさあ、誰に賭ける?!」

「一番人気はAランク冒険者、レッドナイトだよ!」


どうやら、誰がMVPに選ばれるかで賭博をしているようだ。

試験では毎年、参加した冒険者の中から一人選ばれ、MVPとして表彰されるのだ。


わずかな期待に胸躍らせながら、レグは看板の名前を見ていった。しかし、自分の名前はない。

落ち込んでいると、人混みの中に赤い髪を見つけた。コウである。


「やっぱり本命はレッドナイト……でも大穴を狙うなら……」


酒瓶と新聞を手に持って、真剣な顔で看板を睨んでいる。

(相変わらずだ……)

レグは呆れながらその場を離れた。




会場の正面につながる一本道に出たところで、ロイドに会った。

彼はなにやら元気がなかった。会場に向かう足取りも重そうに見えた。


「なんかあったのか? ロイド」

「いや……昨年のことを思い出してな」

「ははは……嫌な思い出……」


試験には一次試験と二次試験がある。

一次試験は、毎年試験内容が変わる。毎年、S級から選ばれた一人が試験内容を自由に決め、取り仕切るからだ。一昨年はS級戦士による喧嘩祭りで、去年はS級召喚師によるお化け屋敷だった。


去年は難易度が高く、歴代で最も一次試験合格者が少なかった。


「今年はこれか……」


二人は立ち止まって、上を見上げた。


道の先にそびえ立つ、白い塔。空を裂きそうなほど高く、てっぺんは雲に隠れて見えない。

強剛とした塔は、冷たい輝きをたたえていた。きっと上から見下ろせば、自分たちなど点にしか見えないのだろう。


不安を誤魔化すように、二人はまた歩き始めた。ロイドが明るく言った。


「しかし、すげえな、10万ポイント貯めたのか!」

「まあラッキーみたいなものだったんだけど……」


あの後、フラワー町で酒を安く買い、他の町で売った。利益率が大変良く、コウに頼んで往復していたら、あっという間にお金が稼げたのである。

おかげで、お金と必要ポイントを交換でき、無事にランクアップ試験を受けられるようになった。


入り口で受付を済ませ、参加者用控室に向かう。

塔の周りを囲うように低い建物が建っており、それが観客席や待合室になっている。建物の内側につながる入場門に行けば、塔の建つフィールドに入れるような構造だ。

観客入口とは離れているので、すれちがうのは関係者ばかりだ。


特に多いのは、白い服を着た医療担当たちだ。試験中の怪我に対応するために、各地からかき集められている。ヒーラーも試験に参加するので手が足りないのである。

みんな白いマスクとフードをかぶっており、タンカや医療道具を運んでいく。


待っていたら、花火が上がった。開始の合図である。

ロイドと連れ立って、レグは会場に入場した。参加者は50人ほどで、みな緊張した面持ちだ。


観客席は人で埋まっていて、会場は熱気にあふれていた。


レグはまた上を見上げた。


すぐ近くで見ると、塔はますます大きかった。ぐるりと塔を回るような階段が塔の側面に作られており、上までつながっているらしい。階段の途中には、塔の中に入るための無数の扉があった。


塔の横には小さな祭壇があり、そこにギルドマスターと魔導士が立っていた。

参加者が全員集まると、ギルドマスターは祭壇の真ん中で一礼した。開会のあいさつを話し始める。


「勇気ある冒険者諸君、この一年、自らを磨いてきたことだろう。君達にふさわしい舞台を今年も用意しておる。……皆、塔が気になって仕方ないという顔じゃな。ま、ルール説明は主催者に任せるとしよう」


マスターが横の魔導士を促す。彼はS級魔導士、スレイである。

藍色のローブを全身すっぽりとかぶった初老の男だ。だがローブの下は、誰にも見えないように隠蔽魔術がかけられており、『戦いの傷跡を隠している』だとか『実は女顔』だとか、様々なうわさが立てられていた。


魔法石が二つ埋め込まれた大きな杖をつきながら、彼は前に進み出た。塔を指さす。


「あれは、追想の塔。お前たちには、好きな扉を選んで中に入ってもらう。奥に進み、制限時間内に青い魔法石を探せ。それを然るべきところで掲げよ。そうすれば一次試験合格だ」


