銀河鉄道
気が付くと、ただ白い静寂な空間に佇んでいた。
あたりには穢れのない真っ白な雲が立ち込めており、目を凝らしても何も見えない。
しかし不安感はなく、気持ちは妙にすっきりとしていた。
耳を澄ますと、遠くで鐘の音が響いている。
心地良い空気の中で、足はゆっくりと音の鳴る方へ向かう。
歩いているという感覚はなく、ただ静寂の中を進んでいく。
数秒もしない間に、少しずつ周囲の雲が晴れてきた。
どうやらここは、宙に浮いている小さな円状の島のようだ。
左右には線路が空に続いて伸びており、先の方は見えない。
島の周囲はただ広がる青い空で、雲が広がっている。
ここは、駅のホームだ。
宙に浮かぶ小さな駅。
右手側ホームの奥に、清潔感のある藍色の制服を着た人がこちらを見ている。
帽子が影を作り顔はよく見えないが、若い駅員さんのようだ。
駅員さんは手に小さな鈴を持っており、こちらを呼ぶかのように静かに鳴らしていた。
「あなたは死んだのです。」
突然の言葉だった。
しかし、不思議と驚きの感情はなかった。
「間もなく列車が参りますよ。」
静かにそう囁かれると、いつの間にか列車の座席に座っている自分に気が付いた。
列車は大正時代の機関車を彷彿とさせる、少し古い木造の内装であった。
座席は前後が向かい合わせに配置されており、暗い朱色に色鮮やかな水玉模様が印象的だ。
暫くの間、自分は肘を窓枠に乗せながらぼうっと外を眺めていた。
外は何も見えない、ただただ続く黒い空間であった。
ふと、心の中に先ほどの駅員さんの言葉が聞こえてきた。
「あなたにはこれから、天国か地獄かを選んでいただきます。」
私は姿勢を変えずに心の中で返事をする。
「天国とは、どのようなところですか。」
「天国では、誰もが悩まず、幸せな気持ちで満たされます。
空腹になることはない、言葉を出す必要もない、動く必要もない、何も考える必要も、ない…。」
私は答えた。
「では、地獄に行きます。」
突然、列車の外は夜の大都会の摩天楼の上空となった。
眼下には煌びやかな街の灯りが輝いている。
人々は仕事に疲れつつも、家族や友人と笑いながら語り合っている。
冬の寒さに震えながらも、屋台で温かなラーメンを啜り、幸せそうな顔をしている。
「間もなく地獄、地獄で御座います。」
あとがき
この世界では、魂となった後に思考することはできません。
作中の人物に生前の記憶は残っておりませんが、
きっと辛いことがありつつも、幸せな人生を歩んだことが魂に刻まれているのでしょう。
ここに閻魔様はおらず、善人も悪人も同じ駅にたどり着き、魂に従い自分で選択をします。
天国へ行き、幸せな気持ちで満たされて永遠を過ごすのか、
それとも新たな命として産み落とされるのか。
その答えに正解はないのかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。