バッドエンド後の全人類意識共有世界より
一年前の大晦日、地球全土が金色の眩い光に包まれ、人類は姿を消しました。
太古の昔より世界情勢を影から操っていた秘密結社が、人間を高次元の生命体に強制進化させるため、肉体の消滅と引き換えにあらゆる人々の意識を共有するという、SFでは結構ありがち(しかもあと一歩のところで阻止されがち)な超大規模かつ最凶にマッドな実験を敢行し、見事に成功した結果だそうです。
要するにバッドエンドということですね。ちなみに、どこにでもいる一般人の私は、そんな経緯など知る由もなく、最期の瞬間まで年末のお笑い特番withこたつミカンを暢気に楽しんでいました。
厳密に言えば、実験は失敗しなかったものの、大成功でもなかったというべきかもしれません。事実、私は今もなお自我を保ったまま、こうして独り語りをしているわけですし。
人間の「こだわり」とか「性根」といった、魂に染み付いた頑固な油汚れは、そう簡単に混ざり合うものではなかったのでしょう。ただ共有はされていますので……
『すまんww 実は俺、その研究メンバーの一員でしたwww』
『ちょw 全ての元凶じゃねえかwww』
『失礼、元幹部が通りますよ』
『同窓会すんなw』
といったように他人の意識が『私』の中を縦横無尽に駆け巡っています。生前(?)のコメント機能付き動画共有サイトと似たようなものです。実際は数十億を超える想念が毎秒単位で流れ込んでくるのですが、脳を含めた肉体から解放され、あらゆる制限がなくなった思念体には、聖徳太子も裸足で逃げ出す処理能力が備わっているらしく特に問題ありません。
最初は≪突然の死≫からの高次思念体デビューに当然戸惑いましたし、SNSの顔出しすら恐ろしすぎて敬遠していた生粋のチキンなのに、いきなり全人類に思考をシェアされるというエクストリーム羞恥プレイが始まり発狂しそうでした。
とはいえ喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間です。今では窮屈で面倒なメンテが必要な身体からの卒業を悪くないと感じていますし、ヌーディストビーチのように自分だけじゃなく誰もが心の中身を垂れ流している状況では、恥ずかしさも次第に感じなくなりました。
個人的に一番嬉しかったのは、好きなお笑い芸人のライブを聴き放題になったことです。しかも無料かつゼロ距離(概念)で。共通の趣味を持つ友思念体もたくさんできましたし、体力予算技術のしがらみがなくなったクリエイター達による大傑作映画、ドラマ、ゲーム、アニメ、漫画、小説、その他諸々を不眠不休で楽しめるのも控えめに言って最高です。
人類という厄介者がいなくなり、ようやく平和が訪れたのどかな地球を旅するのも素敵ですし、はるかかなたの銀河系にも瞬時に散歩できます。ちなみに宇宙に地球外生命体がいるかどうかについてですが……ネタバレはやめておきます。
だらだらと長話をしてしまいましたが、結局何が伝えたいかというと……未来はそんなに悪くありませんよ。