魔法石は魔力の宿った宝石である。魔力増強・体力回復に使われるほか、闇の力を祓うことができるため、冒険者に人気のアイテムだ。しかし扱いが難しく、使い方を誤れば簡単に割れてしまう。また、強い魔力の宿った魔法石ほどまばゆく光る。最高級の魔法石は、人一人が一生困らないほどの力を宿していると言われていた。


スレイは冒険者たちを見回した。


「試験といえど、死は等しく隣にある。

塔での生死に、我々は干渉しない。お前たちの未来を保証しない。それを了承した者だけが、中に入れ」


凍てつくような低い声に、会場の空気が幾分冷えたようにレグは感じた。

スレイが杖で地面を突いた。杖から光が溢れ、巨大な砂時計と無数の水晶が出現する。


「進む先で、お前たちは幾度も選択を迫られるだろう。それら一つ一つの積み重ねが、冒険者を作る。お前たちの雄姿を、私たちに見せてくれ」


魔導士の言葉が終わると、冒険者たちは塔の階段を登った。彼らは勘や好みで扉を選んでいく。

レグが選んだのは、質素な木の扉だった。扉を開いたが、中は闇に包まれていて先を見ることができない。


首を伸ばして中を覗き込んでいると、急に風に背中を押された。バランスを崩し、落下するように扉の中に入る。


――砂時計がひっくり返り、試験が始まった。


■■


体に衝撃が走り、レグは目を開いた。落ちたのは草むらの上で、痛み以外に外傷は無かった。自分にヒールをかけながら立ち上がり、あたりを見回す。


そこは塔の中ではなく、森の中だった。空と無数の木と、それから、古びた門があった。


レグは自分の手のひらに視線を落とした。そこには砂時計が表示されており、制限時間が分かるようになっている。

魔法で作られた塔とスレイは言っていた。おそらく塔の中には無数の空間があり、扉はどれかにつながっていたのだろう。

どうやら、ここがレグの一次試験の舞台のようだ。


「青い魔法石か……」


レグは門に近づいた。装飾彫刻の凝らされた石膏の門は、しかしひどく古びていた。

枯れたツタをかき分けて、ぼろぼろのアーチをくぐる。

レンガの敷かれたでこぼこの道を進んでいくと、城があった。美しかったであろう外壁は黒ずんで、いたる所が劣化している。周りには、立ち枯れた樹木が物言わず立っていた。


城の入り口に、レグの背丈の倍ほどある大きな扉があった。その隣に、黒い大きな石が鎮座している。すぐそばに、白骨化した死体が腰まで土に埋まっており、カラスがつついていた。


