R
「あ、やっときたな無能者‼」
校門を出ようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
――ヴァハーム・レイド。
合格者発表の際、俺に突っかかってきた侯爵家の息子だ。
まさかずっと俺を捜していたのか、頬に少しだけ汗が流れているな。
「……なんだよ」
「《なんだよ》じゃない‼ 今朝も言っただろう! そこにいる……レ、レナスちゃんを俺のものにすると‼」
「ひゅーひゅー!」
「さすがはヴァハーム様‼」
うっとうしいことに、取り巻きまでも一緒についてきているらしいな。
ただでさえうるさいヴァハームに、さらに取り巻きまでついてくるとなると……倍以上うっとうしくなる。
「あらあら♡」
そしてなにを思ったのか、レナスが急に俺の腕に絡みついてきた。
「熱烈なアピールは嫌いじゃないけれど、私にはもう、生涯を決めた人がいるの。無駄よ無駄」
「な……んだと……? 生涯を決めた……?」
「そう。可愛い女の子なら他にもいるし、違う人をあたってちょうだいな」
……なるほど。
ここは徹底的に脈なしアピールをすることで、俺からヴァハームを遠ざけようとしているわけか。
遠まわしに拒否し続けていても、こういう輩は絶対に理解できないからな。
まさに《よっぽどのバカ》じゃなければ、ここまで言われれば多少引いてくれるはずだが――
「ふ、ふふふふ、ふざけるな! こんな男とくっつくよりも、俺とくっついたほうがいいに決まってるだろ‼」
どうやらこいつは、その《よっぽどのバカ》に該当するらしいな。
ここまで言われてもなお、レナスを諦めようとしない。
「はぁ……しつこいわねぇ……。美人ならではの宿命かしら?」
レナスも面倒くさそうにため息をついていた。
――と。
(もうそこか……!)
近隣で魔族の気配を感じ取った俺は、レナスに腕を絡まれたままの状態で、そそくさと歩き出す。
魔族と戦うのは構わないが、ここで戦いたくはない。
目立たないようにするための作戦がパーになってしまう。
「おい! 待ちたまえ、無能者――っ!」
ヴァハームが相変わらず追いかけてくるが、構わず早歩きし続けるのだった。
★
それから何分歩き続けただろう。
俺たちは学園から遠く離れた、住宅街の一角を歩いていた。
「よし。ここまでくれば大丈夫か」
これならば俺の姿を見られる心配はないだろう。たとえ魔族と正面から殴り合うことになったとしても。
「ぜぇ……ぜぇ……」
そしてヴァハームも、執念深くレナスのケツを追いかけてきたらしい。
「や、野蛮人め……。なんという足の速さをしているのだ……!」
汗だくだくでそう呟きながら、両膝に手をあてるヴァハーム。
いまから起こることを思えば、正直邪魔でしかないんだが――
まあ、こいつ一人増えたくらい、どうということはないだろう。
そんな思索を巡らせながら、上空に視線を向けると。
「はっ……やはりいたか」
――そう。
俺の上空で羽ばたいていたのは、立派な一本角を生やした魔族。
体型そのものは人間とさほど違いがないが、黒い鱗に覆われた体表と、妖しく光っている目が特徴的な点か。赤く濡れている瞳は異様に鋭く、俺が十二歳のときに戦った《下級魔族》よりも格段に強そうだ。
そうだな……より人型に近いところを見ても、中堅どころの魔族といったところか。
「おい野蛮人。空ばかり見上げてないで、そろそろレナスちゃんをよこ……せ……」
ヴァハームの語尾が消えかけていたのは、俺と同じ方向に視線を向けたから。
「な……な……。嘘だろう、あれは魔族……?」
すごいな。
さっきまであんなに横柄な態度だったのに、一瞬にして顔が青ざめている。
まあ無理もない。
いまのサクセンドリア帝国においては、魔族は絶対的な強者として恐れられている。まだ年端もいかないヴァハームでは、恐怖のあまり立ちすくんでしまうのも無理はあるまい。
