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ソウ、宇宙人です  作者: めいそう
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それは、舞台設定がいささか月並みであることは否めないのだが、とにかく夜の公園での出来事である。

本日の、厳密には昨夜の23時59分59秒がもれなくあの忌々しい経済学のレポートの提出期限である、と抱いていた確信は、「11時59分59秒 受付終了」という一文により妄信であったことに気づかされ、その結果ぽっーかりと空いたこの心の空白をどうにか埋めようと、どこぞの友人からちょろっとくすねた40度を超えるオレンジ風味の西洋酒を喉にちびちびとやりながら、その度、マーライオンのごとく悲痛の表情を公園の暗闇にさらけ出していたおれは今、今まさに、だ! アニメのような漫画のような、とにかく考えにも及ばない状況に直面していた!

目の前に、あの国民的アイドルグループ、ディーサイレントの西島……西島、何とかさん! とにかく、西島さんが、最近習った英単語で言い表すならそう! バッ、ネイキッドで、つまりすっぽんぽーんでこちらを向きながらお辞儀をしているではあないか!

さて、まずは自分の目を疑ったね。暗かったし酒も入っていたし単位も落として精神は乱気流の中を果敢に突き進む紙飛行機のごとく不安定であるわけで。うん。だけどね、いるんだこれが、目の前にすっぽんぽーんの女性が。一人、夜の公園でだよ? しかも、芸能事情ど素人のおれが知ってるほどの超大物アイドルが! じゃあ何か、この国民的アイドルは失礼ながらも頭のねじが数本、いやそれ以上に外れておいでなのだろうか。うむ、きっとそうに違いない。そうでなれば、これがいわゆるドッキリというやつか。夜の公園で一人寂しくちびちびゲホゲホぎゃあぎゃあやってる大学生思しき男性は、この状況下でいかに面白いリアクションを取れるか検証してみようじゃないかってやつなのか! なるほど、なるほど。企画した輩は相当ないかれポンタンに違いないだろうし、それに追随する関係者も役者も皆ネジが吹っ飛んでいるに相違ない。するとあれか、アニメのように鼻血でも出す演出が欲しいってわけか。そんな検証番組あった気もするが。

とな具合にあらあらと考えを巡らす時間はあったわけだが、その間、ピクリとも動かず、お辞儀したまま、頭を下げた状態を永遠と保ってるこのお方は直れっという号令でも待っているのだろうか。どうしたものかと考えあぐねていると、ミス奇人兼変態さんはやっとこさひとりでに面を上げた。まあなんとも長いお辞儀だことで。というか、なんだこの状況。ひどく恐ろしいんだが。冗談抜きで。

「あ、あのー、ど、ドッキリってやつですか」

とは聞いてみたものの、もしこれが本当にドッキリならばドッキリの最中にドッキリなんですかなんて聞く興ざめの阿呆は結局カットされるんだろうなと、それはそれで後日談を誰にも信じてもらえない気がしていささか残念には思うのだが。

「?」

そうか。君がそこまでに無表情を保ち、そしてそのしなやかな首を斜め四十五度までに折り曲げるということは、一見ホラーにしか見えないのだが、けれどもどうやらこちらがおかしかったようだね。いやあ、勘違いしてすまなかったすまなかった! が、だね。夜に全裸でお辞儀してるあなたに「?」なんて首をかしげる動作なんぞこちとら期待してはいないのだよ。アイドルの所作だとしても、だ。「?」がいっぱいなのはこちらですよ。そして再度進言するがこの状況が非っ常に恐ろしくてたまらなあああい! いい加減に首を元に戻せって! いつまで斜め四十五度キープしとるんですか! それも無表情で! ホラーですよ。

「ええーっと、何で裸なんですか?」

今一度、奇人に応答願おう。

「服、着てないから」

「あっ、そうですか」ってなるかぼけえええ!意味わからんぜよ。あっ、首戻った。

「あ、あの、えー……僕に用ですか?」

「用?」

「はい……」

……ん? すまんおれおかしい? 何でさっきからおれが話しかけてる体で会話が進んでるんですか? あなたですよ、夜の公園でお辞儀して見ず知らずのおれに妙なアプローチ方法しかけてきているのは。ってか会話になってるんですかこれ。いや、ほんと怖いって。この狂気とも呼べる状況をただただ打破するがためのまともな会話がしたいのよ、おれは。

「えっ、えっと……じゃあ、行きますね、僕」

「引き取る」

「……え」

「私、を引き取る、ね」

すーっ……はいっ?