石は墓石のようで、表面に無数の名前が刻まれている。レグは名前を目で追っていった。


「一番上の……リジー・エメラルドとジェイ・エメラルドは血縁者か……?」


エメラルドは、古くに存在した貴族の姓だ。城の主だろうか、とレグは首をかしげた。


「ママママタ客ダ」


ふいに声がして、レグはたじろぎながらそちらを見た。声の主は骸骨であった。

カラスがばさばさと飛び立った。骸骨の頭がぐぐぐと動いて彼を見た。顎の骨が動き、また言葉をつむぐ。


「マァタ死ニニ来タ! 仲間仲間仲間!」

「な、何……?」


ものすごいスピードで、骸骨の頭がぼとりと落ちた。地面に転がりながら、大口を開けて笑いだす。


「ヒャハハハハ! オ前モ仲間入リダァ!」


骸骨の腕が墓石を指さした。レグがそちらを見ると――墓標の一番下に、じわじわと滲むようにレグの名前が現れた。


―――ギィィィィィイイイ


不気味な音がして、城の扉が開いた。レグは息を詰めて、墓石の影に隠れる。

だが、それから何か起こることはなかった。扉はそのまま微かに揺れているだけだ。


警戒しながら、レグはそっと中を覗き込んだ。中は玄関フロアのようだ。破壊された装飾品が転がっており、荒れ果てている。一つ息を吐いて、体を中に滑り込ませた。


瞬間、周囲の蝋燭から火が燃え上がった。レグがはっとそちらを見たとき――――ベタベタベタベタッ!と凄いスピードで這いよってくる音がした。


何かが飛んできて、レグはさっと身をかがめた。代わりに当たった床が、ジュッと音を立てて溶けた。独特で嫌なにおいがして、レグは口元を抑えた。


見返ると、さっき入ってきた入口の上の壁に、棘だらけの、大きなトカゲの魔物が張り付いている。

トカゲは避けた口でゲゲゲと鳴いた。紫のよだれが垂れている。闇から、一匹また一匹と這い出してきて、壁一面が動く棘で埋まった。口をがぱりと開けると、玉状のよだれを飛ばしてきた。


無数の攻撃だが、統率の取れた動きではなかった。トカゲ達から目を離さないようにしながら、レグは倒れた石膏オブジェの影に隠れた。息を吐いて彼が魔術を唱えると、手に光が集まり、銀色に光る散弾銃が現れた。


レグはじっとその銃を見つめた。不安げに瞳が揺れる。

だがじっとしてはいられなかった。よだれを浴びたオブジェが溶け始めている。レグはそろりとトカゲたちの方を覗き込んだ。途端、よだれが飛んできて、レグは意を決して発砲した。

小さな弾丸が一直線に飛んでいく。


弾とよだれがぶつかった瞬間、電撃が飛んだ。広範囲に広がってトカゲ達に正確に走り、全身を貫いた。


「ギャアアアア!」


直撃したトカゲが悲鳴を上げ、黒焦げになって床に落ちた。ひっくり返った死体は、灰になって消えていった。


他のトカゲたちが息を潜めるのが分かった。戦う気は無くしたようで、再び闇に消えていく。


レグは冷や汗の浮かんだ額をぬぐって、体の力を抜いた。


「ウラミラミ草って名前だけあるな……」


銃が光に包まれ消える。この銃は、丸いものを入れると発射できるおもちゃの銃を改造してもらったものだ。

弾はウラミラミ草の種だ。他の攻撃用の種も弾として準備している。銃にヒール魔術を込めて引き金を引くと、種と魔力が一緒に発射される。衝撃が加わると発生する種の攻撃が、レグのヒールで強化されて相手へ襲いかかる仕組みである。ウラミラミ草は種にも麻痺効果があり、草より種の方が攻撃的だった。


改造は、ファミリーファームの毛刈り機を作った機械工が一晩でやってくれた。頼んだ際、なにやら職人のツボにはまったらしく、外見までそれっぽく改造してくれている。


朝受け取って試し打ちしただけだったため正直不安だったが、機械工の腕は確からしい。


レグは手のひらの砂時計を見た。それからぎゅっと手を握り締め、顔を上げる。

それから大きく足を踏み出して、廊下を進んでいった。


■■


先は一本道の長い廊下だった。石壁は、傾いた絵画が揺れ、折れた燭台が垂れていた。ぽっかりと空いたところには、もともと絵画があったのだろう。盗まれたのかもしれない。

レグの姿を、蝋燭の火がちらちらと照らしていた。


「魔術じゃない灯りだ……」とレグはつぶやいた。


魔術の人工的な灯りではなく、火事の危険がある上に取り換えが必要な蝋燭を使っている、とレグは思った。貴族の城なら使用人が面倒を見るのだろう、などと邪推する。


途中、ひときわ大きな額の前でレグは足を止めた。

それは油絵で、子供を抱いた座った女と傍に立つ男が書かれていた。紋章の書かれた剣を男は帯剣している。裕福そうな服は皺の一つ一つまで繊細に描き込まれていた。レグは上の方を見上げて目を凝らし、ぎょっとした。