「あ……あ……。やばい、大人たちを呼ばないと……」
「そうだな。少なくともレナスの尻を追いかけている場合ではないだろう」
「う、うわぁああああああああ‼」
大きな悲鳴をあげるや、ヴァハームは文字通り尻尾を撒いて逃げ出してしまった。
これはひどい。
さっきまであんなに疲れていたのに、なかなかスタミナがあるではないか。
「あらあら。私のこと好き好き言ってた割には、私を置いて逃げるなんて……ひどいオトコね」
レナスもやや呆れ気味だった。
「…………」
そんな俺たちの様子を、上空の魔族は奇妙そうな表情で見下ろしてきた。
「奇妙だな。なぜおまえたちは逃げぬ」
「ふふ……そんなの当たり前だろう? 俺は善良な一般国民だ。命を狙われる覚えなぞないからな」
「…………」
「むしろ、おまえたち魔族にとってはいまのヴァハームを狙ったほうがおいしいんじゃないのか? なぜあいつではなく、最初から俺たちを狙っていた」
そう。
ヴァハームは貴族階級のなかでも最上級の爵位――侯爵家の息子だ。
俺なんかよりもよっぽど高そうな服を着ているし、奴の言動から見ても、ヴァハームが《高貴な身分》であることは想像がついたはず。
にもかかわらず、魔族はヴァハームには目もくれなかった。
最初から俺たちだけをターゲットにしているかのように。
「答えろ。おまえは誰の命令で尾行してきた。しかも俺が学園にいたときから、ずっとついてきただろう」
「…………ほう」
そこで魔族は感心したように顎をさすると、その大きな両翼をはためかせ、地面に降り立った。
「ただの青臭いガキだと思っていたが、なかなか聡いではないか。よく私の気配に気づいていたな」
「そりゃどうも。あんたも魔族にしちゃなかなか強そうじゃないか」
「……くく、ははは……」
魔族は愉快そうに口の両端を吊り上げると、
「はーっはっはっは! これは面白い! まさか人間のガキが……この私にそんな態度を取ってくるとはな!」
そして怪しい両の瞳を赤く光らせ、紫色の舌で上唇を舐めながら言った。
「決まっているだろう。あんなザコに用はない。私の使命は……レクター・ブラウゼル。貴様の息の根を止めることだ」
「ふふ、そうか」
その言葉に、俺もにやりと口の片端を吊りあげる。
「それならばお互いに好都合というものだ。俺たちの目標は同じ。ウィンウィンってやつだな」
「なに……?」
魔族が怪訝そうに顔をしかめた、その瞬間。
――パチンと。
俺は高らかに指を鳴らし、喪失魔法の一つを発動する。
――異次元空間転移。
俺やその周囲にいる人物を含めて、異次元に転送する魔法だ。
そこらの魔物ならいざ知らず、魔族との戦いは周囲に甚大な被害を及ぼす恐れがあるからな。もちろん俺の正体を隠すという意味でも、人目に触れる場所で戦うのは得策ではなかった。
だから俺たちはいま、異次元空間にいた。
ただ真っ白の空間だけが続く、虚無の空間に。
「な……なんだ、これは……⁉」
さしもの魔族もこれには驚いたのか、面食らった様子で周囲を見渡している。
「私たちを異次元に転移させたのか……? しかしこの魔法は……!」
「クク。そんなに驚くことかな、魔族くん」
俺はくぐもった笑いを発すると、同じく指をパチンと鳴らす。
その瞬間、俺の服装は着慣れた《R》の黒装束へと様変わりした。
「な……⁉ その恰好、貴様、まさか……!」
「ふふ。ようやくわかったかな」
俺は仮面のなかで不敵に笑うと、右手を魔族へ突き出していった。
「《月詠の黒影》のナンバー1、《R》とは俺のこと。おまえが誰に命令されてここまで来たか、洗いざらい話してもらうぞ!」
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