と言って彼女は二度目のお辞儀をしたーんだ、これまたなっがーいお辞儀を。

「え、えっーと……け、警察に」

「だめ」

「へ?」

「警察、許、さない」

な、何かおれが親の敵でもあるかのような具合にギランと凍てつく眼光でこちら見据えるのは何故でしょうか全裸さん!? って冗談抜きでその目と、ほらまたその首斜め四十五度やめいて! マジで怖いん! な、こ、ほんとに人殺しとかじゃねえよな、警察行くなって。したらあんた家に連れ帰った時点で、おおれも共犯に……やヤクザとかやばいのと絡んでたら絶対だめじゃんってこれ。だめだめ。だめですいくら有名人でも夜全裸で公園をお

「引き取れ」

「っは……はい!」

というわけで、この理解不能変態露出系アイドルの横暴、強迫的眼光と首斜め四十五度にまんまと屈し、彼女が人目につかぬようボディーガードすることの良心(と言うべきなのだろうか)をなぜだかはらみながらようやく我がアパートにまで辿り着いた次第で、道中、通り過ぎる車中から奇異な目線を感じた気がするがまあ気にするまい。というかこれ、傍から見たらこれ完全に一発退場もんだろうな。って何でおれこんな危ない橋渡っとんのじゃい! との独り言もむなしく思えるほどに彼女の表情は出会った時から終始、感情をすべて焼失した服無し着せ替え人形のように無表情を保っていた。もちろん顔はアイドル級に整っているのだがね。惜しい! というかほんとに怖い!

「そ、それで、とりあえずお名前伺ってもよろしいですか。確かディーサイレントの西島さん、でしたよね?」

ぶかぶかの愛らぶ東京Tシャツと色落ちしまくってる薄緑のジーパンをはかせ、ようやく落ち着いて話せる状況をつくったおれは一度深呼吸し、そう元全裸、ザ狂気に問いかけた。

「名前、は、」

「はい」

と次に続いた言葉は、まるでソプラノを超越しもはや聞き取りが困難に思えるほどの金切り声の連続体であり、喉の奥で鉄管工事でも行われているのかと思ったほどで、おれ自身の顔から作り笑いの表情が一瞬で引くほどの驚きと水面下で醸成された己のわずかな苛立ちの両感情を難なく同時に引き起こしたほどである。

「す、すごい名前……ですね」

「……はっ」

はっ。そうすか。何だ知らん! もう知らん! 何だこいつ。今の名前だったら名前としての根幹機能なくなってるじゃあねえか! キエエエエエエエエエエエエエエ! ってどこぞのアニメキャラのガチギレ必殺ボイスだよ、って聞いてますかあ! さっきから部屋中くるくる目玉だけ動かしてますけど、それものすごく怖いんよ。顔ごと動かして! 顔ごと! ほほってもう変な特技は本当にいいから普通の女の子を一度でもいいからよこしてくれよお神様よお!

「はあ……じゃまあどこから来たんですか」

「宇宙」

ああ終わりだあああああ。大変申し訳ないがこのお方はもしかすると精神的な病をお持ちの元ソプラノアイドル歌手とかなんとかそういうことなのだろうか。もう私の頭では理解できかねます無理です怖いです。理解できない人って初めてだけど恐怖でしかないのねほんと良い社会勉強になりましたありがとうございましたそれではご帰宅願います。

「あ、あのやっぱり警察を」

「やめろ」

「はい」

って何でそんな人を殺すような目でまたおれをにらむんですか! 命令口調! 首斜め四十五度! ここおれの家! 被害者! 狂人! 圧制! ここ! 出てけ! と言いたいがおれはとことん良心が優れた男なんだろうな。いや、単に怖いもの見たさなのだろうか。この状況でもこのお方の身を案ずる、というか視界に置いておくことをもう少し続けても無きにしも非ず的な感情を抱いてしまっているのだから。とんだお人よしの超ド級変人野郎と言えよう。

