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22/22

R

「あ、やっときたな無能者‼」


 校門を出ようとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。


 ――ヴァハーム・レイド。

 合格者発表の際、俺に突っかかってきた侯爵家の息子だ。


 まさかずっと俺を捜していたのか、頬に少しだけ汗が流れているな。


「……なんだよ」


「《なんだよ》じゃない‼ 今朝も言っただろう! そこにいる……レ、レナスちゃんを俺のものにすると‼」


「ひゅーひゅー!」

「さすがはヴァハーム様‼」


 うっとうしいことに、取り巻きまでも一緒についてきているらしいな。


 ただでさえうるさいヴァハームに、さらに取り巻きまでついてくるとなると……倍以上うっとうしくなる。


「あらあら♡」

 そしてなにを思ったのか、レナスが急に俺の腕に絡みついてきた。

「熱烈なアピールは嫌いじゃないけれど、私にはもう、生涯を決めた人がいるの。無駄よ無駄」


「な……んだと……? 生涯を決めた……?」


「そう。可愛い女の子なら他にもいるし、違う人をあたってちょうだいな」


 ……なるほど。

 ここは徹底的に脈なしアピールをすることで、俺からヴァハームを遠ざけようとしているわけか。

 遠まわしに拒否し続けていても、こういう輩は絶対に理解できないからな。


 まさに《よっぽどのバカ》じゃなければ、ここまで言われれば多少引いてくれるはずだが――


「ふ、ふふふふ、ふざけるな! こんな男とくっつくよりも、俺とくっついたほうがいいに決まってるだろ‼」


 どうやらこいつは、その《よっぽどのバカ》に該当するらしいな。

 ここまで言われてもなお、レナスを諦めようとしない。


「はぁ……しつこいわねぇ……。美人ならではの宿命かしら?」


 レナスも面倒くさそうにため息をついていた。


 ――と。


(もうそこか……!)


 近隣で魔族の気配を感じ取った俺は、レナスに腕を絡まれたままの状態で、そそくさと歩き出す。


 魔族と戦うのは構わないが、ここで戦いたくはない。

 目立たないようにするための作戦がパーになってしまう。


「おい! 待ちたまえ、無能者――っ!」


 ヴァハームが相変わらず追いかけてくるが、構わず早歩きし続けるのだった。





 それから何分歩き続けただろう。

 俺たちは学園から遠く離れた、住宅街の一角を歩いていた。


「よし。ここまでくれば大丈夫か」


 これならば俺の姿を見られる心配はないだろう。たとえ魔族・・と正面から殴り合うことになったとしても。


「ぜぇ……ぜぇ……」

 そしてヴァハームも、執念深くレナスのケツを追いかけてきたらしい。

「や、野蛮人め……。なんという足の速さをしているのだ……!」


 汗だくだくでそう呟きながら、両膝に手をあてるヴァハーム。


 いまから起こることを思えば、正直邪魔でしかないんだが――

 まあ、こいつ一人増えたくらい、どうということはないだろう。


 そんな思索を巡らせながら、上空に視線を向けると。


「はっ……やはりいたか」


 ――そう。

 俺の上空で羽ばたいていたのは、立派な一本角を生やした魔族。


 体型そのものは人間とさほど違いがないが、黒い鱗に覆われた体表と、妖しく光っている目が特徴的な点か。赤く濡れている瞳は異様に鋭く、俺が十二歳のときに戦った《下級魔族》よりも格段に強そうだ。


