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7/22

事件

 あれから3時間。


 警報音はいまも鳴りやまないままだ。

 帝都には《凄腕》の剣士やら魔術師がいるはずだから、そんなに苦戦するわけないと踏んでいたが……


 肌に感じる魔物の気配は、いまだ克明に感じられる。


 まさかとは思うが、苦戦しているのだろうか……? 

 たしかにそこそこ強い魔物であることは間違いないが、そんなに時間のかかる相手でもないはず……


 たかだか10年で、人間の戦闘力はここまで落ちてしまったのか?


「くっ……! まだ戦いは終わらないのか……!」


 父がカーテンの隙間から外を眺め、悪態をつく。


「あなた……。落ち着いて」

 そんな父を、母が優しい声で慰めた。

「きっと大丈夫よ。帝都にはベイリフ様がいるんだし、なんとかしてくれるわ」


「……いや。いまベイリフ様は帝都にいない。たしか国外へ慰安旅行に出ていたはずだ」


「え……」


「だから大変な事態なんだ。もしかしたら、敵はこのタイミングを狙っていたのかもしれない……」


「そ、そんな……」

 言葉を失ったのか、その場で立ち尽くす母。

「でも……さすがに大丈夫よね? 帝都には戦力がいっぱい集まってるはずだし……万が一にも魔物がここまでくる可能性は……」


「わからない。こんな非常事態、文字通り初めてだからね……」


「そんな……」


 両親の会話を、俺は読書をしつつ聞き流していた。


 やはり両親から見ても、これは異常きわまる事態らしい。


 まあ、そりゃそうだよな。

 繰り返しにはなるが、帝都に大型の魔物が現れることは極めて稀。さらに警報が3時間も鳴り続けているとなると……不安になるのも無理はない。


「ふぅ……」


 だが……かといって俺には関係のないことだ。

 勇者レクターだった頃であれば、自身の安全をなげうってでも飛び出していたかもしれない。それがあまりに馬鹿馬鹿しい行為だということは、いまの俺ならわかる。


「レ、レクター。おまえは怖くないのか……?」


 そんなふうに考えていると、父がそう訊ねてきた。


 子どもらしからぬ俺の反応に、驚きを隠せない様子だな。


「別に……。慌てたところで、俺にできることなんてたかが知れてますからね」


「そ、それはそうかもしれないが……」


 たとえ時間がかかったとしても、大人たちがなんとか魔物を倒してくれるはずだからな。


 余計なことをせず、なにもせず。

 このまま静かに生きていくほうが、はるかに賢い選択といえるだろう。


「それじゃあ、父上、母上。俺はこれで寝ます。おやすみなさい」


「あ、ああ……」


 父が戸惑いつつも返事をした、その瞬間。


「レクター! レクターっ!」


 突如、玄関のドアが激しく叩かれた。


 この声は――まさか。


 父もなんとなく事情を察したのだろう。俺に目配せをすると、小走りで玄関に向かった。そのままドア越しに、声の主へ話しかける。


「君は……レナスちゃんかな? レクターの友達の……」


「はい! レクター君に会わせてくださいなのっ……!」


 さっきまでのほほんとしていたはずのレナスの声は、だいぶと切羽詰まっていた。


 ドア越しでも、涙に濡れているのが伝わってくる。


「…………」


 父は数秒だけ迷っていたようだが、結局は開けることにしたようだ。


 本当は自分の家に帰ってほしいところだろうが――この非常事態だからな。


 ひとりで帝都をうろつかせるほうが危険と判断したのだろう。


「レクターっ!」


 そうして家に入ってきたレナスは、やはり大泣きしていた。


 無我夢中で走ってきたのか、額は汗でびっしょり濡れているし――しかも片足の靴がない。よっぽどのことがあったんだろうな。


 ……まあ、内容はだいたい想像がつくが。


「バルフ君が……バルフ君が、魔物に走っていって、そそそそ、それで……っ!」


 やっぱりな……


 嫌な予感はしていたが、本当に魔物に突撃していくとは。


「…………」


 だが、それでも冷静さを失わない父はさすが医者というべきか。


 しばらく考え込む仕草をすると、目線をレナスの高さに合わせて言う。


「レナスちゃん。落ち着いて、ゆっくり深呼吸をしてごらん。それから、ゆっくりと……なにが起きたか話してもらえるかな」



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