「……え、ええっと、つまり、整理すると、あなたはう、宇宙から来た、あ、アイドルだと」

何言ってんだおれ。

「あい……ど」

「え、ええ。だってほら」

スマホの画像を見せる。

「ね? これあなたでしょ?」

するとこれまた、というかこれ以上ないほどにおれの度肝をぶち抜く出来事が目の前で起きたんだこれが! 刮目せい! か、彼女の顔が、ああの先ほどの西島さんの顔から完全に、へ、変形したんだ! 別人の顔に! 西島さんの隣でカメラ目線の笑顔を振りまく別人アイドルのこの金髪女性の顔にそう! 完全変形したんだ! 念を押しとくが、おれはドラッグなどの類は一切やったことはない上、先ほどからのこのお方の奇怪行動のおかげで完全しらふ体であるから安心してほしいというか信じてくれ! この目の前で行われている全世界総動員レベルの超怪奇現象にそう! 顔が、頬骨やら筋肉やらごつごつグニャグニャと報道規制をかけるレベルの変形を経て、この元全裸隊長の顔が今まさに変化したのである! もう一度言うがおれの視界、思考は至極良好で、世にも奇妙なこの現象を眼前で目撃、観察、理解……は当然出来ぬがとにかく見た! ネッシーや空飛ぶユーフォ―を見た! というレベルでの嘘つきには聞こえだろうが、とにかく見た! 信じてくれ!

と目の前で起こる珍奇劇に両目をここぞとばかりに大きく見開きながら不思議と興奮の眼差しを送り、脳内でただならぬ独り言を人生最速度で連発する一方、我々は理性的な生き物であるわけで、そうであるべきで、少し混乱する時間を要したが、だがしかし! やはり疑いようもなく彼女の顔が別人のアイドルのそれに変わっていた!

次に出た感情はね、そう、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い純粋に肝っ玉怯えるくらい怖い、だ!

「へっええ、ええー、う、う宇宙人?」

極寒の極地で裸ダイビングする直前に自然発声するような、度を越えた震え声で必死に彼女に問いかける。

「そう」

……。ななななああんてこったあああやばいやばいやばいやばいええええどうしよどうしよどうしよどうしよって! ううう宇宙人ってここおおわいってマジで何で。かか顔。

「こ、こ泊めて」

「は、はははい」

そう彼女はその場で仰向けになると目を閉じ、そのまま動かなくなり、こちらも色々な意味でその場を動けず大蛇ににらまれたネズミのように夜を明かすことになった。

そして翌朝!

強い酒を摂取した次の日には決まってかかえるこのトンカチのように重たい頭を叩き起こし、いつの間にか寝てしまったなあっと阿呆のように頭の中で数回唱えた後、居間に目をやると、なんと彼女の姿は消えていた! いいやった! 本当に! 本当に、よかった……と安堵することができてこれまでの人生の中で最も幸福な瞬間である! って

「おおおおおおおおおおいいいい!」

薄いカーテンの向こう側であの裸体奇人、体を大の字にご近所に向けて全裸でご挨拶!

「ってな、何やっとんじゃああ!」

慌ててカーテンの先にある阿呆の手をこちら側に引っ張り込み、自分の着ていた大学公認パーカー、ぱくちゃんパーカーをこのド阿呆に押し付ける。

「なっ何してんだよマジで!」

「……食事」

「あっ、はいそうですか、ってなわけあるかい! 朝ですよここ! 日本マジで! ほんとやばいって!」

「朝食、なの」

「朝食は食事! 口から食うの! 今のは警察! ……ああああ、あ……わわ、あ、分かったから」

警察、禁止ワードね。目が本当に殺意あるって。ってそれと首、傾げんの……ね? やめて?

「私、体……で食事」

首をかくんと直し、両腕をさする裸体人形。

「……」

ほ、ほう……ま、マジ? 冗談、新手の? 体、で物食うの? というか……ん?