 そうだな……より人型に近いところを見ても、中堅どころの魔族といったところか。


「おい野蛮人。空ばかり見上げてないで、そろそろレナスちゃんをよこ……せ……」

 ヴァハームの語尾が消えかけていたのは、俺と同じ方向に視線を向けたから。

「な……な……。嘘だろう、あれは魔族……?」


 すごいな。

 さっきまであんなに横柄な態度だったのに、一瞬にして顔が青ざめている。


 まあ無理もない。


 いまのサクセンドリア帝国においては、魔族は絶対的な強者として恐れられている。まだ年端もいかないヴァハームでは、恐怖のあまり立ちすくんでしまうのも無理はあるまい。


「あ……あ……。やばい、大人たちを呼ばないと……」


「そうだな。少なくともレナスの尻を追いかけている場合ではないだろう」


「う、うわぁああああああああ‼」


 大きな悲鳴をあげるや、ヴァハームは文字通り尻尾を撒いて逃げ出してしまった。


 これはひどい。

 さっきまであんなに疲れていたのに、なかなかスタミナがあるではないか。


「あらあら。私のこと好き好き言ってた割には、私を置いて逃げるなんて……ひどいオトコね」


 レナスもやや呆れ気味だった。


「…………」

 そんな俺たちの様子を、上空の魔族は奇妙そうな表情で見下ろしてきた。

「奇妙だな。なぜおまえたちは逃げぬ」


「ふふ……そんなの当たり前だろう? 俺は善良な一般国民だ。命を狙われる覚えなぞないからな」


「…………」


「むしろ、おまえたち魔族にとってはいまのヴァハームあいつを狙ったほうがおいしいんじゃないのか? なぜあいつではなく、最初から俺たちを狙っていた」


 そう。

 ヴァハームは貴族階級のなかでも最上級の爵位――侯爵家の息子だ。


 俺なんかよりもよっぽど高そうな服を着ているし、奴の言動から見ても、ヴァハームが《高貴な身分》であることは想像がついたはず。


 にもかかわらず、魔族はヴァハームには目もくれなかった。

 最初から俺たちだけをターゲットにしているかのように。


「答えろ。おまえは誰の命令で尾行してきた。しかも俺が学園にいたときから、ずっとついてきただろう」


「…………ほう」

 そこで魔族は感心したように顎をさすると、その大きな両翼をはためかせ、地面に降り立った。

「ただの青臭いガキだと思っていたが、なかなか聡いではないか。よく私の気配に気づいていたな」


「そりゃどうも。あんたも魔族にしちゃなかなか強そうじゃないか」


「……くく、ははは……」

 魔族は愉快そうに口の両端を吊り上げると、

「はーっはっはっは! これは面白い! まさか人間のガキが……この私にそんな態度を取ってくるとはな!」


 そして怪しい両の瞳を赤く光らせ、紫色の舌で上唇を舐めながら言った。


「決まっているだろう。あんなザコに用はない。私の使命は……レクター・ブラウゼル。貴様の息の根を止めることだ」


「ふふ、そうか」

 その言葉に、俺もにやりと口の片端を吊りあげる。

「それならばお互いに好都合というものだ。俺たちの目標は同じ。ウィンウィンってやつだな」


「なに……?」


 魔族が怪訝そうに顔をしかめた、その瞬間。


 ――パチンと。

 俺は高らかに指を鳴らし、喪失魔法の一つを発動する。


 ――異次元空間転移。


 俺やその周囲にいる人物を含めて、異次元に転送する魔法だ。


 そこらの魔物ならいざ知らず、魔族との戦いは周囲に甚大な被害を及ぼす恐れがあるからな。もちろん俺の正体を隠すという意味でも、人目に触れる場所で戦うのは得策ではなかった。


 だから俺たちはいま、異次元空間にいた。

 ただ真っ白の空間だけが続く、虚無の空間に。


「な……なんだ、これは……⁉」

 さしもの魔族もこれには驚いたのか、面食らった様子で周囲を見渡している。

「私たちを異次元に転移させたのか……? しかしこの魔法は……!」


「クク。そんなに驚くことかな、魔族くん」


 俺はくぐもった笑いを発すると、同じく指をパチンと鳴らす。


 その瞬間、俺の服装は着慣れた《R》の黒装束へと様変わりした。


「な……⁉ その恰好、貴様、まさか……!」


「ふふ。ようやくわかったかな」

 俺は仮面のなかで不敵に笑うと、右手を魔族へ突き出していった。

「《月詠の黒影》のナンバー1、《R》とは俺のこと。おまえが誰に命令されてここまで来たか、洗いざらい話してもらうぞ!」



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ぜひお手に取りくださいませ(ノシ 'ω')ノシ バンバン

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