女と子供だけ、首から上が焦げて真っ黒になっている。絵を描いた後に、意図をもって燃やされたようだった。


まるで今燃やされているような――そんな気がして、ぞわりと背筋が凍った。目を逸らした時、燭台の火がふっと消えた。


辺りが闇に包まれる。同時に、ドシンドシンという足音が聞こえた。音は廊下の先から響いてくる。レグは腰を低くして、銃を構えた。


ぬっ、と暗闇から石のゴーレムが姿を表した。


大きな石を、乱雑に積み上げて人形にしたような姿だった。石どうしがしっかり組まれていないようで、天井にぶつかってグラグラ揺れながら形を保っている。手に、体と同じ長さの棍棒を持っていた。


床を踏み鳴らしながらゴーレムが近づいてくる。その足元にレグは撃ち込んだ。


ガチンッと固い音がして、ゴーレムがつんのめるように前に倒れた。床のトラバサミが、ゴーレムの足にがっちりと噛み付いたのだ。バランスを崩し、組まれていた石が床に散乱する。


「上手くいった!」


先ほど足元に撃ったのはコウダングサの種だった。この植物の種はトラバサミのような皮を持っており、動物の表皮にくっついて広まる性質がある。この種を潰してレグのヒールをかけると、本物のトラバサミのように噛み付いて対象に仕返しをするのである。セルパンには恐ろしい植物が大変多かった。


レグは走ってその脇を通り過ぎ、廊下を逃げた。散弾銃でのヒールは多くの魔力を使うため、真っ向勝負は避けたかった。


どこかに入れる部屋がないか、レグは廊下の途中にある扉を開けようとした。だがどれも鍵がかかっているようで、びくともしない。彼は諦めて、廊下をまた走り出した。


――ドオオン!


レグの真横の壁が、外側から壊れた。慌てて、レグは頭を両腕で庇った。飛び散った破片が肌をえぐり、血が飛んだ。

壁をぶち破ったのは、別のゴーレムだった。手に持った石の棍棒を振りかぶり、一歩でレグと距離を詰めてくる。


逃げようとした瞬間、後方に圧を感じた。

振り返らなくてもわかった。先ほどの一体目のゴーレムが、レグのすぐ後ろにいる。


(挟まれた!)


不安定な石の腕から、棍棒が振り下ろされる。ぎゅっと唇を引き結んで、レグは正面のゴーレムに飛び込み回避を試みた。間一髪、ゴーレムの股の下をすり抜けたが、頭に根棒がかすめてぐらぐらと視界が揺れた。足にも激痛がした。それでも体勢を立て直す。


棍棒が床にめり込み、2体のゴーレムは正面衝突した。土煙とともに、ばらばらになった石が宙を飛んだ。レグは新しい弾丸を装填した。2体の足元の床に向かって、腕の痛みに耐えながら撃ち込む。

石が落下し種を押しつぶすと、床から火が吹き出しゴーレムたちを包んだ。


しかし、ゴーレムたちはすぐに体を組みなおした。今度は石同士ががっちりと組み合わさり、さきほどまでの不安定さはない。炎を纏って真っ赤に燃え盛りながら、2体はレグに向かってきた。

レグは呼吸を整え逃げようとした。だが心臓は早鐘を撃ち、痛む足は動かない。ただ睨みつけることしかできない。


その時、一筋の光が、ゴーレムを真っ二つに切り裂いた。

続けてもう一筋。石は一瞬宙に制止し、バラバラになって床に落ちた。さらさらと砂になって消えていく。


やがて砂がすべて消えて、視界が開けた。そこには、獣の友人が立っていた。


■■


観客席から不安げに水晶を見つめながら、ミアは両手を握り締めていた。

(レグ……大丈夫かな。チャイ連れて行ってもらえばよかった)


そんなことを思いながら視線を動かし、遠目からギルドマスターと魔導士を見る。


(魔導士スレイ……S級で最も冷徹な冒険者、か)


スレイは非情で有名だ。任務の遂行を第一優先にし、時には仲間に対して冷徹な指示や行動をするという。


『試験といえど、死は等しく隣にある』

スレイの言葉を掻き消すように首を振って、ミアはまた水晶に目を戻した。


遠くにいたミアは気付かなかった。スレイの杖にはめ込まれた二つの魔法石にひびが入り、塔が霞むように一瞬揺らいだのを――

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