「?」

「あ、いやほんと?」

「そう、食事」

「……宇宙、人?」

「そう」

はい夢じゃなかったああああ! もう何が何だかってーあれか?

「すると光合成とかそういうこと?」

「こう……ご」

あ、うんそっか。彼女、少し言葉分からないのか。

「ええーっと、ひ光、で元気、もりもり?」

絶妙かつ滑稽なジェスチャーに彼女はこくんと頷く。

ふーむ、そーなのか。

「じゃ、じゃあ食べ物は食べないの? こういうの」

机の上にある青緑色のカビが差し掛かったパンと食べかけの板チョコを指差し、これまたぱくぱくジェスチャーを加えると、彼女は首を横に振る。

「ほ、ほう。そうか」

「そう」

……うんすまん、五時間前のおれ。何だかこの状況、少しだけ面白くなってきたぞ。宇宙人の生態ね。昨夜は正直恐怖で冷静に事に当たれなかったが(まあ今のこの状況も十分恐怖なのだが)、朝起きると何事も難なく脳で処理可能なのは救いと言えよう、か?

「じゃ、じゃあさ、何か超能力とか面白いこと他にできるの?」

「ちょ……う」

「あ、ああ、いいのいいの大丈夫」

……ふむ。諸君、お気づきだろうか……このお方、ちょっとかわいい……か? ってそりゃディーサイレントのもう一人のアイドルなんだからそうりゃそうか! というか、本当にこいつおれん家住むのか? 食費はかからなそうだけど。……ってしっかしこいつ本当に表情のっぺらぼうだな。美と恐怖は両立しうるってことを肌身で実感するね。

「他に仲間は? 友達とか他の宇宙人、君、みたいな、いる?」

今度はジェスチャーに頷く彼女。

「じゃじゃあその人たちのところに行けば? ここじゃなくてさ」

ああ、このまま手話でも習おうかしら、と不意に思うほどに目の前のこの未確認生物と冷静沈着に言葉を交わすことができているおれは案外すごい人間なのかもしれない。

「これ、は、第二次調査隊。ここ、日本に五人、派遣。全世界対象。であるから」

っていきなり自動音声並みに喋るじゃんあんた。

「あなた、の家、住む」

「ていうか調査隊って何?」

「……地球、効果文明、の調査、ね」

高度、な。って!

「侵略戦争とかそういうこと!? 地球人殺す! とか? 抹殺?」

「違う。それ、は第一次調査、で失敗」

やったんかい。

「じゃ、じゃあ君はただの調査? 調査、だけ、ね?」

「そう」

ふう、なかなか穏健派な宇宙人たちだこと。近年の極右政治家たちも見習ってほしいもんじゃい。知らんけど。

「名前」

「ん?」

「名前」

「おれの?」

「そう」

「健二」

「ケンチ」

「健二」

「ケンチ」

まあいいやケンチで。

「君は? 名前」

キエエエエエエエエエエエエエエ!

「ちょっちちちょ、そ、それは難しいからえっと、こ、ここでの名前決めよう、ね?」

朝から耳が痛いじゃあねえか、宇宙人さんよ。

「そう」

「うん、そう。そう、だね……そう……ソウ。 ソウ! ソウ! でいんじゃない?」

我ながら安直極まりないが。

「そう」

「ソウ!」

「そう」

「そう!」

「そう」

って分かってんのかこいつ?

「君の、名は?」

キエエエエエエエエエエエエエエ!

「ちいいいいいいい違ああくて! 君、の、名前、は、ソ! ウ! 君は、ソ! ウ!」

「名前、は、ソ、ウ」

「そう! 君は、ソ! ウ!」

「そう」

「そう!」

「そう……ソ、ウ。……ソ、ウ。ソ、ウ。」

そう唱えながら立ち上がったソウはカーテンをばさっと払い除け、おれのお気に入りパーカーをするりと脱ぎ棄てる、って

「うおい! やめええい!」

とこうして、ソウという自称、いや恐らく本物の宇宙人と出会ったわけだが、ああ、こいつはただの序章である。

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